《27.ニーフ姫殿下の小さな祝杯》
ニーフ・リフ・アズラエル姫殿下。
彼女は、シーラ・アルファスターの逃亡に手を貸してくれた権力者であるが、その事実は公に知られることはなかった。
まさか、実の妹が幽閉されているシーラを逃してあげたなどとは夢にも思っていないグレアス王子である。適当に話の辻褄を合わせられ、ニーフは無関係であると早急に判断された。ニーフにとって嬉しい誤算である。
「じゃあ、お義姉様の逃亡を祝って、乾杯!」
防音の密室にて、嬉しそうなニーフの声が響いた。
その様を隣でたっぷりと見せられているのは、仕事終わりに捕まったシュトレーナである。
「……って! なんで僕までこんな茶番に巻き込まれてるの! もう、帰っておねんねしたかったのにぃ……」
「もう、そんなこと言わないでください。せっかくですから、朝まで私のお義姉様がどれだけ凄いかということを語り合いましょうよ」
ダメだと、シュトレーナは察していた。
『朝まで』というおぞましい単語を耳にした瞬間に彼女の顔色は、悪くなる。
仕事を終え、疲労困憊のシュトレーナに唯一追い討ちをかけてきたのは、シーラ大好きニーフ姫殿下様である。無下にできるわけでもなく、シュトレーナは全てを察した上で、頭を押さえ込み、ため息を吐いた。
「もう……好きにしてよ。僕も疲れてるけど、付き合ってあげる」
「本当ですか⁉︎ やった、じゃあまず私とお義姉様の馴れ初めから話していくね……いや、でもお義姉様の優雅なワンデイルーティンから話した方が魅了が伝わるかな……」
シュトレーナにとって、至極どうでもいいことだが、ニーフはブツブツと独り言を言いながら、色々考えを巡らせる。
大混乱に陥っている王城内部の騒ぎをもろともしないニーフの盛り上がり様にシュトレーナも「ふいーっ」と欠伸をする。
「まあ、お姉さんが無事でよかったね。僕も少なからず、祝福をしてあげるよ」
「ええ、本当にめでたいわ」
──今日は記念すべき日だわ! お義姉様と離れ離れになるのは辛いことだけれども、別れがあるのなら出会いもある。またお義姉様に会える日が待ち遠しいわ……。
アズラエル王国の姫でありながら、ニーフはガッツリシーラと会う気でいた。
「お義姉様は、いつ頃戻ってきてくれるかしら?」
「うやぁ……戻らないと思うけどなぁ」
「え?」
「え? 逆になんでそう思ったぁ? 追放されそうになってたお姉さんが無条件に戻れるわけないでしょ」
「……確かに、一瞬目が曇ってしまっていたわ」
一瞬ではなく、ずっとである。
「私がお兄様を地獄に突き落としたら、戻ってくださるかしら?」
しかも、とんでもない方向にだ。
狂酔レベルにニーフがシーラを慕う気持ちは強力なものであった。
そんな物騒な物言いを素でしているニーフに呆然とするしかないシュトレーナ。
「……このお姫様はぁ……頭がイカれていらっしゃるんですねぇ……」
「ん、何か言いましたか?」
「お姫様の脳内はとびきり、特別なんだなぁって言ってましたぁ」
幸いにもシュトレーナの毒を含んだ呟きはニーフに聞こえていなかった。
──ああ、お義姉様。今頃はどこで何をしていらっしゃるのでしょうか。
兄の元婚約者に想いを馳せながら、ニーフはうっとりとした顔でシーラのことで頭を埋め尽くしていた。そんなニーフにその後数時間程度付き合わされるシュトレーナは、終わり次第即刻眠りについたそうである。




