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瘴気

 鬼を倒すと、辺りの瘴気が消えていった。

「怪我はないか?」

「草野さん、ほおに血が」

「気にする事はない。かすり傷だ」

「闇の傷は、治りが悪いですから」

美紀は手を伸ばし傷口に手を当てた。

 

 ひ ふ み よ い む な や ここのたり ふるべ ゆらゆらと ふるべ


 布瑠の言(ふるのこと)をとなえ、霊気を流す。

 死人を生き返らせると言われている言葉だが、実際には闇に属するモノにつけられた傷を浄化する作用がある。

 美紀は符術師であるので、直接霊力を人に流すこの手の術は苦手ではあるが、出来ないわけではない。

 傷の浄化を終えて健司の顔を見上げると、思ったよりも顔が近かった。ほのかに顔が赤く染まっているように見える。

「ごめんなさい」

 慌てて美紀は一歩離れる。

「いや、ありがとう」

 健司は照れくさそうに礼を述べた。

 治療をしていたのだから距離が近かったのは当たり前なのだけれど、意識をしてしまったので、お互い少々気まずい。仕事仲間とはいえ、未婚の大人の男女だ。薄暗い中に二人きりだということを意識してしまうと美紀の心臓が早鐘を打ってしまう。

──仕事しなくちゃ。

 こんな時に何を考えているのかと、美紀はそっと自分をしかりつける。

 ワークライトを回収して、慌てて辺りを見回した。多少、埃が舞ったりしているが大きく変わったことはない。

「相変わらず、鮮やかなお手並みですね」

 神器の形代を持つ健司から見れば、あの程度の鬼は雑魚といってもいいのかもしれない。

 美紀一人だったら、相当に手こずるだろうけれど。

 こういうことがあるたびに、自分は必要だろうかと美紀は思う。健司は圧倒的に強い。

 そもそも、美紀と組む前は、健司は一人で動いていたのだから。

「八坂がフォローしてくれるようになってから、戦いに集中できるようになった。神器は強力だけれど、そのせいで物を壊さないかいろいろ気を使っていると、やりにくかったからなあ。それに治療もしてもらえる」

 健司は大きな手のひらで、美紀の頭に触れる。硬いそれでいて優しい手だ

 美紀の心臓が大きく跳ね上がる。

──この人は、どうしていつも私が一番欲しい言葉をくれるのだろう。

 初めて、神崎と共に健司と仕事をした時。健司のさりげない気づかいに驚いた。

 仕事をするということは、お互いにベストを出すのは当然だ。だが健司はそれだけでなく、相手への感謝を必ず言葉にする。神崎は不満しか口にしない。

 霊能力の差というより、人間力の差だ。

 美紀と神崎はただの仕事のパートナーで、恋愛感情は欠片もお互い持っていなかったけれど、美紀が健司に惹かれていくことは、神崎にとって面白くなかったことのひとつだったのかもしれない。

 神崎は健司と仕事をするたびに、どこか不安定になっていた。

「それにしても、十年待たずに次のアヤカシが出てくるなんて、よほど瘴気が溜まりやすいらしいな」

「そうですね」

 もちろん、一度アヤカシが生まれたところは、二度、三度と繰り返すことが多い。

 それにしたって一度綺麗に浄化が完了した場所は、しばらくの間、清浄に保てるはずだ。

 夜の街は澱みが多い。犯罪行為が多い地区なら、そういうこともあるだろう。

 ここはまだそういった犯罪行為の摘発を受けたことはないが、摘発されないから犯罪行為がないということはないだろう。

「あえて、誰かが瘴気を溜めているということはないですかね」

 強力な呪術を使うためには、闇から力をくみ上げたほうが手っ取り早い。

 神崎の作った『雷の欠片』も闇の力を練りこんであった。

美紀が神崎の異常に気づいたのは、彼があやかしを浄化させずに封印をしはじめたからだ。

「それは否定できないな。人が喰われていたのに今のところ何一つ問題になっていない。つまり、すぐに騒がれない相手を選んで喰わせていた可能性もある」

 ホームレスや、家出人などを選べば、なかなか足はつきにくい。

「やくざが噛んでいますかね?」

「やくざの定義にもよるかな。善意を装った民間組織の可能性だってある」

「善意を?」

「ああ。このビルの関係者にとりあえず暴力団系に関与している者はいない。いれば、調べているだろうからな。大きな宗教団体もない」

 健司は大きくため息をついた。

「たとえば、就職のあっせんをしているような組織がビルに出入りしていたとしても、それほど不思議じゃない。ここだけじゃなく、他所でも出入りしていることが大前提だけれど」

「頻繁に訪れているわけでもなければ、あまりわからないかもしれませんね」

「まあ、推測だけどね」

 健司はエレベーターの扉に手を当てた。

「穢れの本体は消えたけれど、なんかよどんでるな。残滓にしては瘴気が強い」

「……ですね」

 健司の言うとおりだ。鬼は倒したはずなのに、嫌な感じは残っている。

「浄化しますか?」

「いや。辿ろう」

 健司はエレベーターのボタンを押す。

 やがて、四階にたどり着いたエレベーターの扉がゆっくりと開いた。

「さて。何階が怪しいか、回ってみようか」

「そうですね」

 二人でエレベーターに乗り込む。

 鬼は倒したはずなのに、エレベーターの中には濃い瘴気が残っている。

──前はこんなことはなかった。

 もっともあの時、早めに悪鬼退散の符で結界を作ってしまったから、原因が黒霧以外にあるなんて考えてなかったと、美紀は思い出す。

──ひょっとしたら、それを見逃したから、神崎は堕ちてしまったのかもしれない。

 神崎に特別な思いは全くないけれど、相棒として責任は感じてしまう。

 やはり自分は未熟なのだと思うと心が重い。

「どうした?」

「いえ。なんでもありません」

 心配げに覗き込む健司に美紀は首を振る。

──集中しなくちゃ。

 過去の反省は必要だけれど、現状の解決にはならない。

「三階だな」

「そう思います」

 厳しい顔の健司に、美紀は頷く。

 エレベーターの扉が開くと『占いの館』という看板が見えた。 

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