6話 狩猟
街道を外れて東へ歩くこと30分。俺は森の入口に立っていた。
誰に見られるとも限らないので、魔法も使わず普通に歩いてきた。
弓矢も持たずにいると人に遭遇した時に怪しまれるので、狩猟の用意をする。
まずは、空間収納から矢筒を取り出し、背中側の腰の辺りで固定する。
矢は5本だけ取り出して矢筒に入れる。
次に小型弓を取り出す。弓が小型なのには当然理由がある。
確かに大型のほうが威力は高いのだが、木々が立ち並ぶ森の中では取り回しに問題が出るためだ。
あと、獲物を持ち運ぶ際に重い弓は負担が大きくなる。
そんな理由から、狩猟で大型弓はあまりよろしくない。
今の俺にとって本当の理由は違う。俺は魔法で狩りをするので、軽ければ軽いほうがいい。
狩りをするのに矢が5本は少ないのだが、これも同様の理由である。
「さて、狩りを始めますか。」
俺は探知魔法を発動して索敵を開始する。
人間や危険な存在である魔物以外に、今回は獲物となる動物を指定対象とする。
そして、探知範囲を2キロ程度に絞り込む。
あまりに広範囲にして取り尽くしてしまうと、次から取れなくなってしまうからだ。
ついでに有用な薬草と食べられる野草も候補に入れておく。
薬草を納品するつもりは今の所ない。売るよりも自分で錬金魔法の材料にしたほうが有益だからだ。
依頼に回したほうが世の中に金が回るので良いという見方もあるんだろうが、
この先何が必要になるかわからないからな。生活に余裕が出来てからで良い。
空間収納に限界容量はないので、慌てる処分する必要がないのも大きい。
「おー、意外と結構あるなあ。」
薬草は少な目だが、食べられる野草は割と数多く見つかる。
まあ野草は、知識がなければ雑草と思って意識にも止めないからな。
採集依頼にも出ないから、知らない人が多くても仕方ないのかもしれない。
まずはナズナを採取する。こいつは湯がくと鮮やかな緑色になるんだ。
こいつはおひたしとか和え物、酢の物にして食べる。
もうちょっと寒ければ甘みがましてより旨いのだが、まあ問題ない。
コハコベも生えていたので採取する。こいつもお浸しか和え物だな。
他にセリを見つける。こいつはおひたしにしたり、汁物に入れたりする。
そのまま高温で揚げるのも良いな。
探知魔法で大丈夫だとは思うが、有毒なドクゼリの場合があるので注意しながら採取した。
見つけた野草はこの3種類だった。
それと、ジグレ草という薬草をみつける。
こいつはヒールポーションの材料になる、割とメジャーな薬草だ。
ヒールポーションにおいて薬草の役割はあくまで触媒で、実際の回復量は篭められた魔力によって左右されるのだが、これも秘伝クラスの知識らしくほとんど知られていない。
病気治療用のポーションになってくると、魔力だけでなく触媒の質と量も関係してくるようだ。
他にラベンダーを収穫する。虫が嫌がる匂いを出すので虫除けに使える。
タンジーもみかけたが、こっちは毒性があるのであまり触りたくはないからな。
あと、枯れた倒木にしいたけが生えていたので、それも採取する。
笠が大きく肉厚でとても美味しそうだ。これは食べるときが楽しみだ。
そして探索対象に含めていなかったのだが、蘇芳の木を見かけたので伐採して空間収納に入れておく。
これは食べることはできないが、赤色の染料の材料になる。
その他に、肉等を包む用に大きめの葉っぱも大量に確保しておく。
植物採集はこの辺でいいだろう。
あとは狩猟だな。
2キロの範囲内には様々な動物がいるようだが、魔物は居ない。
食料にしたり、売れそうな動物を探して狙うことにする。
確実に取りたいので弓矢は使わずに、魔法を使って狩りをするつもりだ。
俺のパラライズの魔法は改良してあり、有効射程が200メートルはある。
野生動物はあまり接近してしまうと警戒して逃げてしまうからだ。
まずは長耳うさぎ見つける。4匹いるな。家族なのだろうか。
こいつは音に敏感なので接近を気取られやすく、すぐに逃げられてしまう。
耳が発達した反面、嗅覚は鈍いため罠をしかけて取るのが一般的である。
勿論今の俺は魔法を使うので関係がない。手早く麻痺させて回収する。
いちいち解体していると時間を食うので後で纏めて解体することにし、
ショック魔法で気絶させてから、頭を捻って首の骨を折って止めをさす。
そのまま空間収納に放り込んでおく。
次に猪も見つける。こいつはちょっとデカイくて70キロはある。
とはいえ、やることはあまり変わらない。
パラライズ後にショック魔法で意識を飛ばし、エアニードルで眼球から脳を破壊してから空間収納に入れる。
50キロサイズも見つけたので同様に確保した。大きいサイズの猪が多いな。こちらは雄だった。
それと、さっきの70キロサイズは雌だった。動物の世界も女のほうが逞しいのだろうか。
バサバサバサッ。
空から鳥が羽ばたく音が聞こえてくる。
見上げると雀のような小鳥を追いかける、若干大きな鳥が居た。
あれはクイックバードか。ということは小鳥の方は、プリューレだな。
プリューレは背中にきのこを生やした鳥で、きのこが発する匂いにつられて寄ってくる虫を餌にしている。
自分の背中には顔は向けれないので、基本的に単独行動はしない。
クイックバードはプリューレのきのこが好物で、ああして追いかける姿が良く見られる。
肉の味は大変美味なのだがとても動きが素早く、熟練の狩人でもめったに取ることが出来ない高級食材だ。
正面から射掛けても矢がほとんど当たらず、また頭か首に当てなければ羽毛に阻害されてしまうので、素人ではまず狩れない鳥とされる。
その性質から羽毛は高級布団やクッションに使われており、珍重されている。
狩れたら非常に旨みのある獲物である。是非とも狩りたいところだ。
その貴重なクリックバードに比べ、プリューレを狩る者はほとんどいない。
プリューレの肉はそれほど美味しいわけではない。
また、背中のきのこも虫を引き寄せる特性のために匂いがひどく、美味しくないのだ。
それにこいつはクイックバードを引き寄せる囮として使える。
そんなわけで、プリューレを狩るような酔狂な者はいない。
俺もクイックバードのみを狙うことにする。不味い肉は用無しだ。
今までは捕まえたことは無いが、魔法がある今なら楽勝である。
森の上空は樹木で視界が悪いため、探知魔法を頼りにパラライズを飛ばす。
魔法が捉らえた瞬間、落下するクイックバードを念動の魔法で手元に引き寄せる。
素早くショック魔法で気絶させ、首の骨を折って止めをさす。
こうすることで落下の衝撃で肉を傷めずに済み、悲鳴をあげられて警戒されることもない。
クイックバードが居なくなったため、プリューレのところにもう1羽プリューレが寄ってくる。
はぐれていた番いだろう。
しかし2羽になるということは、クイックバードに狙われる確率も当然あがる。
しかしせっかく夫婦が揃ったところに、再度の闖入者は野暮ってもんだ。
俺は探知魔法にかかったクイックバード2匹をパラライズで捕らえて確保する。
さて、鹿らしい反応がある崖の方にいってみよう。
鹿は健脚で、崖のように段差が多い所を好むやつがいる。
狙われても逃げやすいからだ。
しばらくして、崖の上の方に立派な角をした雄鹿を発見する。
こちらからだと視線が通りにくくて分かりづらいが、あちらからはこちらが丸見えである。
おそらく俺が崖を登っている間に、牡鹿は悠々と逃げてしまうだろう。
なので、多少強引だが魔法で仕掛ける。
まず角だけ下から見える位置に移動する。その後、角を念動で掴んで前方の空中へ引っ張る。
一瞬で崖から引っ張られ、体ごと宙に浮いた牡鹿は慌てる。
鳴き声を上げられる前に、間髪を入れず牡鹿へパラライズを打ち込む。
そして念動魔法で近くまで引き寄せた。
息つく暇もなく、気絶させてから止めを差し収納魔法に放り込んだ。
こいつもちょっとデカかったな。角は立派だが乾燥させて生薬に使うつもりだ。
なんだかんだと順調だったが、もうとっくに昼を過ぎている。
狩りはこれで終わりにして、獲物を解体することにした。
今回は耳長うさぎが4羽、猪2頭、クイックバード3羽に牡鹿1頭だ。なかなかの成果だな。
これだけの数を手作業で解体するとなると2日はかかってしまうが、
俺にかかれば魔法で10分もかからないので手早く済ませてしまおう。
解体の結果、うさぎの皮4羽分に肉が2キロ、猪肉の毛皮2頭分に肉50キロ、
クイックバード3羽分の羽根と羽毛に肉が12キロで、牡鹿は毛皮と肉が30キロに角が2本になった。
塩が500グラム、獣脂が全部で30キロはある。
これだけあれば結構な稼ぎになるし、しばらく腹いっぱい食べる事ができるな。
疲れたことだしそのまま帰るのも辛い。休憩も兼ねて腹ごなしするとしよう。
※ナズナ、コハコベ、セリは春に見つかる野草で実際に食べられます。
ドクゼリも本当にあるようなので、興味のある人はご注意ください。
ジグレ草は存在しない架空の草です。
蘇芳も実際にあります。用途はそのままです。
※猪肉は大凡体重の4割程の肉が取れるそうです。豚は5割近いみたいですが。