《6.逃げましょう》
100ptありがとうございます
少年はシーラを助けに来た。
その事実は揺るがないものである。
しかし、シーラはこの場所から動くか悩んでいた。
「逃げないの?」
理解できないと言った様子で少年は、動こうとしないシーラの手を引っ張る。それでもシーラは立ち上がろうとしなかった。
「あのさぁ、僕言ったよね? このままここに残っても、いつか殺されちゃうって」
「ええ、そうだったわね」
「なら、なんで逃げようとしないの?」
シーラは黙ったまま、顔を俯ける。
「僕にはお姉さんの考えていることが分からないよ。死にたいわけじゃないでしょ」
「ええ」
そう、シーラとて喜んで死のうとしているわけではない。ただ、逃げよう思うかと言われれば、それも違っていた。
──本当にいいのかしら? 私だけが助かってしまって。
あの話を聞いた時から、シーラに重くのしかかる呪いのようなものがあった。
「……噂によると、誕生パーティーでアルファスター家のシーラ嬢を庇っていた騎士が、何者かに暗殺されたらしいぜ」
看守の話していたそれが忘れられない。
自らを庇ったことで犠牲者が出たという悲劇が、シーラの判断を鈍らせていた。
「お姉さんはさ、何をそんなに迷ってるの? 逃げた先の未来が不安なの?」
「そうじゃないわ」
「家族を残して逃げるのが心残りとか?」
「それもないわ。家族に未練なんてない」
「じゃあさ……」
少年は、先ほどよりも強い力でシーラの腕を引き上げる。
されるがまま、シーラは少年によって立たされていた。
「逃げちゃおうよ。生きていることは大事なことだよ」
──そうだ。この子の言い分は正しい。でも、割り切れないものが私にはあるんだ。
「……私のせいで」
シーラはポロリと呟いた。
「私のせいで……何?」
慰めるように少年の声は優しかった。
「私のせいで、1人の人生をめちゃくちゃにしてしまったの。優しい青年だったわ。なのに、私が彼の未来を奪ってしまった」
その恩人とも会える岸の青年の顔をシーラは見ていない。名前も知らない。それでも、あの場所でシーラを守ってくれたあの光景がシーラの記憶に深く焼き付けられ、離れなかった。
「……その人は、どうなったの?」
「死んでしまった……と、噂で聞いたわ。私を庇ってくれた王城の騎士の方だったわ」
シーラの声は震えていた。
ずっと誰にも言えなかった。
言う相手もいなかった。
心の声を吐き出したことで、シーラは漸く決断を下す決意をした。
「でも、こんなんじゃダメよね」
──絶望して、落ち込んで……このまま死を待つなんてことをしたら、彼が私を守ってくれた意思すら、否定してしまう。そんなのは嫌だ。
彼の意思を尊重しよう。
そして、前に進もう。
シーラの迷いは、そうして霧散した。
少年は、シーラの瞳に籠った力強い眼差しを見て、再度手を引いた。
「もう、決めたよね? どうする?」
「……ここから出るわどんなに惨めでも、全力で生きてみせる」
──願わくば、彼の来世に幸があるように。
シーラは胸に手を当て、静かに祈りを捧げた。
お読み下さり、ありがとうございました!