4話 日課
マックスが去っていったのを見送ってから、ポワンが話かけてくる。
「ベリルさん、部屋は2階の206の部屋だから。鍵渡しておくわね。
それと先に夕食は食べてくださいね。身体を拭くなら裏に井戸があるから使ってちょうだい。
桶とタオルは部屋においてあるから。」
「お世話になります。」
部屋は後回しにして、まずは食事をいただくことにする。
黒パンが2個、豆と芋の煮付け、鶏肉と野菜を煮込んだコンソメスープが出てくる。
黒パンはこの地方では主流のライ麦を固めて焼いた物で、スープにつけて軟らかくして食べるのが一般的である。
自家製パンを出すところは少ないので、おそらく街のパン屋から購入しているのだろう。
味は可もなく不可もなくといったところだ。
豆は大豆で、芋は里芋が入っているようだ。ホクホクしてて旨い。
スープは鶏肉が結構ゴロゴロ入っているな。すりおろしたニンニクの匂いが、かすかに薫って食欲をそそる。
刻んだキャベツ、人参、玉ねぎに鶏肉の旨味が合わさって良い出汁が出ている。
若干塩加減が薄い気もするが、これは俺が長時間歩いて汗を掻いたせいだろう。
香辛料が少し使われていてうまく味を整えてあることもあり、不満を感じるほどではない。
これはごちそうだな。大変美味かった。
外だと時間をかけて温かい料理を取ることなど出来ないからな。豊かな食事に感謝である。
ちなみに俺に飲酒の趣味はない。必要とあれば1杯くらいは付き合うくらいだ。
別に禁欲家というわけではない。お酒を飲んだ奴等のだらし無い姿を見ていると、飲む意味を理解出来ないだけだ。
飲まないとやっていられない事もあるとか言うやつもいるが、一晩寝ればいいだけだと思っている。
しかし、酒は人付き合いの円滑化に良い役割を果たすので、酒を否定するつもりはない。
「ごちそうさまでした。」
美味しいご飯のお礼を言い、部屋へ行く。掃除が行き届いている部屋で、ベッドには綺麗なシーツが敷いてある。
料理も美味しいし、良い宿だと思う。
「クリーンアップ。リラックス。」
自分の身体を綺麗にし、リラックスの魔法で心を安らかにする。
これは身体に爽やかな良い匂いをまとわせる効果もあり、物理的に持続時間が高まるため、とても使い勝手が良い。
クリーンアップは一般に普及する魔法ではあるが、俺の魔法は病原菌を除去するように改良したオリジナルである。
リラックスも俺のオリジナル魔法である。自分で言うのもおかしな話だが、俺のオリジナル魔法は便利魔法が多い。
ほとんどの魔法使いは魔法を習得することに傾倒しており、魔法を研究開発することがほとんどないようだ。
また研究する者が居ても攻撃魔法に偏っており、生活に根ざした魔法は滅多に開発されることがない。
市井の魔法使いは皆金持ち出身だから、俺のように生活に困窮することもないのだ。
必要に駆られてあらゆる工夫で乗り切ってきた俺からすれば、羨ましい限りである。
まあ余計な火種になるだけだから、そんな事は一切言わないが。
さて、寝る前に日課をこなそう。
俺は可能であれば、起床後と寝る前に自己鍛錬をすることにしている。
こうすることで就寝前は軽い疲労感から寝付きがよく、朝は意識を覚醒するのにちょうど良いからだ。
本来は走り込みなどもやりたいのだが、ここでは目立つことを控えなければならないので我慢する。
また肉体だけでなく、就寝前は魔力面も鍛錬している。魔力は使えば使うほど、最大量が上がっていく。
魔力を大量に放出し使い切ることで、劇的ではないが底上げすることが出来るのだ。
普通の魔導師はこんなことはしないのだが、俺の場合は実利も兼ねている。
魔力結晶は魔力を凝固された物だ。外部からの魔力源として、その需要は非常に高い。
基本は鉱山を採掘するか、遺跡から発掘してくるしかないが、人の手で作ることもできる。
そうはいっても並の魔法使いには作れず、かなりの実力者であっても小さな結晶しか作れないのが現実である。
これは魔力量が関係していると言われているのだが、実は緻密な魔力制御が必要であることはあまり知られていない。
魔力を凝縮するだけではなく最初に核となる部分を作った後に、その周りにまとわりつかせるようにしなければ大きな結晶にはならない。
イメージとしては、棒に水飴をまとわりつかせるような感じだ。
大きくしたければそれなりに綿密に回さなければならない。あれと同じである。
俺の魔力量は普通に比べてかなり多い。自覚する頃には、既にそこらの魔導師よりも遥かに多かった。
その上、周囲から魔力を吸収する器官が優れているため、魔力回復量が普通よりも遥かに早い。
今は中型の魔力結晶しか作れないが、魔力制御を完璧に出来れば巨大な魔力結晶を作ることも夢ではないと思っている。
随分と緻密に制御出来るようになってきたので、最近は大きい結晶をつくることを目標に鍛錬している。
最も、作れたからと言って今の所必要とはしていない。これまで作った分も大量にあるが、使ったことはない。
売ればかなりのお金になるだろうが、もしもの時に備えて非常用の魔力源として溜め込んでいる。
お金で自分の命は買えないからな。だから余裕があれば必ずやることにしている。
さすがに昨日はダンジョンの中だったのでやっていない。
出来上がった魔力結晶を空間収納に放り込み、その日はさっさと眠ることにした。
翌朝になり、朝日が差し込む頃になって起き上がる。
農家でもないので、わざわざ暗いうちから起きる必要はないからだ。
クリーンアップの魔法を使い、身綺麗にする。寝癖も直せる優れものだ。
髪型を整えたり散髪までは出来ないが、そのうち魔法で解決出来るようにしようと思っている。
腕立て伏せや腹筋等室内で出来る軽い運動をした後、俺はダミーのザック(背負い袋)を持って部屋を出た。
中には乾パンが3枚と小さい竹筒の水筒が1つ、あとはザックをかさ増しする為に毛布を1枚入れている。
全部空間収納に入れてあるので、手荷物はこれだけである。
何も持っていないと怪しまれるので、一応念の為だ。
「ポワンさん、おはようございます。」
「ベリルさん、おはようございます。朝食をご用意しますね。」
1階に降りてテーブルに座る。挨拶もそこそこにすぐに料理が運ばれてきた。
今朝の朝食は、ポレンタにハムが3枚、レタスの冷製サラダ、それと卵スープのようだ。
この辺りは割と豊かなのだろう。昨晩といい、良い物が使われている。
まずはポレンタだ。これはとうもろこしを粗挽きして粉末にし、だし汁と混ぜてじっくりと煮上げたものだ。
塩、バター、オリーブオイルを入れて1時間近くかき混ぜ続けるので結構大変である。
べっとりとしたペースト状になったら完成だ。
ハムは猪の塩漬けを燻製にした物で、少し炙ってあるようだ。美味しそうな匂いがしている。
少し塩辛いのでポレンタと一緒に食べる。とうもろこしの自然な甘みとバターが辛さを緩和してくれる。
それに肉汁が絡まってとても旨い。
サラダにかかっているドレッシングも良いな。レモンの酸味が食欲を掻き立ててくれる。
朝から贅沢だなあ。量はほどほどだが、十分に堪能した。
「ごちそうさま。」
うまい食事は気力を沸き立たせてくれる。今日も一日頑張れそうだ。
満足した俺は大木の小鳥亭を出た。とても良い宿だった。
この街には数日滞在する予定だが、他にも良い宿があるかもしれないからな。
早速昨日マックスに紹介されたハンターギルドに行くことにする。
朝から人で賑わっているな。少し寄り道していっても大丈夫だろう。
食材を扱っている露店が並んでいたので、調味料を買い求めた。色々買っていると大銀貨3枚が飛んでいった。
かなりの大判振るまいになったが、これは必要なものだからしょうがない。
旨い飯は生きる意欲に直結するのだよ。そう俺は力強く主張する。
とはいえ、一日が始まったばかりで、いきなり寄り道ばかりもしていられない。
俺は通行人に場所を教えてもらい、5分ほど歩いて石造りの建物に到着した。
大木の小鳥亭よりも大きいな。広い上に3階建てである。
それなりに歴史があるらしく、若干古びた印象を受ける。
とりあえず入口を開けて中に入る。中は人でごった返していた。すごい人の数だな。
軽戦士や重戦士、魔法使いのような格好のやつもいる。パッと見た限り全員人間のようだ。
こんな地方に亜人なんて滅多にいないから当然ではあるか。
待ち合わせに使われているのだろうか。テーブルと椅子が結構あるな。
いくつかの視線を感じるが、こちらからは用事がないので無視をする。
天井から依頼受付と書かれた札が下がったところに列が出来ている。
その列を横目に見ながら、俺は総合案内と書かれた札が置かれたカウンターへ向かった。