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13.べチルバード王国物語

「ひぃぃぃぃぃ……!」


 いつもと同じような悲鳴がアパートの廊下に響き渡る。レンヴァントと私は顔を見合わせて苦笑した。



「れ、れれれれレンヴァント様……!」


 彼の本当の名を呼ぶのは、隣の部屋に住む女の子だ。


 西村未菜美ちゃん。

 黒髪ストレートの長い髪に、縁の細い眼鏡をかけた綺麗な子である。






 彼女は、一年ほど前、レンヴァントと初めて会ったときにもまったく同じ反応をしていた。


 この世界で知る人がいるはずのないその名を叫ばれて、私たちの間にぴりりとした緊張感が走った。


 しかし、彼女ははっと我に帰ったように顔を赤らめると、ぺこぺこと謝り出したのだった。



「す、すみません……。あの、そちらの男性があまりにも私の推しに似ていたもので……」


「推し?」


「はい! 乙女ゲーム『ベチルバード王国物語』の攻略対象なんです!」


 それまで、隣人として眺める未菜美ちゃんは、知的で冷たい印象の美人という感じだっので、きらきらと目が輝き、頬も紅潮しているその様子に少し驚く。


 乙女ゲーム……は、大学に通っていたときに友人がやっていたけれど、彼女は今なんと言った?


 ぼんやりしていると、レンヴァントが未菜美ちゃんを睨みつけ、彼女はすくみ上がった。


「あ、あの……。私、ゲームに興味があるんだけど、教えてもらってもいい?」


「ほんとですか……! これ、結構昔のゲームなんです。だから周りに語れる人がいなくて。たくさん語り明かしましょう!」


 警戒しているレンヴァントをなんとか部屋に押し込み、私は単身未菜美ちゃんの部屋へと向かった。


 実際には、連行されたというような勢いだった。


 そして、偶然の一致というには出来すぎた事実を知ったのだった。









 ベチルバード王国。


 そこは一年中風が吹き続けることから、風の王国と呼ばれている。


 ヒロインの少女・マリアは、べチルバードの王城で侍女見習いとして働きながら、高位貴族たちと恋をしていく。




「一番人気なのは、隠しキャラのゾロ・ベイレフェルトなんです。

 すごく格好いいわけじゃないのに意外でしょう? 彼は平民として育ったんですが、実は高貴な血を引いてるんですよ。

 マリアには王室御用達の商人として近づいてきます。

 飄々としてて風のように掴みどころがなく、でも情に厚くて……」


 説明書だと手渡された冊子には、私が知るゾロを大人にしたような青年が載っていた。


「そして私の推しが、メインヒーローでもあるレンヴァント様です!」


 未菜美ちゃんが冊子をめくる。


 桜色に塗られた爪が指しているのは、間違いなく、今のレンヴァントの姿だった。


「レンヴァント様はベチルバード王国の王太子で、品行方正、頭脳明晰、文武両道!!!

 まさに理想を絵に描いたような王子様なんですよ。ベタだけどやっぱり王道で素敵なんです」


「――王太子?」


「はい!」


「第二王子じゃなくて……?」


 私が混乱していると、未菜美ちゃんが不思議そうに首をかしげる。


「もしかして、このゲームをご存知でした?」


 その言葉で自分の失言に気づき、私は慌てて言い訳を告げた。


「ううん、話を聞いてたら、昔ちょっとだけ借りたゲームだったのかも? って思っただけなの。勘違いだったみたい」


 拙い説明だったが、未菜美ちゃんは納得できたらしい。





「攻略対象っていうのは、みんな何かしら影や悩み、問題を抱えていますよね。

 レンヴァント王子の場合は、なんでも自分で頑張り過ぎちゃうんです」


 私は彼らしいな、と思った。ついこの間のように感じられる子どもの頃の彼は、人に頼ることを躊躇う感じがあって、危ういなと思っていた。


 私自身もその傾向にあったから。





「レンヴァント王子は、幼少期に兄王子を亡くしてるんですよ。

 ベチルバードには数十年に一度、災害のようなものが起こることがあって、その生贄にされたんですって」



「――生贄?」


 嫌な予感がした。胸がどきりと跳ね、指先から冷たくなっていくような感覚があった。


「ええ。詳しくは出てこなかったんですが……兄王子は、贄の王子と呼ばれていたそうです」

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