10話 故買商
俺達はとりあえず孤児院を飛び出したものの、どこへ行けば良いのかというアテはなかった。
薬師ギルドのコネクションを持つにはどうしたら良いんだろうか。当然下っ端ではだめだ。数ヶ月は掛かる期間を短縮させるとなれば、すぐに自分の一存で販売許可を出せるような人物でなくてはならないのだ。
そうすると、なるべく大物でなおかつ清廉ではない人物でなくてはならない。非合法な手段を利用するのだから、正面から薬師ギルド関係者にあたる事は出来ない。
非合法といえばシーフギルドが真っ先に頭に浮かぶところだが、謎の組織の件で後ほど訪問するつもりなので、あまり借りを作るような真似はしたくない。
ならば今回は別の組織に渡りをつけるべきだろう。
そこでふと思いついたことがある。表が駄目なら裏から行けば良いのだ。
正規の流通ルートが薬師ギルドなら、必ず闇の流通ルートもあるはずだ。合法スレスレのものや認可されていない非合法な物が闇市で売られているのは、闇の流通ルートが確かに存在する証拠だろう。
駄目で元々なので、躊躇するよりもまずはやってみよう。そう考え、俺はこの線を辿ってみることにした。
計画を立てた俺は、まず準備をするために旧市街へと足を運んだ。
目的の古着屋に入った俺達は、ローブの他に靴や手袋等を購入し、全身を黒色で覆い隠した。そして布で目元以外を隠して完了だ。
ローブのお陰で体格も身長も分かりづらくなっており、どこからどうみても全身黒ずくめの怪しげな風体の人間に見える。
俺達はその足で、大きすぎず小さすぎない程度の故買屋へと向かった。
彼らの仕事は大体夕方から始まるので、食事どきと重なっていることもあって、客足が一旦落ち着く時間帯だ。俺達が用件をすませるのに、ちょうど良い頃合いだろう。
店内にはカウンターが1つあり、そこに店主らしき人物が座っていた。片眼鏡をしており、遣り手と見られる風貌をした初老の男性だった。
店主は俺のような怪しい風体の人物を目にしても、一切何も言わなかった。ここで何か言われたら大人しく出ていくつもりだったが、どうやら条件をクリアしたようだ。
俺は彼を口の固い人物だと見込み、話をしてみることにした。変な口調を心がけるだけではなく、二人共魔法で声そのものを変えておいたので、バレる心配はないと思う。
「店主、ちょっとこいつを見て貰いたいてぇ。」
俺は徐に、懐のように見えて実際は空間収納から、麻布に包んだ魔力結晶を数個取り出した。
中型サイズだが、一般に出回っている中ではそこそこの大きさだ。普通に売れば、1個辺り金貨50枚は下回らない代物である。
店主が息を呑む音が聞こえる。俺は店主の言葉を待った。
「こいつは、うちが扱うにしては金額が大きすぎる・・・。」
当然の事だが、この店がこの程度の品物を買い取れないはずがない。どういうことかというと、要するに他を当たってくれということだろう。俺の期待通りの応対の仕方だ。
「そうかい、そいつぁ残念だな。では他を当たることにするか。ところでこれはまだあるんだが、買い取ってくれるところをしらねーか?」
「さてな。」
「できるだけ顔が聞いて、財力もあるやつが知りてぇ。」
とぼける店主を無視しつつも俺は勝手に話を続け、金貨を1枚店主に握らせた。
すると、店主の大きなため息が店内に響いた。
買取の確約は出来ないぞ。と店主は前置きした上で、俺に店の場所を教えてくれたのだった。
しばらく後、俺達は故買屋に教えて貰ったお店の前に居た。
見る限り大店の様で、これはどうやら当たりを引けたみたいだ。
先程のやり取りでお分かりいただけた事と思うが、俺が今回交渉相手に選んだのは故買屋である。胡散臭さを演出した目的は、盗品売買を持ちかけたように見せかけるためだ。
故買商自体は真っ当な商売なので、非合法組織ではない。
ただ、故買商は裏で盗品を扱う闇市場を持っている。勿論故買商全員が関係しているわけではないのだが、関係者が大勢いるのも事実だ。闇市場にはシーフギルドも当然絡んではいるのだが、主体となって取り仕切っているのは彼ら故買商なのだ。
勿論先程のように盗品を全く扱わない故買商もいるから全員が悪い人というわけではない。
故買商は商業ギルドのようなギルドを持たないが、独自のネットワークを持っている。そして、その範囲はとてつもなく広いらしい。新規生産品が商売の中心ではない以上、品物の入手手段が限られるわけで、情報そのものが命というわけだ。
品物が少ない以上、その中には当然盗品も入ってくることもある。ただし、彼らは例え盗品を扱うことがあっても、自ら進んで盗品を生み出すようなことはしない。
何故なら彼ら故買商の組織には、直接殺したり盗んだりしてはいけないという鉄の掟があるのだ。この一線を守るからこそ、人は信用して彼らと取引をしてくれるのだ。自分の財産を見せたら、彼らに殺され奪われましたでは誰も信用してくれなくなる。
そのため、この鉄の掟を破ることを組織は絶対に許さないらしい。もしこの鉄の掟を破れば、必ず組織から凄腕のアサッシンが差し向けられるという徹底ぶりだ。そうなると、恐らくその者は翌日の太陽を拝むことは出来ないだろうと言われている。
その鉄の掟があるために、非合法組織ではあるがどこの国でも半ば黙認されているようだ。
彼らと敵対すると当然アサッシンを差し向けてくるので、国家も下手に手を出すことは出来ないという事情もあるようだが。
当然なめて掛かるとひどい目に会う相手である。
今回俺が故買商に近づいた理由は、勿論彼らが薬師ギルドと繋がっているからだ。勿論その根拠はある。
アサッシンは毒武器を好んで使用しているが、その毒の殆どは薬師ギルドから供給を受けている。無論自作している毒もあるだろうが、毒の製造に最も精通しているのは薬師ギルドなのだ。これは公然の秘密とされている。
その薬師ギルドとアサシンギルドは直接取り引きが出来ない。そんな事を堂々とすれば、薬師ギルドが表の顔を維持出来なくなるからだ。
そこで故買屋の登場となる。故買屋がアサシンギルドと薬師ギルドとの間を仲介し、毒物などの危険な薬品の取引をするというわけだ。
だから薬師ギルドは、故買屋ギルドに必ずコネクションがあるはずなのだ。
故買屋の商売はあくまでも真っ当な商売が正道だが、奴らならば表と裏ルートで顔が効くやつもいるはずなのだ。裏から薬師ギルドに渡りをつけてもらい、その上で販売許可を一気に取得する。
これが今回故買商に近づいた理由だった。
ただし、交渉を進めていく上で留意すべき問題がある。ここで重要なのは、故買屋やシーフギルドに対して、今後の取引に一切付け入る口実を与えてはいけないということだ。
奴らは金儲けしか考えないので、孤児院の事情等は完全に無視するはずだ。『勇猛の先触れ』の販売という利権を確保するためには、彼らと争ってでも守るべき一線なのだ。
販売については、教会に変な噂が出ないように、俺が手段を言わないことを条件に格安の金で請け負ったことにするつもりだ。
万が一発覚したとしても、教会に迷惑さえ掛からなければ、何か別の手段を講じる事も出来るだろう。
俺は元々イビルメイジなのだから、一般的な価値観では非合法な手段に手を染めていても当然くらいに思われているからな。名声などとは程遠い存在なので、俺がどう思われようが関係無い。
さて、行動を開始しようか。ここから先は信用取引になるので、俺達は変装を解いている。
俺はグレースと共にお店の裏口にまわり、故買屋に教えてもらった通り、青い鉄の扉をノックした。これは裏取引の際の取り決めらしい。
しばらくして、中から男の声が聞こえてきた。
「昨日の魚は何だった?」
「電気ウナギでおっ死んだ。」
俺が答えると建物の内側に扉が開き、中に入れるようになった。しかし何とも酷い符丁である。
「ああん!? なんだおめえら。」
中に入ると用心棒らしき屈強な男達が3人いて、こちらに身構えていた。室内には商談用らしき応接セットもある。
「取り決めの符丁は言ったはずだが。」
「まあ確かにそうだな。それで何の様だ?」
「魔力結晶の買取を頼みたい。」
俺は先程故買屋に見せたように、魔力結晶を5個ほど取り出して見せた。
「流石に金額が大きすぎるな。ちょっと待ってろ。」
「実はまだ持ってるんでな。出来れば会頭を呼んでもらいたい。」
会頭とはこの商会のトップの事だ。目的のためには、上の人間を引っ張りださなくてはならない。
「さてな。判断するのは俺達じゃねえ。」
そう言って、用心棒の一人が部屋の奥に消えていった。
そうして10分程待っていると、奥から身なりは良いが鋭い目つきの老人が現れた。
「お待たせした。私が会頭のライゼガーヴだ。」
運が良い事に、今日は偶々ここに居たようだった。これなら話がスムーズに行きそうだ。
「ほう、これはこれは…。」
老人は俺達を見るなり、獲物を見つけたかのように目を細めた。
俺には老人の変化がどういう意味を持つ事なのか、全く検討がつかなかった。
だが、老人がどう思おうが俺達がやる事に変わりはない。そう思った俺は、気にせずこのライゼガーヴと交渉をすることにした。
しかし、実はこいつがとんでもない曲者であると、すぐに俺は思い知らされるのであった。
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