12話 アサッシンの襲撃
河のせせらぎ亭に戻ってきた俺達は食事が出ないことを思い出した為、近くにあった洒落た雰囲気の酒場に移動した。
既に22時前ということもあり、空きっ腹だった俺は色々注文しようと思ったのだが、もう大した食材は残っていないとの事だった。
仕方がないので簡単な物でも構わないことを伝え、出てきたパンとスープに付け合せのサラダという簡単な食事で俺達は腹を満たした。
俺達が食事を終えた頃はもう閉店間近で、店内は客がほぼ居ない状態になっていた。
そこで、勘定を済ませた俺達は情報収集を兼ねて、店主にライゼガーヴの事について聞いてみた。
閉店の片付けをしながらも話に付き合ってくれた店主は、気の良い人だった様で色々と話を聞く事が出来た。
あのライゼガーヴの店は割と儲かっているらしい。今や大店の会頭ではあるが、孤児で学も無かったライゼガーヴは若い頃に相当苦労をしたらしい。商売が軌道に乗ったと思っても、戦争で店を焼かれたり、騙されて大損することも良くあったのだそうだ。
それでも挫けず色々と商売を変えては店を大きくして行き、一代であの身代を築き上げたとの事だ。聞くも涙の物語だった。
何故そこまで店主が詳しく知っているのかと尋ねたところ、この店の店主もライゼガーヴに支援してもらっているとのことだった。6カ国統合の前の話らしいが、商売が上手く行きかけた頃に、碌でもない軍人のせいで路頭に迷いかけたらしい。
ある時酒に酔ったイビルメイジが、幸せそうに食事をする夫婦やカップルを気に入らないと、店全体に水の腐敗の魔法をかけたのだそうだ。お陰で在庫のビンテージワイン等が全て駄目になってしまい、多大な損害が出た。当のイビルメイジはその場から逃げてしまい、このままでは借金まみれで店は廃業になる。
店主が嘆いていると、偶々この店の常連だったライゼガーヴが、周囲には内緒にした上で、無担保・無利子で運転資金を貸し付けてくれたのだそうだ。
何故そこまで親切にしてくれるのかと店主が理由を訪ねると、ライゼガーヴはこう言ったそうだ。
「週に三度はここの料理を食べるのが、儂のルールなんだ。その儂の予定を許可も無しに勝手に変えて貰っては困る。」
その言葉に俺は素直に格好良いと思ってしまったが、しかしなんだそのツンデレは。男にそんな事をされても需要はないと思う。まあ俺の感想はどうでも良いけど。
今でもイビルメイジを恨んでいるのかと店主に聞いてみたら、今でも思う所はあるらしい。でも、その御蔭でライゼガーヴさんと知り合えたのだから、どうなんでしょうね?との事だった。
借金自体もライゼガーヴが客を紹介、というか自分の店の従業員を積極的に通わせたようで、すぐに返済出来たらしいのでそれほど恨みには思っていないようだった。
そこまで話をした俺達は、店を閉めるという店主にお礼を言って河のせせらぎ亭に帰った。
「グレース、どう思う?」
「今の話を聞いていると、人格者に聞こえるわね。苦労はしているようだけど、あそこまでお店が大きくなったのだから彼は成功者とも言えるわ。そんな人物が、未だに裏商売をやっている理由は何なのかしら。」
「一つだけはっきりしているのは、あの爺さんが偏屈だということだな。」
「そうでしょうね。」
勿論これは褒め言葉である。こだわりの無い人間が、商人の世界で大成するはずは無いものな。
金の亡者という線は薄いが、完全に消えたわけではない。
可能であれば明日話しを聞いてみるのも良いかもしれない。勿論ライゼガーヴが素直に語るとも思えないが。部屋の中で日課の自己鍛錬をしつつ、俺はそんな事を考えていたのだった。
その夜、俺達の寝室に侵入者があった。
俺が寝静まった頃に、部屋の扉の鍵を解錠した何者かが飛び込んできたのだ。
「何者だ!」
グレースが誰何する声で、俺は目を覚ました。
こんな時間に俺を起こすとは、万死に値する行為だ。そう思って時刻を確認すると、午前3時頃だった。招かれざる客というやつだ。
日課として魔力結晶を作成したので、今の俺には魔力があまり残っていない。これは、それを見越してのことだろうか。
俺は眠気を振り払い、すぐさま俺はライトの魔法を使用した。魔法の光が打ち上がり、部屋の中を照らし出す。
それと同時に俺は扉にマジックロックの魔法を掛け、相手が逃げられないようにした。
ベッドから身を起こして侵入者を確認すると、そこには全身黒ずくめの装束に身を包んだ小柄な者が立って居た。フードで顔が隠れているのでその表情を伺うことは出来ないが、侵入者は突然部屋が明るくなったことに驚いた様子で固まっている。
まあ確認するまでもなく、こんな時間にやって来る奴なんて大体相場が決まっている。どう考えても、こいつの正体はアサッシンだろう。
毒でも塗ってあるのだろうか。右手に持った短刀の刀身に、光沢のあるどす黒い液体を塗りつけてあるのが見て取れた。
「こんな夜更けに一体何の御用かな?」
我ながら陳腐な台詞だなとは思いつつも、俺は相手に尋ねてみた。
「………。」
アサッシンが口を割るはずもない。寸鉄も帯びていない寝間着姿の相手に、恐れを抱くような暗殺者等は居ないだろう。
当然俺の問いには答えずに、アサッシンは未だベッドから出ずに居る俺に踊りかかった。
ガキンッ!
しかしアサッシンの短剣は、グレースが素早く繰り出した黒剣に受け止められた。
「俺に接近戦を挑むのは悪くはない考えだが、残念だけど俺には優秀なパートナーが居るのでね。」
アサッシンは素早く短剣を引き戻すと逆手に持ち替え、そのまま俺の様子を伺っている。
「お前は暗殺に失敗したんだ。その腕では私に傷一つつけることは出来ない。当然ベリルに攻撃が届くこともない。素直に諦めたらどうだ。」
グレースがアサッシンに降伏を勧める。そしてそのまま右手を一閃し、逆手に持っていたアサッシンの短剣をバラバラにした。素晴らしい技量だった。
「なっ!?」
思わず驚きの声を漏らすアサッシンだったが、意外にもかなり若い女の声だ。
「同じ女としてあまり手荒な真似はしたくない。暗殺を諦めて素直に話に応じるなら、貴方に怪我を負わせるつもりはないわ。」
どうやらグレースは最初からアサッシンが女だと分かっていたようだ。一流の武芸者が、相手の動きから骨格をみて性別を判断するというのはどうやら本当のようだ。
無言を貫くアサッシンに対し、グレースが更に会話を続けた。
「それに貴方はアサッシンにしては、殺気が全く感じられないのよね。慣れているとか鍛錬したからとかではなく、貴方には全くその気がないみたい。どうしてなのかしら?」
「無言で居たいようだが、そのまま居ても朝になったら大騒ぎになるだけだぞ。それにお前は俺を舐め過ぎだ。別に口を割らせずとも、頭から情報を抜き出す事くらい出来るんだぜ。」
俺は相手に左の掌を向け、その手に魔力を送り込んだ。俺がこめた魔力が青白い光となって掌を包み込む。その光がこめた魔力量に比例して、段々と力強くなっていく。
するとアサッシンは漸く観念したのか、右手から短剣の残骸を投げ捨てた。そして、どうにでもしろと言わんばかりに右足を少し斜め前に出し、腰に両手の甲をあてたのだった。
表情は相変わらず見えないが、格好だけをみるとこちらに不満たらたらという風にも見える態度だ。
「いい子だ。とりあえず顔を見せてもらおうか。さすがに表情がわからないと会話がし辛いんでな。」
アサッシンはフードをまくりあげると、俺を睨みつけてきた。
歳は俺より上だろうか。顔は綺麗で整っているのだが、闇に紛れる為顔全体に煤を塗りたくっており表情が少し分かりづらい。 髪は邪魔にならないようにするためか、ボブカットにして綺麗に切り揃えてある。
「話には応じるけど、依頼者は明かせない。それが掟だから。」
「まあ依頼人は誰かわかってるから、言わなくても別に構わんよ。そんなことよりも、何故殺す気が無かったのか知りたいんだが。」
どう考えてもタイミング的に、ライゼガーヴが差し向けたアサッシンとしか思えない。
儂もそちらを信用出来るか、少々調査をしなくてはならん。等とライゼガーヴは言っていた。あの時は聞き逃してしまったが、少々調査などと見え透いた嘘だったわけだ。事前に俺のことを調べていたのだから、その時徹底的に調べているはずなので、今更再調査とか意味が不明である。
グレースがあの時いなかったから、というのは恐らく関係がないだろう。
俺の人格が信用出来るかどうかという事と、俺に仲間の存在があるという事は別の話なのだから。
しかしアサッシンからは、俺の予想の斜め上の答えが返ってきた。
「それなら別に構わない。私が受けた依頼が、暗殺するフリをして対象の人物を見極めろというものだったから。」
「ええっと、それは…、素直に俺に話しても良かったのか…?」
「今の内容は、伝えても別に構わないという事だった。」
なんだか無茶苦茶な話になったな。どうやらライゼガーヴは俺を暗殺したかったわけではなく、俺という人物を見極める事が目的だったらしい。
ということは今こいつが言った指示内容も、別に俺に伝えても構わないということではなく、伝わることが前提だったのだろう。
それから俺とグレースは、アサッシンに幾つか質問をした。
初めこそ驚いたものの、その会話の内容は色々と背景がわかるものであり、納得がいった俺達は彼女を開放する事にした。
「ありがとう。」
何故か襲ってきたアサッシンに礼を言われるという理由の分からない事態になったものの、彼女は機嫌良く帰っていった。
そしてグレースがニコニコとしながら、彼女が去る間際にある事を伝えていた。
「君は本当に運が良かったわね。私が居なかったら、ベリルの睡眠の邪魔をしたせいで今頃後悔しているところだったわよ。」
確かにそれは本当の事ではあるのだが。
せっかく彼女と仲良くなれたというのに、それを今言わないでくれ…。
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