第39話
百目の獣姫が人の命を奪うのは、百目の鬼としての宿命であり、百目の獣姫の意思ではない。(そもそも、百目の獣姫には、自分の意思というものはきっとないのだと思う。ただ、百目の獣姫は遊んでいるだけなのだ。人でいるときに遊べなかったぶんを鬼になってから思いっきり遊んでいるだけの子供なのだ)百目の獣姫はただそこにいて、もうすぐこの世界からいなくなってしまう人の魂をあの世へと導いていくだけの存在だった。
そこには、百目の獣姫(個人)の思いはない。
百目の鬼としての宿命があるだけ。
……、ただ、いつか必ず訪れる死、(あるいは、お別れ)という運命があるだけだった。
でも、その運命をはい、そうですか、と言って若竹姫は簡単に受け入れるわけには行かなかった。(たとえ、神さまの決めた運命だっとしても、簡単に白藤の宮を、あちら側の世界に、つれていかせるわけにはいかなかった)
だからこそ、こうして若竹姫は全力で、百目の獣姫を追いかけ回しているのだ。
白藤の宮に百目の獣姫を近づけさせないために。
若竹姫はそっと、自分の流している透明な涙をぬぐった。
それから、百目の獣姫と若竹姫の追いかけっこは、そのあとも続いた。
夜の間中。
ずっと、ずっと。
百目の獣姫の顔は、若竹姫の中にいる、いろんな女の人たちの顔に変わり続ける。
それはまるで、若竹姫の心の奥を、過去へ過去へと、戻りながら、忘れていた思いを思い出すような、そう。まるで夢を見ているような夜だった。
……それから、やがてだんだんと空が明るくなり、美しい白い月や星のかわりに、輝く太陽がその姿を見せ始めて、長かった夜の明ける時間がやってくると、百目の獣姫はにっこりと笑い、それから若竹姫に大きく手を振って、ばいばいをしながら、百目の獣姫の姿は薄い水色の空の中になくなっていく白い月の光の中に溶けるようにして、若竹姫の前からゆっくりと消えていった。
百目の獣姫がいなくなると、(若竹姫は百目の獣姫の姿が消えてしまったあとでも、少しの間、周囲の様子を観察し続けていた)汗だくの若竹姫は(せっかく贅沢なお風呂に入ったのに)大きく息を吐いて、そのまま鳥の巣の屋根の上に倒れるようにして、横になった。
……、終わった。
……、疲れた。
でも、なんとか追い払うことはできた。
と目を瞑りながら、にっこりと笑って、(その心の中にぐっすりと眠っているはずの白藤の宮のことを思い浮かべながら)太陽の明るい光の中で、若竹姫は思った。




