《20.ガレン帝国の思い出》
「さて、感動の再会を果たしたところ申し訳ないのですが、時間がありません。行きましょうか」
サイファーは申し訳ないような顔でそう告げる。
シーラとジアボの思い耽るような顔は一瞬にして我に帰り、2人は同じように顔を赤らめた。
ケラケラとその動きのシンクロ具合を笑う少年。
逃亡劇を繰り広げるという割にその場の雰囲気は明るいものであった。
「シーラ様、お手を……」
ジアボはシーラの手を握る。
細く繊細な指が折れてしまわないように絶妙な力加減で握る。
「あ、ありがとう」
シーラは気恥ずかしくなっていた。
こんな風にエスコートしてもらうようなことは、生まれて一度も体験したことがなかったから。
グレアス王子には、冷たく扱われ、社交界でも踊る相手はいなかった。レディとして丁重な作法で接してもらえることに喜びを覚えつつ、シーラはジアボと共に歩みを進める。
サイファーと少年もそれに続き、次なる目的地へ向かう。
……という、場面だったのだが。
「ああ〜!」
少年が大きな声を上げた。
「なんですか、騒々しいですね」
「僕、お城の方に忘れ物しちゃった。取りに戻らないと!」
そそっかしい少年に深いため息を吐くサイファー。そして、シーラとジアボに告げる。
「申し訳ない。レーナが王城に忘れ物をしたみたいだから、ちょっと行ってくるよ。君たちは気にせず先に進んでくれ」
──ああ、サイファーさんも大変ね。
完全に歳下の子を引率するお兄さんの図である。
「レーナ、早く行くよ」
「はーい。じゃあ、また後でねお姉さん、騎士の人!」
元気よく手を振る少年はサイファーと共にもときた道を歩いてゆく。その光景を眺めながら、ぼうっとしていると、
「シーラ様、僕たちは進みましょう」
ジアボが優しく声をかけた。
「そうね。行きましょうか」
シーラとジアボは2人で歩みを進める。
少年とサイファーの姿は見えなくなっていた。チラリと後ろへ向けた視線を戻して、シーラはジアボに尋ねる。
「そういえば、どこに向かうか聞いてますか?」
「心配いりません。道なりにずっと歩いていけば、サイファーさん達が用意してくれた馬車があるそうです。そこまでいければ、それに乗って隣国まで簡単に逃げれるそうですよ」
「そうだったの。よかったわ」
まさかずっと歩き続けるのかとちょっぴり警戒していたシーラであったが、馬車があるという一言に安心した。
流石に越境するのに徒歩での旅路になってしまうと、何日経過するか分からない。
「越境して、どの国に向かうとかは聞いてる?」
「ガレン帝国が一番近いので、そこを目的地にしているみたいです」
「そう、ガレン帝国ね」
──ガレン帝国には以前に訪れたことがある。
シーラは遠い記憶であり、朧げながらに覚えているガレン帝国の風景を連想した。
シーラがガレン帝国を訪れたのは、今は亡き祖父と旅行した時であった。シーラの中にある数少ない楽しい思い出。
記憶ではガレン帝国はとても栄えており、平和な国であった。それこそ、アズラエル王国よりも治安が良く、貧富の差も激しすぎていない。
誰もがそれなりの生活水準のもとで、幸せそうな暮らしを謳歌していた。
──幼い頃は、ガレン帝国にくらしたいと大泣きして、お祖父様を困らせたこともあったわね。懐かしい。
麗しき思い出に感化され、シーラの足取りは先程よりほんの少しだけ軽いものになっていた。
「……ガレン帝国に行くのが楽しみですか?」
「そうね。あそこにはいい思い出しかないもの。……ここと違って」
「そうでしたか……」
アズラエル王国での日々を振り返りながら、シーラは進む。
吹き抜ける風は少しばかり寒いものだったが、そんなことも気にならないくらいシーラは気分が高揚していた。
──自由になれたら、何をしようかしらね。
グレアス王子との婚約者としてアズラエル王国に縛られていたシーラ・アルファスターはもうそこにはいない。
2人の旅路は、順調なスタートを遂げた。
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