《0.プロローグ》
次話より、本編開始の場面に移ります!
1〜2週間ほどかけて更新していきます。
よろしくお願いします。
「急いでください! 追手が迫っています!」
……真っ暗な森林を駆け、呼吸を乱しながらもがむしゃらに走る者達がいた。
「待てっ!」
「これ以上は逃げられないぞ! 観念しろ!」
後方から聞こえてくる怒声。
令嬢と青年の2人は、振り向くことなく走り続けた。
アズラエル王国にて、王族殺人未遂容疑を掛けられたグレアス王子の元婚約者であるシーラ・アルファスター侯爵令嬢。彼女は毒を持った殺人未遂犯に仕立て上げられた結果、先程まで幽閉塔という場所に軟禁状態にあった。
もし、逃亡の手助けをしてくれた者達がいなければ、そのまま刑罰として、辺境の人が住めないような場所に追放処分にされていたところである。
そして、そのシーラを庇い、グレアス王子の逆鱗に触れたアズラエル王国の元騎士であるジアボ。彼もまた王城にて牢に入れられていたが、協力者の手助けもあり、シーラと同じく逃げ出せていた。
背後から迫り来る王宮警備隊の追跡を必死の撒こうと逃げる2人。ようやくアズラエル王国と隣国のガレン帝国国境付近まで逃げてきていたのにも関わらず、あと1歩というところで窮地に陥ってしまった。
「シーラ様、あと少しの辛抱です」
「はぁ、はぁ……ええ!」
息の上がっているシーラの方に視線を向け、ジアボは心配そうな顔をする。
ジアボは騎士であり、それなりに運動量があるものの、つい最近まで侯爵家の娘であったシーラにとってはかなり辛いものだ。
シーラの長くしなやかな黒髪も、このような場面では暑苦しく、邪魔に思えてしまうほどに乱れていた。
──不味いわね。息ができなくて、意識が飛んじゃいそうだわ。足も重いし、このままだと捕まってしまう!
呼吸を整える暇も、周囲を確認する暇もない。
視界は段々と暗く点滅してくる。
それでも、背後に近づいてくる松明の明かりから逃れるためには走り続けるしかない。
追手との距離は着実に縮まってきていた。
このままいけば、再び拘束され、元々のよりも重い処罰が待ち受けていることだろう。
「はぁ、はぁ……どうにか、ならないの?」
苦し紛れに問いかけるシーラ。
対するジアボは走りながらも考え込むような素振りを見せる。
兜に隠れて顔色は伺えないが、それでもジアボの葛藤している様をシーラは察していた。
「……その、案がないことはないですが、確実とは言えませんし、色々懸念すべき点があります」
「それでも……いいから、お願いできるかしら?」
足に限界がきているシーラには、そう告げる意外になかった。ジアボが困っていることを分かってはいるものの、やはり自分達の先のことを考えれば、僅かな希望にも縋るべきであると判断した結果だ。
しかしジアボの方は違った。
対抗策はあるが、それを使うべきかどうかを終始悩む。
彼にとってそれは、最終手段と言えるものであったのだ。
「一応、教えておきますが……相手を怪我させて、傷害罪とか余罪も付いちゃうかもしれませんよ? それでも、構いませんか?」
最終確認と言わんばかりにジアボは重々しく告げる。
仮にだが、捕縛された際にその罪状が積み重ねられる危険性があるということを示唆していた。
それでも、シーラはその声音の鈍重さに配慮する余裕すらない。既に限界なのである。
「……逃げられなければ、同じことよ。どちらにせよ、逃げ切る以外、私と貴方に残された道はないわ!」
「いいんですね?」
「ええ! お願い!」
シーラの一言を聞き、ジアボは走る速度を緩め、近づく追手の方へと手をかざす。
ジアボの身に付ける鎧から鉄の擦り減る音が聞こえるのと同時に地面の土を抉る音が響く。砂埃によって後方の視界は余計悪くなったが、シーラはそれでも一瞬だけ視線をジアボの方へと向けた。
「グラビティ!」
直後、地面が大きく揺れるかのような感覚がシーラを襲う。グラリとした振動が伝わる。
──な、何が起こったの⁉︎ 彼の魔法⁉︎
シーラはその場から動けなくなってしまった。また、動けない以上に立っていることすらもままならない。シーラは膝をつき、そのまま揺れが収まるのを待つ。
そんなシーラの様子を横目にジアボは再び口を開く。
「バインド!」
ガサガサと枯れ草を踏みしめる音が聞こえなくなる。代わりに聞こえてくるのは、野太い男の叫びであった。
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
「動けない! なんだこれ⁉︎」
追手だろう声。
しかしながら、シーラは彼らが叫んでいた理由が分からない。チラリと振り返るとジアボがいる。叫び声のする方へと向き、静かに佇んでいるだけだ。
──彼が何かしたのは間違いないわね。魔法? けれども彼は元騎士だったはず。魔導士でないのに魔法は使えるはずがない。
簡素な詠唱。
それでも、その威力は手にとるように分かる。
あり得ないほどに強力な魔法のようなものであった。
それが、シーラには信じられない。
魔法が使える人間というのは極端に少ない。
加えて、対人戦に使用できるほど強力な魔法を使える人間はさらに限られてくる。常識的に考えて、元騎士が強大な魔力を有しているなどあり得ないことだった。
「ちょっと、あなた何をしたの?」
「いや……捕まってたのを助けてもらった際に、色々とあって……」
ジアボの受け答えはいまいち要領を得ず、端正な横顔は、少し歪む。
魔法に関しての質問をしていたつもりのシーラだったが、言葉を濁す彼は、その答えがどのように伝えればいいのか戸惑っているようにも見える。
「言いたいことが分からないわ」
「説明が難しいんですよ。今はただ逃げれるだけの手段を俺が手にしているということだけ知ってくれていれば大丈夫です」
2人が話している間にも、先程の魔法で痛い目を見た追手がふらふらしながらも立ち上がっている。
どうやら、彼の使った魔法は相手を死に至らしめるようなものではなかったらしい。
「急ぎましょう。彼らはまだまともに動けないはずです!」
「そうね。息を入れる時間も確保できたから、また走れるわ」
話を区切り、ジアボは追手が立ち上がってくる前に逃げようと提案し、シーラの手を引いた。
──そうよ。今はこの国から無事に脱出することが最優先。色々分からないことだらけだけど、逃げ切れれば、話す時間は十分にあるはずよ。
「もしシーラ様が辛ければ、最悪俺が担ぎます」
「それは……本当に最終手段にしてよね」
クスリと笑うシーラ。
心の余裕を少しだけ取り戻すことができた2人であった。
そして、シーラとジアボは再び走り始める。
国境を越え、この国から脱出するために。
立ち止まっている暇なんて、二人にはない。
……全てはあの日。
……シーラが濡れ衣を着せられてしまった瞬間から動き出した物語である。
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