《3.聞きたくない話》
──誰しもが自分こそが正しいと考えている。そんなことはあり得ない。誰だって、自分が間違っていると感じる時があるはずだ。
私自身も、会場でのあの振る舞いが正解であるかどうかなんて未だに分からない。
シーラが王城から隔離された幽閉塔に連れてこられて、約一週間が経過していた。
シーラに与えられたものといえば、最低限の食事のみ。娯楽や外出などは一切許されず、冷たい石畳の塔の中でひたすらに孤独な時間を過ごすことになった。
塔にある窓からシーラは、外を見上げる。
快晴の青空。しかし、それは窓越しにしか目にできないものである。閉ざされた部屋の中で、シーラは重々しいため息を吐いた。
──あの会話が頭から離れないわ。
シーラの瞳からは、輝きは失われ、抑え切れないほどの後悔が渦巻いていた。その理由は、シーラがとある話を聞いたことが原因である。
シーラが塔に幽閉されてから、外部から入ってくる情報は殆どが看守同士が部屋の外で話していることを扉に近づいて盗み聞くくらいのものだった。
多くは、酒がどうのとか、美人がどうのというような下世話な世間話ばかり。しかしそんな中で、ふと看守がポロリと興味深い話を口にしていたのだ。
「そういえば、国王様が病に犯されて、意識なくなってるらしいぜ」
「マジかよ。……ってことは、次期国王がグレアス王太子になるのも時間の問題だな」
シーラにとってこの上なく聞きたくない話がされていた。現国王は、比較的寛容な性格であると知られていた。加えて、他国との友好関係も重要視しており、まさに理想的な国王であると多くのものから慕われていた。
──仮に今の話が本当なら、この国は暗黒期にでも突入するかもしれないわ。
他にも何か有益な情報を得られるかもしれないと踏んだシーラは、そのまま耳を傾ける。
「ああ、そしたらアレだな。隣国と戦争になるかもしれない」
シーラの考えていることと同じことを看守の1人が口にする。戦争になるという話は現実味を帯びており、シーラもその可能性を理解していた。
「うわぁ、最悪だな。……確かにグレアス王太子は、外交に関して過激なことばかり口出ししてたから、いよいよ本格的に国の実権を握るとなると相当ヤバいことになりそうだよな」
「今までの平和が終わっちまうのかぁ……俺、他国に逃げようかな?」
「おいおい、馬鹿なこと言うなって……そんなこと言って、告げ口でもされたら、俺たちまで王太子に殺されかねないぞ」
「ははっ、確かにな」
看守の下劣な笑い声を聞きながら、シーラはひたすらに耳を澄ます。
「……噂によると、誕生パーティーでアルファスター家のシーラ嬢を庇っていた騎士が、何者かに暗殺されたらしいぜ」
──暗殺……?
「ええ……それってさ」
「ああ、多分王太子が殺したんだろうよって話だ。会場であんだけ顔真っ赤にして怒ってたんだから、やりかねないだろ」
「た、確かに……」
──まさか、あの時の……。
シーラの脳裏に最悪の状況が過ぎった。
自分を庇ったばかりに命を奪われる人がいた。その事実がシーラの精神に重くのしかかった。
「自分に逆らった者は誰から構わずに殺して回る。グレアス王太子は暴君だってもっぱら噂になってる」
「噂じゃなくて事実だろ。夜会のシーラ嬢の一件だって、本当にシーラ嬢が毒を盛ったのかも怪しいみたいじゃないか」
──そうね。怪しいというか、本当に冤罪だもの。けれども、その冤罪を掛けられたせいで、尊い犠牲を生んでしまったことも本当のこと。
私自身に罪が全くないといえば、そんなことはない。疑われるような、敵を多く作るような振る舞い、生活をしてきた皺寄せが今になって帰ってきたんだわ……。
「浮気がバレたから腹いせに殺人未遂犯の汚名を着せたってやつな」
「それ聞いちまうと、ちょっと気の毒に思えるな……」
看守はそれ以降も、会話を続けていたが、シーラは盗み聞きをやめ、扉から離れていた。
聞かなくてもいい話に切り替わったからではない。それ以上聞きたくなかったからだった。
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