《18.消える覚悟はありますか?(ジアボ視点)》
薄暗く、柵に覆われた独房にジアボは囚われていた。
シーラを庇ったことにより、グレアス王子の機嫌を損ねたため、王族に反逆したとみなされたからである。
ジアボの部下が庇うことは出来なかった。
そんなことをしてしまえば、自分まで同じような仕打ちを受けると恐れたからだ。
「……いっつ」
切れた唇から薄らと流れる血が床に垂れる。
時々くる痛みを堪えながら、ジアボは天井を見上げた。
──終わりだな。俺の人生も、シーラ様も。
結局、守ってあげられなかった。
むしろ、シーラ様は俺のことを守るためにグレアス王太子に反論してしまっていた。守られたのはどっちのほうだよ。
シーラがあの場のグレアス王子を独壇場から引きずり下ろしたことにより、グレアス王子は、無闇矢鱈な重罪を課すことができなかった。
結果的に、処刑されてもおかしくなかったジアボは独房で1年間の謹慎処分を言い渡された。
「庇ってくれてありがとう。とても、嬉しかったわ」
──あの言葉が耳を離れない。
決して折れたりなどしないという優しく包み込むようなシーラ様の瞳はとても綺麗だった。見惚れてしまった。だから……何一つ言い返すことも出来なかった。
感謝を述べられ、あまつさえ俺のことを守り抜く強い女性。
「……やっぱり、シーラ様に仕える人生が送りたかったな」
きっと叶わない願いであるとジアボは嘆いた。
平民であるジアボと貴族であるシーラ・アルファスターの負う責任の大きさは別物だ。
然るべき処分を受けるのであれば、シーラに対して課される罰則はジアボの謹慎などに比べれば、はるかに重いものになる。
──シーラ様はご無事だろうか。
力尽きそうな瞼を必死に開けながら、ジアボはそんなことを思う。
酷い暴力を独房で受け続けたジアボの肉体は限界に近かった。
「なんか……眠い、な」
「ちょっと、寝ちゃだめですよ。凍え死んじゃいますから」
「それは、雪山のやつだから………………って、はぁ⁉︎」
──俺は、誰と喋ってるんだ⁉︎
独房はジアボのみが収容されている場所。
他の誰かが一緒に囚われているわけではない。
慌てて、声のした方へと目を向けるジアボ。しかし、そこに誰かがいる痕跡はない。
「げ、幻聴?」
「もう、幻聴じゃないですよ〜」
聞き覚えのある声、甘ったるいじゃれつくようなポワポワした仕草の主をジアボは知っていた。
「シャーリー……か?」
「そうですよ。もう、勝手に暴走して、私たちを残して、なに簡単に捕まっちゃってるんですか。もう激おこですよ」
「いや、すまん……」
「ちゃんと反省してくださいね」
そう言ったシャーリーであったが、やはり姿を捉えることはできない。
確かに近くにシャーリーがいるとジアボは声量などから察して入るものの、どこに隠れているのか皆目検討もつかないのである。
「あー、ところでお前は今どこから話してるんだ? 俺の目には、誰もいない独房しか映ってないんだが……」
ジアボが聞くと、うっかり忘れてたと言わんばかりにシャーリーは「はっ」と声を上げる。
「いやぁ、私としたことが……下ですよ下、隊長。足下をご覧ください」
ジアボは視線を下げる。
「……何も見えないけど」
「本当ですか?」
「ああ、下には俺の影しか……ん?」
目を凝らしてよく見ると、ジアボの影は不気味に揺れていた。まるで影が液体にでもなったかのように波打ち、やがてその影からすっぽりと腕が生えてくる。
「はーい、隊長。握手です」
「……怖っ」
その手はまさしくシャーリーのものであった。
握手を要求され、気味悪ながらもその手を取った。
ジアボが影からズブズブ引き上げてきたシャーリーは、騎士の制服は着ておらず、見慣れない真っ白な軍服のようなものを着ている。
「……お前、こんなところに何しに……ていうか、今のはなんだよ? 影から出てくるとか、まるで……」
「まるで魔導師みたい……ですか? うふふ、そうでしょう。そうでしょう」
シャーリーはふふんと鼻息を荒くしながら、胸を張って仁王立ちを決め込んだ。
──いや、別に褒めてるわけじゃないんだが。
単純にお前は何者で、こんなところに何しにきたのかということを聞きたかったジアボは、普段通りの反応に肩透かしを食らった気分になる。
「はぁ、隊長は本当に手間のかかる人ですね」
仕方がないなぁというような顔をするシャーリーに思わずジアボは言い返す。
「お前に言われたかないわ」
「おおっと⁉︎ せっかく助けにきた心優しい聖母マリアのような部下になんちゅう暴言吐き捨ててるんですか。そんな可愛くないことばっかり言ってると、いつか天罰が降っちゃいますよ?」
「降るわけないだろ。これ以上どん底味わうとか……冗談でも洒落にならないよ」
ジアボは、深いため息を出す。
既に相当の苦労を強いられたジアボにとって、今以上に堕ちることなど想像できなかった。
体裁的にも肉体的にも精神的にも、ジアボはギリギリのところで踏みとどまっている。
そんなジアボの状況をちゃっかり把握しているシャーリーは、「そっか」と軽くいなす。
「……あんまり俺に構うと、お前の立場も悪くなるぞ」
ジアボは静かに忠告する。
シャーリーは小さく「はい」と答えた。
……しかし、シャーリーの暴走っぷりが鳴りを潜めることはない。
「……分かってますよ。それくらいのこと。隊長と仲良くしているところを見られたら私も騎士団クビになるレベルかもしれないですね!」
「笑って言うことじゃないだろ」
「……それが、どうかしましたか?」
「は? お前何言って……」
シャーリーの声は冷たい。
聞き慣れないシャーリーの変わりっぷりに思わずジアボは、口を紡ぐ。
ジアボが黙り込んだのを確認した後、シャーリーはゆっくりと独房の鍵を外した。
「……ねぇ、隊長。一つ聞いてもいいですか?」
凍てつくような空気感。
シャーリーはジアボから見て普通ではなかった。
まるで別人。
おちゃらけた様子の欠片もないシャーリーは、独房の扉をゆっくりと押し開ける。
「……隊長は、消える覚悟……ありますか?」
殺気はない。
ただ質問をしているだけであるとジアボは不思議と認識できた。
その質問の意図を知るのは、ジアボが「ああ」と肯定の言葉を告げた後であった。
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