《4.闇夜の訪問者》
「……すみませ〜ん。急ぎなんですが、部屋に入ってもいいですか?」
うたた寝をしていたシーラの元にその時は、予期せず訪れた。
塔付近に駐在する看守も少なくなる深夜にシーラの幽閉されている部屋の扉を叩く者がいた。誰かがこんな夜遅い時間に訪問してくるのは、絶対に普通ではない。シーラはすぐさま起き上がり、扉の方に意識を集中させる。
看守が見張っているこの場所へ辿り着くのは、容易なことではない。その辺も踏まえて、シーラは様々な可能性を考えた。
──さて、何事かしら。私に恨みを持った人物が殺し屋を雇って殺しに来させたとか、あるいは私の冤罪を信じて助け舟をよこしてくれた……って、それはないわね。味方なんてほとんどいないもの。
楽観的な可能性は、完全否定したシーラ。残る選択肢としては、何かしら自分自身に要求があることからの訪問。そう考えながらも、目的がどのようなことなのか検討がつかない。
仕方なく、シーラは扉の向こう側にある謎の人物とのコンタクトを取ることにした。
「……どなたですか?」
「あっ、怪しい者ではございませんですよ。シーラ・アルファスター様に是非ともお会いしたくて参りましたです〜」
──……普通に怪しい。そもそも怪しい者ではないと弁解する気満々で来ている時点で自分が怪しいという事実を認めているじゃないの。
シーラはそう思ったが、野暮であると考え、それ以上の追求をしないことにした。どっちにしろ、誰かと会うかななんてなれないからだ。
「ごめんなさい。……私は、この場所から出られない上に、面会の許可も得られてません。せっかく訪ねてきてくださって申し訳ないのですが、お引き取りを……」
出来るだけ丁寧に断り文句を伝える。
しかしながら、返事は一向に返ってこない。
「えっと、あの?」
シーラが不安になり聞き返すと、「なるほど」という独り言が聞こえ、その直後鍵のかかっているはずの扉がミシミシという鉄が引きちぎれるような音とともに開かれた。
──何が起きたの?
状況は理解し難いもの。
当惑するシーラをよそに、足音はシーラの方へと近づいてきた。
「……はぁ、困るなぁ。素直に入れてくれればいいのに」
そう愚痴られたが、シーラに扉を開ける権限などない。むしろ、外から開けて欲しいくらいであるとシーラは感じていた。
「外から閉じられた扉を中から開けることはできないので……」
シーラはなんとか応答する。見知らぬ相手に対して、刺激のないような単調な声音を意識した。
そんなシーラの聡明な姿勢を称賛するかのように笑い声がする。
──さて、鬼が出るか蛇が出るか……。あまり、厄介な人じゃなければいいのだけど。
近付いてきたその声の主の容姿が露わになる。
真っ白でフォーマルなタキシード。
スラリとした細い足と割りかし小柄な姿がシーラの視界に入ってくる。
視線を上に上げてゆくと、童顔の少年がシーラの前に立ち、品定めでもするかのように貼り付けたような笑みを浮かべていた。
「随分と面白いお貴族様ですねぇ! ……さて、お姉さんがシーラ・アルファスター嬢ということで間違いないですか?」
狂気しか感じられない覇気のない声にシーラは思わず身震いをする。
「違うと言ったら?」
「別に。人違いであれば、本人を探しに別の場所に行くまでですよ。けれど……」
童顔の少年は、そのままシーラの顔をマジマジと観察する。
──こ、怖っ!
シーラは肉食獣に追い詰められた草食動物の気分であった。扉を破壊して強引に部屋へ押し入って来た人物に詰められているのだ。恐怖以外に感じるものはない。
口封じに殺そうとでも言おうものであれば、間違いなくシーラは不意をついて逃げ出そうとしていた。だが、その考えも現実的なものではないとシーラは思案していた。
──……怖いけど、多分逃げられないのよね。逃げ道すらなければ、目の前の少年から逃げ切れる気もしない。
向かいに立つ少年の力量は未知数ではあるが、少なくとも警備の厚いシーラを閉じ込めていた幽閉塔に侵入できるだけのことは簡単にやってのけている。
生半可な覚悟ならば、危険を冒してまで殺人容疑を掛けられた危険人物に会おうなんて思わない。
──つまり、どうしても私に会いたい事情があるってこと?
シーラは一つの結論に至った。
目の前の少年は、危険を承知の上で、あえて真正面からシーラに会いに来た。
──仮に殺すために来たのであれば、扉越しに開けてくれなどと頼むことはなかっただろう。助けに来ただけであれば、黙って連れていこうとしただろう。
その両方でないとするならば、私に何か伝えたいことがあら場合や頼みごとの類があるという理由が一番ありそうな気がする。
「……簡潔に目的を述べなさい」
交渉の余地があるのであればとシーラは、冷たく喋る。決して萎縮している素振りを見せないように負けん気だけでシーラは言葉を発していた。
「ふぅ、目的かぁ。……目的を聞いてくるってことは、本人ってことでいいんだよね?」
「そうね。……騒ぎを起こして閉じ込められている令嬢なんて私くらいじゃないかしら」
「確かに! 他にも君みたいな人がいたら、余計な手間が増えちゃうもん」
素直に自分がシーラ・アルファスターであることを認めると少年はホッと胸を撫で下ろしていた。
「……良かった。せっかく依頼してもらったのに無駄足だったなんてことになっちゃったら、依頼主に合わせる顔がなかったよ」
少年は緊張の糸を解いたように、その場に腰を下ろした。
「……よく、こんなところに座ってられるわね」
「ちょーっと、疲れちゃった。少し休んで行っても、バレないし怒られないよ。ふぃ〜」
──そういう意味で言っていないんだけど。
シーラは危機感が足りないのではないかと、示唆したつもりだったが、少年は特にそれに気づいた様子もない。寧ろ、仕事をサボっていることが外部に知られ、叱られることであると認識しているようである。
──とんでもない根性ね。
シーラはもう何か指摘する気力もなかった。
警戒していたのが馬鹿らしくなるくらい少年は、無防備な姿勢で鼻歌を歌い出している。
「その、一応確認するけど……敵じゃないのよね?」
「あははっ、面白いこと聞くね! 殺そうと思ってたら、こんなところで本人とお話なんてしないって」
的を射た答えがシーラに返される。
「それもそうね。殺す相手と悠長に喋ってるわけないものね」
「そうそう。僕はね、お姉さんの味方ではないけど……敵でもないからね」
──うんうん。……んん⁉︎
「ちょっと待って、敵でないことは分かったけれど味方でもないってどういうこと?」
てっきり助けに来てくれたとばかりに思っていたシーラは、予想外の言葉に思わず、その意味を聞き返していた。
少年は、「ああ」と何か察したかのような反応を示す。そして、「ごめんごめん」と悪いと思っていないような軽い謝罪をしてから、シーラに詳しい話をした。
「言い方が悪かったよ。綿密には、味方寄りの……味方じゃない……みたいな?」
「ごめんなさい、言っている意味が分からないわ」
「あ〜、えっとね。つまり、僕は依頼を受けてお姉さんを助けに来たってことで、僕は仕事で助けてあげるだけってこと。僕の依頼主の人がお姉さんの味方ってことになるのかな? まあ、とにかく、僕がお姉さんを害することは今のところないから安心していいよ」
──なるほど。今のところと釘を刺した辺り、もしも依頼が私を殺すことであったら、違った結果になっていたという意味ね。
……やっぱり、怖いわ。
グレアス王子に怒鳴られた時よりも、恐怖感を感じたシーラだった。
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