8話 拒絶
ハンターギルドに到着した俺は、建物の中に入る。
流石に夕方になってくると、次々に人が集まってきているな。
彼らの表情は様々で、成果があった者達と無かった者達はとてもわかりやすい。
受付には既に列が出来ており、俺もその列に並ぶ。
背中のザックには大きい方の猪の肉が40キロ入っている。
今回は成果物が多かったので、空間収納からザックをもう1つ取り出し左手に持っている。
こちらの中身はクイックバード3羽の羽根と羽毛、それと肉12キロである。
ザックの中への詰め込みは空間収納の中でやった。
こうすれば念じるだけですむから、一瞬で作業が終わって面倒がなくていい。
ちなみに小型弓は背中のザックにひっかけ、矢筒はそのままである。
20分ほどで俺に順番が回ってきた。早速受付嬢にギルドカードを提示する。
栗毛色の長髪の女性で、名札にはテレスと書かれている。
おしとやかな感じの美人さんというやつだな。
「確認致しました。お帰りなさい、ベリルさん。ハンター初仕事はいかがでしたか。」
「まあまあですね。狩猟は初めてではないですから。これ納品分です。ご確認をお願いします。」
そういって俺は背中のザックを下ろし、中身の猪肉を取り出す。
さすがに生肉をカウンターに乗せるわけにはいかないから、包んだ葉を開きながら置いていく。
「ええっ!? お肉の状態なんですか? それにすごく綺麗に処理されてる…。」
何故か驚かれている。
「何かまずかったでしょうか。」
「いえ、駄目というわけではないのですが、皆さん血抜きくらいしかされずに納品しますので、ちょっと驚いたといいますか。」
「それならよかった。解体はちょっと得意なんです。」
自分が食べないから多少味が落ちても関係ないのだろうが、
内臓を処理せずに常温で何時間も放置などと、俺にするとありえない話だ。
食材に対する冒涜であろう。とはいえ所詮は他人事なので、俺は怒りを抑え込む。
「病気や大きな外傷がある異常個体でないという証明の為に、完全な解体をあえてしないという方もいらっしゃいます。
ただ、そのような方も内臓の処理はされてますね。
何れにしても個体Noを割り振って納品者がわかる仕組みになっていますから、痛みの無い物は当然個人評価が高くなりますよ。
解体処理を失敗していたら駄目ですけど、ここまで綺麗に処理されていればすぐに売りに出せますので、とてもありがたいです。
我々としても解体の手間が省けますし、買取価格も精査して反映出来ますから。」
これは意外にも良い評価だ。さすがにハンターギルドだ。金額も期待出来そうだな。
「ところで、他にはございますか?」
「こちらも買取をお願いします。」
そういってクイックバードの肉の包みを3つ取り出す。
「クイックバードが3羽も!? そんなにどうやってとったんですか…。」
なんかさっきよりも驚かれてるぞ。ちょっと大げさなんじゃないか?
そのせいでなんか周りもこっち見てるじゃないか。
「プリューレの番いが偶々居ましてね。奴等も油断してたんでしょうね。
夢中になって襲いかかってたので、この弓でパスっとやりました。
案外楽勝でしたよ。今日はとても運が良かったです。」
適当に取り繕っておく。この程度であれば問題にならないはずだ。
「これってビギナーズラックっていうやつなの……?
でもあの動きが早いクイックバードが、狩猟中とはいえ油断なんてするのかしら。
熟練の猟師でも1羽捕るのすら難しいのに、まして3羽も捕ってくるなんて…。
こんなの見たこと無いわ。ちょっとありえないんですけど…。」
まあ確かに魔法がなかったら無理だろうな。俺も捕ったことなかったし。
「本当に運が良かっただけですって。それとこいつらの羽根もお願いします。」
ザックから羽根と羽毛を取り出す。3羽分あるから結構な量になる。
特に羽毛はもふっとしていて手触りがとても良い。幸せだなこの感覚は。
「は? えええええっ!? ちょ、ちょっと、なんで羽毛なんですか!」
めっちゃくちゃ驚いている。周りの声もザワザワとして、かなりうるさくなってきた。
いやそんな事言われてもな。軽く魔法で解体しただけなんだが。
鳥なんだから普通に羽毛が取れるだろうに。ちょっと異様な雰囲気だ。
「普通こういう納品は羽根だけです。は・ね! なんで羽毛になってるんですか!!」
建物全体に響くほど絶叫する受付嬢のテレス。めっちゃ声がデカイ。
俺の中にあるテレス嬢のおしとやかな美人というイメージ像が崩壊していく。
お陰で建物内の全員が動きをとめてこっちを見ている。完全に注目されている。
驚いてると思ったらそういうことだったのか。これはちょっと不味いかもしれない。
でも、魔法で一発解体したからそんな事知らなかったぞ。どうやって取り繕おうか…。
「いや、解体はちょっと得意なんで……。」
これでいけるか?
「そんなわけないでしょー!!」
「そんなわけあるかー!!」
関係の無い周りの奴等まで総ツッコミを入れてきやがった。やはり駄目だったか…。
というか、テレス嬢変わりすぎなんですが?
「あのですね、ベリルさん。クイックバードの羽毛は、繊細でとても痛みやすいんです。
普通は専用の薬剤を使って処理してから、時間をかけて丁寧に羽根から外すんです。
これ今日とってきたやつですよね!? どうしてもう羽毛になってるんですか!!」
やっべ。そんなことまでは流石に知らなかったぞ。羽毛については鑑定してなかったからなあ。
「それは前にとってたやつなんですよ。ほら、時間をかけてるから納品が遅れたんです。」
「さっきこいつらのって言いましたよね? めっちゃ取ってつけたみたいな言い方してますよね!?
そもそも、処理はどうしたんですか? 薬剤は専用の物なので、普通売ってませんよ。」
ジト目でいうテレス嬢のツッコミが厳しい。雰囲気が怖くなってきた。
「いや、それは薬師の知り合いが居るので、そいつに譲ってもらったんです。」
「商業ギルドと薬師ギルドの規定により製造には許可が必要で、どこの国でも厳重な取り扱いの劇物ですけどね。」
テレス嬢の俺を見る目が、完全に不審者を見る目になった。
やっべえ。これ下手すると犯罪者コースだ。しょうがない。ちょっと話を変えよう。
「すみません。嘘つきました。本当は自分で調合したやつです。
村に居たからそういう規定は知りませんでした。」
「ハァ………。まあ、そういうことにしておきましょうか。」
テレス嬢の視線が痛い。こいつ絶対何か隠してるだろって顔してるわ。
「なんだ、あいつ猟師じゃなくて薬師なのか?」
周りが勝手に評価し出してる。俺は目立ちたくないんだが…。
「ともかく金額査定を致しますので、査定カウンターの方でしばらくお待ち下さい。」
やらかしてしまった気がする。周囲の奴等からの視線が痛い…。
カウンターの脇にどいて、空になった手持ちのザックを背中のザックに入れる。
ザックの中がほぼ空になったせいでひっかけることが出来なくなったので、小型弓を左手に持って査定カウンターの待合席へ移動した。
なんだかやばいやつとして見られたせいか、誰も声をかけてこなくて助かったが。
本当に助かったのか? 何だかとても微妙な気持ちになった。
「ベリルさん査定カウンターへお越しください。」
待つこと20分ほどで呼ばれる。他の人より呼ばれるのがかなり早い。
魔物討伐みたいな功績判定とかはなく、単に肉や羽根と羽毛の買取だけだからな。
相場も決まってるだろうし、品質チェックと計量だけなら時間もそうかからないのだろう。
この時はそう思っていた。思いっきり間違いであることを後で思い知ることになったが。
「ベリルさんお待たせ致しました。
大変申し訳ございませんが、こちらは個別案件になりましたので、
2階の受付までお願い致します。奥の階段から2階へお上がりください。」
周囲の奴等がまたざわめき出す。
「なんだ? 何があった?」
後から着た奴等まで騒いでいる。
「はいい!?」
いや、ただの肉と羽根の買取だけでなんで個別案件になるんだ? そんなにやばかったのか?
でもそれなら衛兵に突き出されるはずで、2階に呼ばれるわけがない。
説教されるのか? うーん、全然わからんぞ。
「わかりました。」
仕方がないので2階へ行く。そのまま下にいても余計に注目されるだけだからだ。
2階に上がるとすぐ正面の部屋の扉が開いており、若い女性が立っていた。
銀色のストレートロングヘアーで、ギルド職員の服を来ている。
眼鏡をかけてはいないが、キリッとした風貌をみるに出来る秘書タイプの美人さんだ。
名札をつけていないので、残念ながら名前はわからない。
「ベリル様ですね。ようこそおいでくださいました。
私は当テドロアハンターギルドのサブマスターをしておりますアレクシアと申します。
ご案内致しますので、どうぞこちらへ。」
なんだか変な雰囲気になってきたぞ。この美人が説教してくれるのか?
アレクシア嬢に案内されるまま廊下を進む。アレクシア嬢が奥の部屋に入った。
俺はすぐには部屋の中に入らず、入口から室内の様子を確認する。
執務机が1つあり、その前に向かい合った4対8脚の豪華なソファが置いてある。
壁には額縁が並び、賞状や社是とか書かれている。偉そうな人の部屋だな。
何だかとっても嫌な予感がしてきたぞ。念の為ディサーンメントマジックを使う。
知りたい情報を即座に確認した。この程度なら万が一ということもなさそうだ。
やはり情報収集は重要だな。お陰で俺の心に余裕が出来た。
「こちらに掛けてお待ち下さい。」
俺は即座に言い放った。
「お断りします。」