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9話 勇猛の先触れ

「シスター・オリヴィア様、このログハウスにある(かまど)を使わせて貰って宜しいですか?」

「私が来た頃から既に使われていなかったので、かなりお掃除しないといけませんが、それでも宜しければどうぞお使いください。」

「ありがとうございます。せっかくですから掃除もしてしまいましょうか。」

「それでしたら、私が掃除用具を取ってまいりますね。」

「グレース、手伝ってくれるかな? 長いこと使ってなかったみたいだから念入りにやらないとね。」

「ええ、勿論よ。任せて!」

俺はシスター・オリヴィアを手で制し、マジックエキスパンションの魔法を使って俺とグレースの魔法効果範囲を拡大し、クリーンアップの魔法をログハウス全体にかけた。


「あらまあ! 床どころか壁や屋根まで、塵一つ残さず一瞬で綺麗になるなんて。魔法って凄いのねえ…。でも、まさかグレースさんまでお使いになるとは思いませんでしたわ。」

本来は1回かけたら十分なのだが、グレースは徹底的に綺麗にしたいようでクリーンアップの魔法を連発していた。グレースはとても綺麗好きなのだ。女性が綺麗好きというのは、種族に関係がないのだ。

「埃は始末。カビは抹殺! Gは誅殺です!!」

グレースが建物内を徹底的に点検しているようで、何やら叫びながらあちらこちらへと動き回っていた。どうやら完全に掃除戦士になっているようだ。


「グレースさんがとても頼もしいですわね。」

「俺としても、家と奥さんは綺麗な方が良いですからね。」

「そ、そんな、きれいだなんて…。」

声の方を振り向くと、グレースの顔が真っ赤になって、頭から湯気が出そうになっている。他の場所にいると思っていたのだが、今の話をどうやら聞かれていたらしい。

まさか聞かれているとは思わなかったので、こちらもちょっと恥ずかしい。

「え、えーと、そろそろ一段落ついたと思うので、作業にかかりたいと思います…。」

俺は足早に竈の所へ移動することにした。



「外に綺麗な井戸もあるし、ここは本当に素晴らしい設備ね。確かにこれだけ立派なら、とても良い物が出来そうだわ。」

準備を進めていると、竈の点検をしたグレースがとても喜んでいた。

「シスター・オリヴィア様、一通り作業をご覧になっていただきますので、今から概要をご説明致します。基本的に作業は同じですので、良く覚えておいてくださいね。来年からは、ここの皆さんにやっていただくことになりますから。」

「ええ、宜しくお願いします。」

シスター・オリヴィアは責任重大とばかりに、ガチガチになっている。そこまで緊張しなくても大丈夫なんだけどなあ。

「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。教会関係者なら文字は一通り読めるでしょうし、後日にでも書きつけを幾つか用意しますから。」

シスター・オリヴィアは、幾分ホッとした様子で肩の力を抜いてくれた。


「これから作るものですが、『勇猛の先触れ』という薬品になります。間違っても吸い込まないようにお願い致します。勿論子供達にも触れさせてはいけません。宜しいですね?」

「聞いたこともありませんね。それはどのような物なのですか?」

「この粉末は吸い込んだ者の中枢神経に異常をきたし、血の臭いを嗅ぐと暴走状態に陥らせるという劇薬です。」

お分かりの事と思うが、これは先日テドロアの街の西側で俺が魔物を殲滅する時に使った『とっておき』の薬品だった。

「まあ! そんな危険な物をどうするというのですか?」

シスター・オリヴィアがギョッとした顔をしている。まあ普通はそういう反応をするよな。まして彼女は教会の神官だから、当然の事だろう。


「シスター・オリヴィア様はあまり馴染みが無い事と思いますが、これは闘技場コロシアムで魔物相手に使われている物です。」

「この街にも確かに闘技場はありますね。確かにあそこも歴史は古いと聞きます。」

「ですから、決して悪用するために使うものではありませんので、そこはご安心ください。勿論この薬品は人間にも効果がありますので、取り扱いには充分な注意が必要です。」

「わかりました。」


「これは地下の倉庫にもあったキノコでユグロアという名前なのですが、収穫して乾燥させることで日持ちすると共に、薬効も高くなります。それと御存知の通り、食用には向いていません。」

「見た目はすごく美味しそうなのにね。皆でどうにか食べようと思ったのですけど、臭いも良くないし歯ごたえも悪いし味も最悪で、煮ても焼いても食べられなかったわ。」

「毒が無い事だけが救いですが、こいつは不味い事で割と有名なんですよ。まだ雑草を食べてるほうがマシとか言うのを、俺も聞いたことがありますね…。」

シスター達はどうやらとてつもないチャレンジャーらしい。こいつは味が不味いだけでなく栄養が全くないので、腹一杯食べても普通に餓死をすると言われている。

『飽食者の夢』などとも呼ばれており、よほどの貧者でもこれを口にしようとは思わない程だ。


「それとこのジグレ草は綺麗に洗ったら、切らずに丸ごと使ってください。これはハツカジグレといいまして、確かにヒールポーションには向いていません。でも、『勇猛の先触れ』の材料としては最高の物なんです。」

ジグレ草でも作る事は出来るのだがハツカジグレのほうが遥かに適しており、最高品質を作り出すことが出来るのだ。

「それで先程は宝の山だと興奮なさっていたわけですね。」

「ええ。ハツカジグレは自然の物をまず見かけませんし、用途も限られるので普通は栽培しませんからね。幸い生命力は強いキノコなので、世話もなしに自生していたのでしょう。」

「私も長くここに居ますけど、誰も見向きもしませんでした。」

「設備を見る限り、恐らく昔はここで材料の栽培から製造まで一貫して行っていたのでしょう。古代文明では良く使われていたそうですから。それが先史文明では製造禁止になったので、これまで長い間使われなかったのでしょうね。」

「まさか当教会にそんな歴史があったなんて、夢にも思いませんでしたわ。」


俺は倉庫でケースごと空間収納に放り込んだキノコを取り出すと、ハツカジグレと一緒にクリーンアップで綺麗にし、備え付けの大鍋に放り込んだ。

大鍋の上の区切りの辺りまで魔法で水を一杯にし、下から持ってきた薪に火をつけて1時間ほど煮込むと、鍋の中がハツカジグレの汁で真っ赤に染まってきた。

そこで丁寧にアクを取り、上澄うわずみ液を別の大鍋に移し替える。ここにもちょうどメモリのように区切りがあり、移す量がとてもわかり易い。移した後は、その上澄み液を粉末になるまで煮詰めるだけだ。


「こんな感じで作業をします。煮詰めたりで時間はかかりますが、作業自体は単純でそう難しくはありません。出来上がった物も麻袋に詰めていけば良いだけです。」

「これなら私達でも出来そうですね。応援を呼んだほうが良いのかしら。」

「作業に慣れるまでは慌てずゆっくりされた方が宜しいでしょう。それと、上澄みを取り出した後の物ですが、煮汁はハツカジグレに掛けておけば生育の助けになりますし、ハツカジグレの残り滓は畑の肥料になります。ユグロアの残り滓も、粉末にして先程の丸太にでもかけておけば良いらしいです。ただ手間もかかることですし、そのまま燃やしてしまっても構わないでしょう。」

実はこれが後々問題になるのだが、その時の俺は特に気がつかなかった。

「ありがとうございます。よく分かりました。早く取りかかれるように、皆で相談致します。」

シスター・オリヴィアがとてもやる気を出している。早く皆に伝えたいようで、部屋を飛び出していった。


「上手く行きそうで良かったわ。これで何とかなりそうね。」

「いや、問題はまだ始まったばかりさ。」

シスター・オリヴィアの様子を見て安心したように微笑んだグレースだったが、俺の言葉を聞いてきょとんとしていた。

実は試作品が完成したこと自体は、まだスタート地点にしか過ぎなかった。

出来上がる品質に問題はないのだが、この事業を軌道に乗せるには5つのハードルがあるのだ。


1.材料調達の安定化

2.製造のノウハウの蓄積と安定化

3.販売許可と販売ルートの確保

4.利権の確保と税金対策

5.防犯対策


1と2についてはこれから実際に作業をしていって経験を積んで貰うしか無い。余程のヘマをしない限り、そう問題にはならないと思う。

問題は後の3つだ。4つ目と5つ目は後で考えるとして、取り分け3つ目の販売許可が問題になってくる。何しろどこの国家でも取り扱いが厳しく監視される程の劇薬なのだ。

販売許可は国家が出しているが、窓口は薬師ギルドとなっている。一般に流通するわけではないのだが、都市間輸送は商業ギルドが一手に引き受けているため、そこも一部絡んでくるようだ。

また納品先となる闘技場については、一応は国家運営ということになっているが、有力豪商に加えて地方の有力商人達が座を作っており、そこにハンターギルドが加わって一つの利権団体と化している。

海千山千の者達を相手にして、商売人でもない教会関係者が太刀打ち出来るはずもない。今後の事も考えると多少利益が減ったとしても、薬師ギルドに一括で卸してしまう方が良いかも知れない。


生憎と俺は薬師ギルドに知り合いが居ない。どうするのが得策だろうか。1から薬師登録をしていたら時間がかかりすぎるので、なんとかコネクションを作るしかない。

正攻法では恐らく難しいだろう。あまり使いたい手ではないのだが、ここは非合法な組織の力を借りるか。素直に応じてくれたら良いのだが。

しかし時間的な余裕もないので、早めに動くしかないだろうな。

そう考えた俺は周囲にグレースしか居ないことを良い事に、『勇猛の先触れ』を魔法のフル活用で一気に大量生産したのだった。


「シスター・オリヴィア様、ちょっと出かけてきます。また明日伺いますので、ヴァルテル君とカチアさんをお願い出来ないでしょうか。」

一旦作業を終えた俺達は、孤児院に顔を出した。時刻はもう18時を過ぎており、夕食の時間になっている。俺は金貨1枚を取り出し、シスター・オリヴィアに寄付として渡しつつ、二人の子供の事をお願いした。

「ご寄付いただきありがとうございます。二人のことはどうぞお任せください。」

「ええ、兄ちゃんどこ行くんだよ!」

「そうよ! ヴァルはともかく私を置いていくなんて、ハーネス様が許しても私は許さないわよ。」

「カチア、お前な…。」

「何よ! ヴァルはお子様なんだから大人しくして居たら良いのよ!」

「お前も俺と同い年だろうが!」

相変わらず仲の良い二人だが、今回は行く先が行く先なだけに連れて行くわけには行かない。


「つまらない仕事だから、着いてきても退屈なだけだぞ。心配しなくても、また明日帰ってくるよ。どうせ宿は食事が出ないし、大人しくしてたらお土産も買ってきてやるから。」

「ほんとか!? 絶対だからな!」

「そ、そこまで言うなら残ってあげてもいいわ。別にお土産に釣られたわけじゃないから!」

「わーい、おみやげおみやげー!」

「にゃーにゃー!」

お土産という言葉に子供達が大興奮している。猫人の血筋の子も大興奮だ。多分魚が欲しいのだろう。

お昼にあれだけ食べたというのにな。

「わざわざすみません。貴方達、きちんとお礼を言いなさい。」

気が付くと、いつの間にか他の子供達を含めた全員にお土産を買うことになっていた。あれー?


ともかくヴァルテルとカチアを納得させることが出来た俺達は、コネクションを得るために孤児院を出て歩き出した。

だがこの時点で、もう既に奴らから目をつけられていた事に俺は全く気がついていなかった。


本日も読みいただき、誠にありがとうございます。

面白くお読みいただけたら嬉しいです。

もし宜しければ、評価やブックマークをしていただけたらとても嬉しいです。

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