《15.変わる世界(ジアボ視点)》
「ここは、とっても素敵な場所ですわね」
「……えっと」
──王城に備えられた中庭にて、僕は初めて心惹かれる人と出会った。
修練場にて、槍術の稽古を終えたジアボはよく中庭の噴水前にて休憩をしていた。ここに足を踏み入れる者はほとんどおらず、ジアボにとって唯一の憩いの場となっていた。
しかしながら、その日は先客がいたのだった。
花壇の方へとしゃがみ込む黒を基調とした足首まで長さのあるタイトなドレスの女性。
真っ暗な髪と相まって、繊細な指先の白さが際立ち、ジアボは思わず顔を赤らめた。
「あの、こんなところで何をされているんですか?」
ジアボが尋ねると女性は唇に人差し指を当てながら悩む仕草を見せ、
「そうですね……落ち着きたくて、人のいない場所を探していた。そんな感じですね」
困ったような顔で女性はそう言った。
──まあ、たまにはいいか。
自分のお気に入りの場所に他の誰かがいることに違和感は感じるものの、そもそもこの場所はジアボだけの場所ではない。
城勤の使用人や騎士、王族や貴族の人間であれば気軽に立ち入れるような場所である。
偶然この場所は人気が少なく、ジアボだけが使うようになっていただけで、ジアボ以外に、例えば目の前のドレスの女性が立ち入っていたとしてもなんら不思議なことではない。
「貴方、お名前は?」
「ジアボです。王国騎士団に所属している騎士です」
「そう、騎士さんなのね」
女性は華やかに笑った。
「私は、シーラ・アルファスター。騎士さん達が守ってくださるおかげで、今日も王国は平和であり続けられます。いつもありがとうございます」
純粋に目の前のシーラは、そんな褒め言葉をジアボに投げかけてきた。
──違いますよ。騎士団なんて、騎士なんて……貴女が思っているほど立派なものじゃない。
「……たいしたことはしていませんよ。職務を全うしているだけですから」
そう本当にそれだけなのだ。
ジアボにとって騎士の仕事など名誉でもなんでもない。民衆の理想からかけ離れた醜い姿をジアボ自身は知っていた。
謙遜していると思われるような言動も、全てジアボの本心からの言葉だった。
「ジアボさんは謙虚なのですね。もっと誇ってもいいのに」
「いえ、自分はまだ何も成し得ていません」
俯くジアボにシーラはゆっくり近づき、そっと手を取った。
「そんなことありませんわ。もし本当に貴方が何も成し得ていないのであれば、そんなに思い悩んだような顔しないでしょ?」
「……っ!」
「悩むのはいいことです。やりたいことをうまく出来ず、それでも諦めまいと努力を続けている証拠ですから」
──努力の証拠。そんな風に褒められたのは初めてかもしれない。
騎士団でジアボを認めてくれる者は誰一人としていなかった。むしろ、不要な正義感を貫く面倒な新人であると揶揄され、煙たがられていたくらいである。
「俺は、ちゃんと騎士をやれている自信がありません。……それでも、シーラ様は、俺がちゃんとした騎士であると認めてくれるのですか?」
「そうですね。出会ったばかりの私が偉そうに言うのは、不服に感じるかもしれませんが……少なくとも私は、貴方に誠実さを感じました。きっと日々努力を続ける頑張り屋さんで、誰に対しても平等に優しさを分け与えてくれるような……貴方はそんな風に見えました」
「そう、ですか。頑張り屋で優しい……ですか」
シーラに告げられたそれは、ジアボの目指していた騎士そのもののイメージだった。
ジアボは忘れていたことを思い出した。どうして自分がどのような騎士になりたかったのかということを。
主人に対して絶対的な忠誠心を向け、騎士として正しい行いをする。例えそれが、自分にとって不利益なことになったとしても……。
──俺は、今までどうして周囲に流されていたのだろうか。
王国騎士団に入団してからのジアボは心の中では、これは正しいことではないと考えてはいたものの、結局新人という立場に甘えて、上からの要求を全て受け入れ続けていた。
理不尽な命令にも従った。まるで道具のように扱われていることにも反論を直接することはなかった。
心が荒み、闇雲に槍術の稽古に没頭する日々。
己の腕を磨けば、本当の騎士になれるだろうと無意識に考えていた。
──違うな。俺は、逃げていただけだった。
現実から目を背けていたとジアボは自覚した。
理想なんてものはない。
だからこそ順応するしかないと自分自身の心を騙してこれまで騎士を続けていた。
──それで今までは良かった。でも……今、目の前にいる彼女に、俺のことを信じてくれている人に、こんな弱々しいままの俺を見て欲しくはない。
ちゃんと騎士になろう。
胸を張って、今度はこちらから堂々と立派な騎士であると名乗れるように。
「シーラ様……俺はようやく理解しました。騎士としてこれから精進し続けたいと思います!」
「そうですか! 応援しております」
シーラはジアボの意思の変化に気づいていなかった。
ジアボの人生を変えたという事実は、ジアボだけが認識していた。
「もし俺が、自分でも認められるような騎士になれたら……」
ジアボは力強く頭を下げた。
「俺を貴女の騎士にして欲しい! ……です」
シーラは少し驚いたように表情を固めたが、すぐに取り繕い。ジアボの肩に手を置いた。
「分かりました。その時、貴方が私の騎士になりたいと、そう仰ってくださるのでしたら、その時はよろしくお願いしますわ」
──この日の言葉を俺は一生忘れない。
例え、それが茨の道であるとしても、俺は決して諦めたりはしない。きっと彼女こそが俺が仕えるのに相応しい主人であると直感的に理解したから。
その日から、ジアボの熱意は昔騎士団に憧れを抱いていた時と同じように再燃した。
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