《5.逃げたほうがいいよ》
「お姉さん、逃げたほうがいいよ。殺されちゃうから」
──は?
唐突な死刑宣告をシーラは少年から受けていた。
薄暗い部屋の隅で、少年のデリカシーゼロに近い告発にシーラは動揺を隠しきれない。
囚われて一週間の間、シーラの生活は変わり映えのない幽閉生活であった。この状況がこれから暫く続くと考えていたシーラにとって、少年からの一言は、予想の斜め上から刺さる鋭い槍のような強烈すぎるものであった。
「……えっと、どういうこと?」
シーラが聞き返すと、当たり前かのように少年は口を開く。
「ああ、だからこれ以上この部屋に留まってると殺されちゃうよって……アレ、僕、言い方変だった?」
「いえ、言い方は変ではないし……言っている意味もちゃんと伝わっているわ」
──どうしてそういうことを言われているのかが理解できていないだけで。
幽閉されている間は、特に音沙汰何もないのだとシーラは思い込んでいた。
「……その、私が殺されるって、どうして?」
心当たりはないものの、こうして今シーラの幽閉先に1人の訪問者が訪れている時点で可能性としては有り得るものである。
シーラの予想通りの答えを少年は告げる。
「同業者さ。僕とおんなじように秘密裏に色々なことをする何でも屋がお姉さんを殺しに来るんだよ。だから、お姉さんが原因不明の変死を遂げちゃう前に僕が助けに来たって、それだけのこと」
どうやら少年の対抗馬がシーラを殺しにやってくるらしい。
「それはどこ情報なんですか?」
「ふふん! うちの組織の情報網はそんじゃそこらの三流クラスの殺し屋とは別格なわけですよ。公な情報はもちろんのこと、市井に出回らないような極秘裏に伝達されているような情報も多く入手しているんです。
因みにお姉さんを殺そうとする魔の手は今日、既に迫って来ていたんですよ?」
そう言い、少年はシーラが食べなかった夕食の残りを持ってきて、シーラの前に置いた。
「例えばこの料理。実は微量ながら毒物が入っているんです」
「え……」
「いやぁ、良かったですね。食べてたら、お腹を下して寝込むか最悪衰弱して死んじゃってたかもよ!」
そう言いながら、少年は躊躇なく冷め切った毒入りであるという食事を口に運ぶ。
「えっ、ちょっ!」
シーラが慌てて止めるが、少年は既にスープを喉に運んでしまっていた。
──ちょっと、この子は何考えてるの⁉︎ 毒入りって自分で分かっているのに普通それ食べたりする?
シーラは顔を青くして、少年の方を見守るが少年は味わうように何度か頷き、そして、「まあ、国内で出回ってる毒物ならこの程度か……」と呟いた。
正気の沙汰ではないとシーラは感じていた。
自ら毒を摂取するなどという自殺行為を目の前で見せられる気持ちはなんとも言えない気分の悪いものである。
「貴方はおかしいわ。毒と分かっているのに食べるなんて」
しかし少年は、
「ああ、別にこれくらいなら慣れてるから」
などと危機感のないことを言うのだった。
──ダメだ。常人との感覚が絶妙にズレてるわ。
仕事柄そのような考え方になるのかもしれないが、シーラには謎に発揮されるチャレンジャー精神がどこから湧いてくるのか問いたいくらいであった。
ただ、料理に毒が入っていることを見抜いた点に加え、躊躇なく口にしたことから、危険度の把握を完璧にこなしていたという雰囲気もシーラは薄々感じていた。
「はぁ、お願いだからこれ以上危ない真似はしないでちょうだい。心臓に悪いわ」
効果があるのか疑問であるが、申し訳程度にシーラは注意喚起をする。
「ん〜、おっけ!」
──……軽い。絶対分かってないわ。
反省の色のない少年の返事は、シーラの不安をより一層大きなものにした。
シーラの心労は溜まるばかりである。
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