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相田早苗 1

 相田早苗は繁華街にほど近いマンションに住んでいるという話だ。

 無論自宅周辺には見張りがついている。

「しゃあねえ、会いに行くか」

 めんどくさそうに首を振った健司の端整な横顔を、美紀は見上げる。

 草野健司は『退魔課』のエースだ。やや日本人離れした彫りの深い顔立ちをしている。たまにハーフと間違えられることもあるらしい。少し強面で声をかけにくいタイプであるけれど、街をこうして歩けば、女性の視線を集めている。本人は気づいてないようだが。

 それに生真面目で気配りの出来る男だ。恋人はいないという話だが、単に仕事のしすぎなのだと美紀は思う。上層部は常に健司に難題を押し付けている。休みがないわけではないが、どうも疲れ切って寝ているらしい。健司の人生のほとんどの時間は仕事に支配されている。

 あれでは『出会い』があったとしても、本人は気づいていないかもしれない。

 それにおそらく健司は怪異には敏感でも、自分に向けられる好意に対してはかなり鈍い。『退魔課』の複数の女性から熱烈なアプローチを受けているのに、全く気付いた様子がない。

 実際、健司の『相棒』に美紀が選ばれたとき、美紀は周囲の女性にかなり睨まれた。そもそも美紀は当時、神崎のことで周囲にあまり信用されていなかった。

 だが美紀の能力は健司の補佐役としては向いていた。何より健司が美紀を監視するための人事ということで周囲は納得したらしい。

 神崎は美紀の元相棒だ。男女のコンビということで、誤解されることが多いけれど男女の仲にになったことなど一度もない。神崎とコンビを組んだのは上の指示であり、美紀の意志ではなかった。そもそも神崎の暴挙を止めようとして大けがをしたのだ。それなのに周囲に信用されないというのは、美紀としてはどうにもやるせない。

 ただ周囲の目がどうであれ健司の美紀に対する態度は昔と少しも変わらず、監視というよりは周囲から美紀を守ってくれている。

 健司は実力者で一人で何でもこなせる人間だ。美紀と組んでいるのは、上層部の意志で、健司の本意ではないだろう。健司は優しいから美紀を無下に扱ったりはしないけれど。

「会いに行くのですか?」

「きしめん、食うのも許してもらえなかったしなあ」

 健司はおどけた顔をして肩をすくめる。

「会いに行ったところで、会ってくれると限らんし、神崎と接触していなければ、相手はただの市民だ。世間話をして、様子を見るだけだよ」

「はい」

 上層部が健司の行動を急がせているということは間違いない。

 相田という女性以外に、神崎が接触しそうな人間はいないのだ。

 神崎の両親は既にいない。それなりに女性関係の多い男であったが、『恋人』と呼べるほど長い付き合いをしていたのは、相田早苗だけのようだ。もっとも、美紀は神崎と仕事を通じての付き合いしかなく、プライベートのことまでよくは知らない。

 ただ、彼が転落していくのを止められなかった後悔はある。もっと早く美紀が異変に気づいていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。

「どうしてもいやなら、俺一人で行くけれど、俺としては、八坂がいてくれたほうが安心だ」

「え?」

「百戦錬磨の女狐相手だからな。たぶらかされるつもりはないけど、女連れなら、あっちも無茶はしないだろう」

 健司のいたずらっぽい笑みに、美紀の胸がドキリと音を立てた。

 美紀は心のどこかで、健司に自分など必要ないのではないかという不安を感じている。健司は攻撃に特化していて防御が弱いとはいえ、その弱点をつける相手などほぼいない。二年、ともに仕事をしていて、それはよくわかる。

 だがその不安を敏感に感じてくれて、健司はいつも美紀の居場所を用意してくれるのだ。

「わかりました」

 本当は、相田のような美人に健司を会わせたくない。それは仕事上の心配ではなく、ただの美紀の嫉妬だ。健司は女性に言い寄られて簡単になびく人ではないけれど、優しいから無下にすることもない。

 仕事だとわかっていても、美紀の心はおだやかではない。

 いつのころからだろう。健司の視界に自分以外の女性が映るのが、辛くなったのは。

 神崎と仕事をしていた時は、神崎の乱れた性生活さえ気にしたこともなかった。

──馬鹿だ、私は。

 今はそんなことを考えている時ではない。仕事なのだ。

 相田早苗のマンションは、オートロック方式で、相田が了承しなければ中に入ることは出来ない。

 退魔課とはいえ、一応は警察官のはしくれだ。非常時でなければ法は遵守しなければならない。超法規の措置を取るには、それなりの『証拠』が必要だ。

「相田早苗さんですね、警察の者です」

 モニターに向かって、健司が柔らかく微笑む。術は何一つ使っていないが、健司の微笑みには魅了の力があると、美紀は感じている。

 健司は天性の()()()()で、それは男女を問わない。

 よほどの強い意志を持っていなければ、邪険にするのはむずかしいだろう。

「神崎保氏のことで少しお話をお伺いしたいのですが」

 健司はさらににこやかな笑みを浮かべる。

「はい。大丈夫です。お手間はかけさせません。少しお話を聞くだけですので」

 相手に警戒を抱かせないのは健司の人柄であろう。

 健司が美紀に指で丸をつくると、カチャリとロックの外れる音がした。

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