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《13.一抹の不安》






「寒いわね……」


 よく冷える時間帯、シーラは手を擦り合わせながら悴かじかんだ手に息を吹きかけた。

 月明かりが眩しすぎないくらいに辺りを照らす中、シーラと少年の2人は静かな夜道を歩いていた。


「あと少しで、仲間と合流できるから」

「そう」


 余裕そうな少年と違い、シーラの顔には疲れが見え隠れしている。


「お姉さん大丈夫? 少し休もうか?」


 体調を気遣った少年の言葉にシーラは首を振った。


「いいのよ。遅くなってしまってはいけないもの」


 ──少しの我慢くらい出来なきゃ、これから先生きていけないわ。


 逃亡先での生活を選んだシーラにとって、寒さなんてものは序の口に思えていた。貴族としての暮らしはもうできないだろう。平民として……いや、もしかしたらそれ以上に厳しい暮らしを送らなくてはならないかもしれない。

 そう考えれば、忍耐力は今から身につけておくに限る。


 ──幸い、貴族社会に揉まれてストレス耐性は相当あるから、それだけは感謝しておきたいわ。


 辛かった日々を送ってきたシーラが、そんな地獄に感謝する数少ない理由は、そんなことであった。


「……本当に歩けそうになくなったら、その時はちゃんと言うから」

「分かった。……でも、あんまり無理しちゃダメだよ。お姉さんは僕らみたいな死と隣り合わせの世界で生きてきたわけじゃないんだから」


 ──最近死を体感したけれどね。


 などというありきたりなツッコミは心の中で完結させるシーラであった。


 城下の街や村を避けながらの逃避行であったため、シーラが少年以外の人物を目にする機会はほとんどなかった。それでも、旅人や商人などとすれ違う際にシーラはどうしても緊張してしまう。

 グレアス王子に幽閉されていたのに逃げ出した令嬢がいると騒がれることを危惧していたからだ。


「はぁ……」


 また1人、重そうな荷物を抱えた中年の男性とすれ違い、シーラは安堵の息を吐く。


「もう、お姉さんビビりすぎ」

「べ、別にそんなんじゃないわよ」

「心配しなくてもお姉さんが逃げたことはまだ知られていないよ」


 その不安は杞憂であると断言する少年だが、それでもシーラが幽閉されていた部屋がもぬけの殻になっていれば、遅からず捕縛令でも下されるはずである。


「そう単純な話ではないと思うけれどね」


 シーラの言葉に首を傾げる少年。

 シーラがそういうことを言い出す時、大抵何か確証のある悩みがあるということを少年はなんとなく察していた。


「何がそんなに不安なのさ」


 シーラは答える。


「幽閉塔が無人になっていたら、すぐに私が逃げたことくらい知られてしまうでしょ」

「ああ、なんだそういうことね……」


 シーラの不安を小馬鹿にするかのように鼻で笑う少年。

 ──なによ、その態度は。


「余裕なのね」


 嫌味たっぷりにシーラは少年にそんなことを告げるが、少年は「そうだよ」とでも言いたげな目をシーラに向けた。


「お姉さんさ、僕がなんの対策もなしにお姉さんを部屋から連れ出したとでも思ってたりする? だとしたら、考えが甘いよ。それこそ砂糖まぶしまくった貴族の高級菓子くらい甘いってものだよ」


 分かりにくい例えにシーラは眉を顰める。


「えっと……」

「ふふん! いいから、僕を信じなよ。お姉さんの逃亡は早急に悟られたりしない。少なくとも、あと3日くらいは何も知らずに呑気にお姉さんの幽閉を信じてやまないと思うよ」


 やけに自信満々の少年にシーラはその言葉を信じることにした。


 ──確かに、この子のおかげで安全に城から抜け出すことができた。そこまで言うなら、もう言及する気にもなれないわね。


 完璧かどうかは別として、それでも何かしらの対策を立ててくれていることにシーラは大きな杞憂をほんの少しだけ手放すことができた。

 歩みを進め続ける中、2人はそれ以降会話をあまりしなかった。けれども、気まずい空気などは全くなく、寧ろ静かな時間が心地良いくらいのものに感じられる。


「ほら、見えてきたよ」


 少年の言葉に顔を上げると、シーラの目の前には美しい光景が広がっていた。

 見渡す限り、澄んだ水をたっぷりと溜め込んだ綺麗な湖。

 月光虫という、月明かりを反射する虫が無数に飛び交い、幻想的な異国情緒溢れる景色であった。


「とてもいい場所ね。王国にこんなところがあるなんて知らなかった」

「穴場スポットだからね。人もあまり寄り付かないような場所だし」


 景色のこともそうであるが、シーラの視界ではっきりと人影を捉えていた。


「先客もいるのね」

「あれが、僕の仲間だよ」


 楽しそうに笑う少年に釣られて、シーラも微笑んだ。


「信頼しているのね」


 少年が無警戒に動くのは、何気に初めてであったため、シーラはそんなことを少年に聞く。けれども、少年はそれを認めようとしない。

 慣れ親しんだ友人をちょっぴりからうように少年は言うのだ。


「信頼なんかしてないよ。だって、サイファーなんかよりも僕の方がずっと優秀なんだもん」


 シーラと少年は、無事に逃亡を手引きしてくれる協力者との合流を果たすのだった。

お読み下さり、ありがとうございました!


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