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8話 キノコとハツカジグレ

シスター・オリヴィアに案内してもらった俺達は、まず教会内部を見て回った。

しかし当然の事だが、簡単にこれ以上の出費を抑える手段が見当たるはずもない。そこで、俺は裏にある畑を見せてもらうことにした。


ここでは裏の庭を利用して日常的に食べる野菜を栽培している。そして作付面積の大部分を占めているのが、麻と綿花の栽培だった。

野菜はこれといって特徴のあるものは無い。この地方はかぼちゃが有名だが、旧王都ヴェルブラストは食料の大部分を昔からテドロアからの輸入に頼っていることもあり、大量に売れるものでもないようだ。


麻は元々急速に成長する植物だが、それでも4か月弱で高さ2.5メートルに成長する。その茎を繊維として利用するわけだ。

まず大きく伸びた麻を収穫し、茎を熱湯で消毒して1ヶ月掛けて乾燥させる。その乾燥させた茎の皮を剥ぐ。この皮に麻糸となる繊維が含まれている。皮をしごいて余分な部分を取り除き、繊維と成る部分を残す。残った繊維を()り合わせることで麻糸が生まれ、それを織って麻生地にする。

皮を剥いだ後の茎は、茅葺屋根の材料や祭りの松明や麻炭の材料にもなる。また、細かく砕いて石灰と水を混ぜ合わせることで壁の材料にもなる。


綿花は5月初旬~中旬にかけて種を()き、7月から9月に掛けて開花し、9月から11月にかけて綿の実が収穫出来る。収穫した実から種子を取り除いて綿にする。それを紡いで糸にし、糸を織って木綿生地にする。その作業だけでも結構な時間と、大変な手間暇がかかる。

こうして出来上がった麻生地と木綿生地で細々(ほそぼそ)と衣服を作っている。麻は夏の衣服としては向いており、木綿は冬の衣服用となる。

これだけの手間暇をかけて、出来上がる量は少量である。また、服といっても当然高級品ではなく、主に自分たちが着る服が主体となるので単価も安くなる。

これでは大きく稼ぐことは難しい。僅かな収入を得るのがやっとのはずだ。


収入を増大させるにはどうすればいいか。方法としては2つある。

1つは今よりも高価な物を栽培し採取する方法と、もう1つは別の高価な製品を生産する方法だ。

そこで何を加工し、そして何を生み出すかが重要になってくる。


では、何を作るのが良いか。

過去にあった実際の例でいうと、聖水等の神祭具の販売、酒類製造、薬草栽培等がある。いずれも教会に関わっている物だ。

神祭具の扱いは当然として、教会ではミサを行う際に必ず葡萄酒を捧げるものだし、病気怪我の治療には古くから薬草が使われてきた。

このうち酒類製造は恐らく厳しい。まず大規模な施設が必要な上、知識も無い。俺は酒に興味がないからだ。それにこの旧王都ウェルブラストには醸造所が幾つかある。敢えて作った所で、競合して勝てるとも思えない。


神祭具という方法もあるが、元々販売している物なので新たにラインナップの追加は難しい。それにこの都市にある教会は、このハーネス教会だけではない。需要が供給を上回るならともかく、特にそういう事もなさそうだ。

大量にアンデッドでもいるなら多少なりとも聖水の売れ行きも違うのだろうが、この辺りはそういうこともない。むしろ比較的穏やかな地域だからこそ、ここに人が集まっているのである。危険な土地ならば、そもそもここに王都など作らないだろう。


余談ではあるが、悪魔に聖水や聖印は効果がない。教会の神官といえば一般にエクソシストといわれる祓魔師(ふつまし)の存在が有名だが、彼らは神聖属性で暗黒属性に対抗する存在だ。特に有効となる攻撃手段があるわけではなく、あくまで対抗する事が出来るというだけなので、別に悪魔の天敵というわけではない。だからグレースが教会内にいても、特に何か苦しかったりするというわけでもない。

考えてもみれば教会内に悪魔が入るということは、神への冒涜と取られるかもしれない。だが、別にグレースが何か悪徳を成したわけでもないので、ここは見逃して貰いたい。ハーネス神は寛容らしいので、別に何かお咎めがあるとも思えないが。


そう考えるとやはり薬草の栽培ということになるのだろうが、それだけではまだ安心出来ない。もう少しあがいてみたいと思う。

何か無いだろうか。そう思いつつ敷地内をうろつき、色々と観察させてもらう。そうすると、隅の方に古い感じの大きなログハウスを発見した。

「シスター・オリヴィア様、あの小屋はなんですか?」

「あちらは昔使われていた納屋なのですが、今は久しく使われていません。中をご確認されますか?」

「そうですね。お手数ですがお願いします。」


俺達はシスター・オリヴィアに連れられて、ログハウスの中に入った。窓がほぼ無いため、午後にも関わらず中は薄暗い。確かに長い間使われていた様子はなく、埃とカビの臭いが充満していた。

「今明かりをつけますので、少しお待ち下さい。」

「大丈夫ですよ。」

そういって俺は光属性のライトの魔法を使った。これは光源として使えるポピュラーな魔法で、その場に留まり熱を発さない。変に熱を持った魔法を使い、埃に反応して粉塵爆発が起こったら怖いからな。

今は埃が飛び交っているわけでもないので大丈夫だとは思うが、こういうのは念には念をというやつだ。いきなりこんな所で皆諸共木っ端微塵になって、人生終了とか勘弁願いたいしな。


「ベリルさんは魔導師でいらしたのですね。」

「簡単な生活魔法が使えるくらいですけどね。」

俺はシスター・オリヴィアに軽く返事をしておき、中を探索する。納屋として使われていただけあり、使われなくなった古い道具が多いようだ。色々見て回るが、これといって何かを見つけることは出来なかった。それでも探し回っていると、地下への階段を発見した。


「地下室があるようですね。」

「ええ。ここの建物は教会が出来る前からあったそうです。古くなって何度か建て替えているそうですが、お恥ずかしいことに最近は維持する予算を捻出することが難しくて。」

それでここは長い間使われていないわけか。建物は維持管理するのにお金が掛かるものだが、使わずに放置しておけばしばらくの間はそれを考えずに済むからな。

階段を降りていくと両開きの扉があり、その上にプレートで『倉庫』と書かれていた。特に鍵もかかっていないようで、俺はそのまま扉を開けライトの魔法で室内を明るく照らす。

中には昔の収穫物のような物が備蓄してあった。手前には薪木が大量においてある。重いから手前に置いていたのだろうな。


「ベリル、これは?」

グレースが何かを発見したようだ。そこには、山積みになった大きなケースの中にぎっしりと詰まった乾燥きのこが大量に保管されていた。

なんだろうと思って手にとって見る。俺にはあまり馴染みのないものだが、たしかに見たことがある。

「思い出した。でも何故これが、こんなところに大量にあるんだろう。」

この大量のケースに全部入っているとなると、膨大な量になる。たった数年で溜めたものとも思えない。

「私もはじめてみた時は、とても驚きました。いくら敷地内で採れるからって言ってもねえ。昔の人は何を考えていたのかしら。」

「この敷地内で、これが採れる?」

「ええ。この畑の東側に草地があるのですが、そこに捨て置かれた朽ち果てた丸太が山程ありまして、秋になると凄く一杯生えてくるんです。」

結論を出すにはまだ早いが、ひょっとすると何とかなるかも知れない。

「シスター・オリヴィア様、そのキノコが生える場所に案内していただけないでしょうか。」

「構いませんよ。あそこには他に何もありませんけれど。」

「ベリル、ひょっとしてアレを作るつもり?」

さすがはグレース。俺の考えをすぐに読み取ったか。

俺達は、すぐにキノコが採れる場所に案内してもらうことにした。


「こ、これは凄い! まさに宝の山じゃないか!」

珍しく俺は興奮していた。シスター・オリヴィアの話の通り、朽ち果てた丸太が山積みと言えるほど大量に散らばっていたのだが、俺が着目したのはそこではない。

その周りに自生する植物が全て薬草であるということだった。しかもこれはジグレ草の中でも、ハツカジグレといわれる特殊な種類である。

普通のジグレ草とは違い、ハツカジグレは20日もすれば大きく伸びる事からこの名前で呼ばれている。大気中の魔力を吸い込むことで生育するので、世話をする必要は特にない。

「興奮しているところ申し訳ないのですが、そんなに良い物なのでしょうか? ここのジグレ草を売って足しにと思ったのですが、ヒールポーションには向いていないからと買取を断られたのです。」

ジグレ草はヒールポーションの原料になる植物で、非常に需要が高い薬草ではあるのだが、このハツカジグレはそれには適していなかった。

「シスター・オリヴィア様、これで何とかなるかも知れません。」

シスター・オリヴィアは不思議な顔をしていたが、俺とグレースは笑顔を止めることが出来そうになかった。


最初は雲を掴むような話だったが、これで漸く目処がつきそうだ。

とはいえ、これはまだ取っ掛かりにしか過ぎない。商売を軌道に乗せて安定した収益をあげるためには、幾つかのハードルを超えなくてはならないのだ。

まずは試作しなくてはならないな。

そう思った俺は、ハツカジグレをいくつか採取し、先程のキノコを取りにログハウスへ向かうのだった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

如何でしたでしょうか。面白くお読みいただけたら嬉しいです。

もし宜しければ、評価やブックマークをしていただけたらとても嬉しいです。

執筆の励みになりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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