7話 ハーネス教会
欠食児童に集られた結果、俺は追加で銀貨20枚を支払う羽目になった。
にゃーとか言っていた子は、一人だけ5匹も注文していた。そんなに一人で食えるとは中々凄いな。
「ニーナは猫人の血が入っているからね。魚には目が無いんだよ。」
リーダー格のドナという男の子が教えてくれた。ニーナと言われた子の見た目に猫人の特徴が無い事から、ハーフではないようだ。
どうやらニーナと言われる子以外は、ほぼ食べ終わったようだ。皆水を飲んでゆっくりしている。
「ふむ。さてと、食事も終わったことだしそろそろ行くか。」
なんだかんだと、やらなくてはならない事が多い。時間は少しも無駄には出来ない。
「おみやげ、おみやげー!」
俺の声に元気な声を上げる子供達。いくらなんでも集りすぎだ。
「知らん。腹いっぱい食べれた事で満足するんだな。」
それに対して、ケチだの、もっと食べるだの、にゃーだの言われたが、知らんものは知らん。
「大体俺達は旅の途中なんだぞ。お前達まで追加になったら、流石に面倒見きれないわ。」
時間敵余裕もあまり無い。早く動いてアルケニー達の問題も解決してやらなくてはならないのだ。
「別に面倒を見て貰う必要はないよ。だって俺達は……。」
ドナが途中まで言い掛けて、何かを見つけたかのように目を見開いている。
「こらー! やっと見つけたわ。まちなさーい!」
二人の女性が声を張り上げ、拳を振り上げつつこちらに走ってくる。二人共修道女の服装をしていた。
「やっべぇ! 皆逃げろー!」
ドナの顔色が変わり、慌てふためき出した。
俺はそんな彼らの様子を見ながら、慌てて逃げようとする6人の子供達をパラライズの魔法で次々に痺れさせていく。
「ギャッ!」
「し、痺れる…。」
体が動かなくなった子供達は全員修道女に捕まった。それを見て、俺はすぐにパラライズの魔法を解除した。
「ベリル兄ちゃんの仕業かよ。容赦ないなー。」
ヴァルテルに非難されてしまったが、よく俺がやったと分かったな。
「何を言ってるんだ。あの子達がここで逃げたら、後で碌なことにならないだろう?」
「なんでそんな事が分かるんだよ。」
「あの首から下げているタリスマンを見れば分かる。あれはハーネス教の神官の証だ。」
ハーネス教は、森の恵みの神ハーネスを信奉しており、広く民衆に支持されている宗教だ。その教義ではハーネスは大地と森の恵みを与え、人々に平等を説く神だとされる。
ハーネス教は人に平等であれという教義から、孤児院を運営していることが多い。
そうなると、あの二人の女性は孤児院の関係者で、この子達はそこでお世話になっている孤児達であると見るべきだろう。そこの人達が子供達に酷いことをするわけがない。
だから、ここは神官達に協力してあげるべきだと俺は判断したわけだ。俺が子供達に容赦をしないというわけでは決してない。
「もう、貴方達は! 逃げたらダメでしょう。さては、この方々に迷惑をかけたんじゃないでしょうね!?」
「お腹が空いてたみたいだから、ちょっと焼き魚をごちそうしただけですよ。」
思いっきり集られましたなどとは言えず、そう応えておいた。流石に銀貨20枚も支払ったと聞けば、大目玉間違いなしだからだ。
「うん、おいしかったー!」
やっと食べ終わったニーナが呑気に返事をしていた。
「ニーナが魚を食べて満足しているなんて…。貴方達、一体何匹食べさせてもらったのよ!」
二人の内、年配の神官が更にヒートアップしてしまった。ヴァルテルやカチアも怯えているし、これはちょっと不味いかもしれない。
「ああー、いやいや。彼らは悪くないですよ。子供達が可愛かったので、俺がついつい甘やかしてしまっただけなんです。」
「まあ、これはご丁寧にありがとうございます。この子達がご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。ニーナは本当に魚に目がない子なので、特に大変だったでしょう?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。みんな良い子でしたから。」
神官の態度が軟化し、平身低頭の勢いだ。これで間違っても、さっきはお土産まで要求されていましたとは口が裂けても言えないな。
しかし、なんで集られた俺が必死にフォローする羽目になっているんだろう。道化でも、もうちょっとマシな仕事をするんじゃないかな。
「お世話になったのですから、このままお帰しするわけには参りません。お茶でもお出し致しますので、私達の施設にお立ち寄りいただけないでしょうか。」
これは思ってもみない所からのお誘いだった。これはヴァルテル達にも良いかも知れないな。
そう思った俺はグレースの方を見ると、とても行きたそうにしていた。
「俺達は行きたくないんだけどなあ…。」
ヴァルテル達は気乗りしていなさそうだ。一緒にお説教をされるとでも思ったのだろうか。
「まあ付き合えよ。今回の事はヴァルテル君が言い出した事で始まったんだから、断る訳にもいかないだろう?」
「しょうがないなー。」
「ホント、ヴァルは勝手よね!」
偶にカチアが口を開いたと思ったらこれか。本当にこの子はブレないな。
「では、お世話になります。」
俺の言葉に神官達は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「それではご案内致します。貴方の様に若い方が奉仕してくださるなんて、なんて素晴らしい事なのでしょう。これもハーネス様のお導きに違いありませんわ。」
俺達は神官達に連れられて孤児院に向かった。ここから少し離れた郊外寄りにあるらしい。
両手をニーナともうひとりの女の子と繋いでいる若い神官は、今回の事で特に嬉しそうだった。
まあ確かに珍しい事だろうとは思う。大抵の支援者は貴族や裕福な商人達で、奉仕活動も年配の大人達しかやらないからだ。今回ヴァルテルが言わなければ、俺も特に何かをするつもりはなかった。
「またまたー。シスター・クリスは面食いなだけじゃん。お子様がこんな人と釣り合うわけがないって。」
「なんですって! 私はこう見えても17歳なのよ。花も恥じらう乙女なんだから!」
この人も自分でそれを言っちゃいますか。しかし俺より年上だったのか。彼女は背が低いため、年齢相当には見てもらえないと思っているのかも知れないな。ただ、胸がとても大きいので、そういう事は決して無いと思う。
「そういえば申し遅れましたね。私はハーネス教会付き孤児院『コスモス』の担当をしております、シスター・オリヴィアと申します。そちらがシスター・クリスティーナです。」
年配の神官が自己紹介をしてくれた。
「こちらこそ申し訳ないです。俺はベリルと申します。こちらがグレースです。それと男の子がヴァルテル君で、女の子がカチアさんです。二人の子達はここの入り口で知り合いまして。」
「そうだったのですか。すでに二人も面倒を見られているんですね。お若いのに偉いですわ。」
まさかただの成り行きとも言えない。俺は別に子供好きとかいうわけでもないからだ。あえて言うなら嫁好きです。
そんな挨拶をしていたら、彼女たちが暮らすコスモスという名の孤児院に辿り着いた。
さすがに旧王都にある教会付きの孤児院ということもあり、歴史を感じさせるその建物の外観は大層立派である。ここは前王朝より以前からあるらしく、質素ではあるが荘厳さがにじみ出ていた。
シスター達は普段は教会と、そこに併設された孤児院の中で生活をしているらしい。敷地面積もかなり広く、裏には畑が営まれていた。
「さあ、どうぞ中にお入りください。」
扉をあけてシスター・オリヴィアが中を案内してくれた。ヴァルテルとカチアは、途中でシスター・クリスティーナに案内されて子供達についていった。一緒におやつを食べるのだそうだ。
俺達はそのままシスター・オリヴィアに多目的室になっていると思われる部屋に通され、向かい合って席についた。
「お茶は結構です。それよりもつかぬことをお伺いしたいのですが、宜しいですか?」
着席早々に俺は口を開いた。
「ええ。何でしょうか。」
「ここで、あの二人を受けれいてもらうことは可能でしょうか。」
二人とは勿論ヴァルテルとカチアの事だ。それに対して、シスター・オリヴィアは難しい顔をした。
「可能かと問われれば、勿論可能です。ですが、あまりここの生活は良いとは言えません。お二人がそのまま面倒を見られる方が、本人達にとっては宜しいのではないでしょうか。」
やはり予想通りの答えが返ってきたか。あの子供達の痩せ具合を見れば、資金的にかなり苦しい事が分かっていたからだ。
それにも関わらず俺が確認したのは、勿論会話を誘導したいからに他ならなかった。
「そうですか。では生活が良くなれば、そちらも喜んで引き受けてくださると見て宜しいですか?」
「それは勿論です。もしかして、当施設にご寄付いただけるのでしょうか?」
シスター・オリヴィアの表情に笑顔が表れる。しかし、俺が考えているのはそういうことではないんだよな。
「確かに最初は少し寄付をさせていただきますが、しかしそれでは一時凌ぎにしかならないでしょう。少しの寄付程度では、この状況は決して良くはならない。」
俺は確信を持って言い切る。この好景気の中にあっても、ここの施設は財政難の状態だったからだ。
「そうですね。6カ国統合がなされても、当教会は変わらず国からご支援を頂いています。
他にもご寄付は頂いているのですが、教会の儀式等は最低限にしてもそれなりに費用がかかり、こちらへ回せる資金はあまり潤沢ではないのです。
今は景気が上向いているから良いのですが、いずれこの流れは止まるでしょう。そうなった後がとても心配です。
その時に私はともかくとして、後に残されたシスター・クリスティーナの様に若い世代やニーナ達のような子供が生きていけるのか、それがとても不安なのです。」
景気というのは波がある。今は良くても10年後、20年後はどうなっているかわからない。
それは、つい先日まで居たテドロアの街が良い例だろう。あそこは今頃俺が討伐した魔物の素材で空前の好景気に沸いているだろうが、しばらくすれば一連の作業が終わり、すぐに元通りになるはずだからだ。一時の好景気をアテにして生活設計をしてはならないのだ。
「ですので、突然で勝手な話ではありますが、俺にここの財政状況を改善させてはいただけませんか?
何が出来るのかはまだわかりませんが、そうすれば俺も安心してお願いが出来ると思いますので。グレースもそれで良いよな?」
「うん。ありがとう、ベリル! 子供達のためにも、私も頑張るわ。」
グレースは本当に子供が好きなんだな。子供達の為になると、とても嬉しそうだ。
「ありがとうございます。こちらこそ是非お願い致します。ああ、ハーネス様。貴方様のお導きに感謝致します。」
いや、まだ出来ると決まったわけではないので、感謝されるとプレッシャーがキツイのですが…。
これで何も出来なかったらどうしよう。これは絶対成功させないといけないな。
そんな事を考えながら、俺達はシスター・オリヴィアに教会内を案内して貰うのだった。
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