7話 堪能
いい加減腹が減った。ちょっと遅い昼食になったな。
野外とはいえ魔物が居らず安全なので、簡素だがそれなりにきちんとした料理出来る環境を用意する。
俺は村で満足に食べることが出来なかったので、食に関してはかなりうるさいという自覚はある。
せっかく食べることが出来るのだから、妥協したくないのだ。
なので、ディサーンメントマジックでかなり調べて勉強したものだ。
レパートリーでいえば、そこらの料理屋よりも多いと自負している。
まず、土魔法で土壌改良して草の無い平らな地面を作る。
更に土魔法で石組みの囲いを作り、風を送りこむ穴をあけておく。
周囲に落ちている枯れ草を集めて、囲いの中に敷き詰める。
次に枯れ木を集める。風魔法で周囲の空気を遮断し、火魔法を使い強力な火力で一気に燃やし尽くす。
自然に作るとなると時間がかかるのだが、魔法なら中心まで均一の火力で燃焼出来るのでお手軽である。
そうして出来上がった上等な木炭を囲いの中に置く。
ここまでの作業を更にもう1セット行う。
なんでこんな手順を踏んでいるかというと、魔法だと火力の微調整が面倒だというのが理由だ。
木炭などを焚べる場合は、炭の増減だけで簡単に火力調整が出来る。
魔法は基本的に火力が一定するので、細かな調整が難しいのだ。
出来なくはないが、料理が不味くなるリスクを考えると、最初に準備に手間をかけた方が安全なのである。
説明している間に2つ目も完成した。当然2つ作ったのには理由がある。
1つは石組みの囲いの上を覆う金網を用意する。そう、これは焼き肉にするためである。
もう1つはY字型の棒を2本用意して、鍋のつり手にかけて棒を置く。これは鍋料理用である。
俺は空間収納から包丁等の調理器具や皿などを取り出す。食器や道具は魔法で作ったお手製である。
さて、ここからが本番だ。まずは火を付けにかかる。
火力が一定温度に達するまでには時間があるので、その間に他の食材の準備だ。
まずは、栄養バランスを考えて野草からだな。
焼き肉のときの副菜として、ナズナとコハコベを和え物を作ろう。
鍋に水魔法で沸騰したお湯を張る。そこへナズナとコハコベを入れ塩ゆでする。
その後、味噌等の調味料で味をととのえたら完成だ。
次に、鍋の用意をする。まずは昨日とった猪肉を500グラム程用意する。
猪肉は薄く切り、ナズナ、セリを食べやすいサイズに切る。
椎茸の軸を取り、笠に十字に切れ込みを入れる。
鍋に水魔法で浸透圧の低い水を張り、椎茸の軸を入れる。
これは椎茸の出汁が取れやすいようにするためだ。
ちょっと軸が足りないようだ。笠も少し細切れにして入れる。
そして加熱し、ある程度温度があがってきたら味噌を大目に入れ、砂糖を少々と入れてかき混ぜる。
ずっと狩りをしていて汗を掻いているから、塩分で味噌が尚更美味しく感じるだろう。
沸騰したら猪肉を入れる。アク出てくるので丁寧にすくい上げて捨てる。
ナズナ、セリ、椎茸を入れてしっかりと煮えたら完成だな。
鍋を煮ている間に焼肉の用意をする。
特に昨日の猪2頭分の内臓があるので、それをいただくことにする。
心臓と肝臓を適当な大きさに切っていく。
ちなみに肉屋では心臓をハート、肝臓をレバーと呼称している。
腎臓は豆みたいな大きさなので皮を向いて2つに切り、これも焼いていく。
睾丸も皮を向いた後、輪切りにする。
そして切った肉をパッドに並べた後、肉の両面に塩と胡椒をかけて馴染ませておく。
あまり早く塩をかけると肉汁が流れ出てしまうという問題点はあるのだが、俺はあまりこの方法は好まない。
なぜなら、塩気が浸透していない肉は不味く、塩が浸透する前に肉を焼くと塩が焦げてしまうのだ。
なので、多少水分が流れるのは仕方がないと思っている。その分肉が引き締まると思えば良い。
念の為言っておくが、野生動物の肉は絶対に生で食べてはいけない。
寄生虫がついているので、最悪死に至る可能性がある。
運良く死ななくて済んだ場合でも、激痛で大変な想いをするので必ず加熱しなければならない。
魔法で寄生虫は除去してあるが、世の中には絶対という言葉はないのだ。
俺は除去は気休め程度に考え、必ず加熱することにしている。
寄生虫による食中毒で死にました、では格好悪いにも程があるからな。
しばらく待っていると猪鍋が煮えたので、食べはじめることにする。
熱いのでおたまで小鉢に移しながら食べることにする。
まずは汁を啜る。味噌に猪肉の油が溶け込んでいて旨い。
次に、野菜の代わりに野草を絡めて猪肉を食べる。
味噌のお陰で肉の臭みがそれほど感じられず、噛むほどに肉の味がにじみ出てくる。
野草の苦味が肉の旨みを引き立てるので、余計に美味しく感じる。
そろそろ塩も浸透したことだし、焼き肉の方も焼いて食べていこう。
まずはハートをいただくとしよう。
十分に焼いてから塩をつけて食べる。心臓は筋肉の塊なので弾力がある。
噛むとコリコリ、プリプリとした食感がして歯ごたえがある。
元々猪の肉は特有の甘みがあるので、とても旨い。
次にレバー等も焼いてからいただく。独特の臭みがあるものの、
俺はそんなに気にならないのでそのまま塩をつけて食べる。
何でもそうだが、俺は極少量をつけて食べるように心がけている。
塩は下味をつける段階で馴染ませてあるので、
あまりに塩味がきついと本来の素材の味を損ねてしまうからな。
それと、俺が精製する塩は海の天日塩を参考にして、旨いと感じる要素を合成するようにしている。
その為、単に塩分だけを抽出した塩と比べて塩自体に旨みがあるのだ。
なので、塩は少量の方が美味しい素材の味を存分に引き出してくれる。
素材の味をごまかすのは、不味い食事のときだけで良い。
俺は次々と焼き肉を食べながら、鍋を平らげていく。
春先の季節なので少し涼しいくらいだったのだが、身体が温まるどころか暑いくらいだ。
かなりの量だが、独りで食べきった。いやー、満腹だわ。
でも野外だからここで横になるわけはいかない。満足したし、片付けして帰らないとな。
金網や食器類をクリーンアップの魔法で綺麗にして空間収納に放り込み、
その他はアニヒレーションという無属性魔法を使い、一気に消滅させた。
威力を絞るのが一苦労ではあるが、普通にぶっ放すと広大なクレーターが出来あがってしまうので要注意である。
実は戦略級の大魔法なのだが、魔力制御が高ければこういうことも可能なのだ。
勿論良い子は真似をしてはいけないよ。
最後に消臭魔法を使って片付け完了だ。1分もかからず、大変お手軽である。
魔法の便利さを知ってしまうと、もう普通に戻ることなど考えられないな。
便利さは人を堕落させるのだな。なるほど。これは良く覚えておこう。
悪魔が使ってくる手口に、これと似たような事があるかもしれない。
危険を察知する為には、常日頃からこういう閃きを疎かに出来ないのだ。
この自分の素晴らしい閃きも必ず役に立つことだろう。我ながら恐れ入ったな。
しかし、人に遭遇せずに済んで良かった。
邪魔されるのも気分が悪いし、料理をたかられたら鬱陶しいからな。
食い物は死守するというのが、俺のポリシーだからだ。
そうだな。座右の銘にしておこう。『俺の飯は俺の物』だ。
うむ、素晴らしいではないか。食い意地が張ってるとかいうなよ?
さて、そろそろ帰るとするか。
せっかく森にいるのだから、燃料の薪に出来そうな太さの木を探す。
風魔法のエアカッターで適当な薪サイズにカットし、空間収納に入れる事を数度繰り返しながら街へ帰る。
森を抜ける直前にザックの中に猪肉を詰めておいた。
さすがに初日でいきなり絡んでくるやつは居ないとは思うが、『成果なし』を馬鹿にするやつはどこにでもいるからだ。
馬鹿にされるというのもある意味目立つことになるので、これは避けておくべきだろう。
素性は絶対に隠さなければならないからな。
死属性の魔導師なんて広まると平穏な生活は一瞬で消え去る。
発覚した時に実は良い人なんて思ってもらえれば良いけど、そんなことはまず無い。
だからこの街にはこっそり根を張っておき、地味なやつというポジションを目指す。
結構苦労するとは思うが、だからといって苦労した姿を見られると同情を誘いかねん。
自分でも大変な境遇だったとは思うが、それでも俺は同情されることが嫌いなのだよ。
『ああ見えて、あの人も苦労してるんですよ…。』とか言われたりな。
純真無垢な子供が目の前に来て、その子が自分の大事なおやつを差し出して来たら、
その場で即死する自信がある。良い子は絶対にそんな真似をしないように頼む。
そんなわけで街に帰った俺は、門衛に挨拶をし銀貨2枚を支払って街に入った。
マックスが詰め所に居るか尋ねたのだが、残念ながら居らず会うことが出来なかった。
昨日徹夜番だったため、早朝には交代して今日は非番のようだ。
昨日のお礼を言いたかったのだが、居ないものはしょうがない。
俺は応対してくれた門衛に礼を述べて、その場を立ち去った。
さて、そろそろ夕方だし先にギルドに納品しにいきますかね。