4話 異形の者
俺達は迅速に移動し、難なく森の入口で合流を果たす事が出来た。
「そちらも無事だったようね。」
グレースは警戒態勢を維持しつつ、戻ってきたようだ。確かにグレースも襲われたようで右手には黒い刀身の剣を持ち、左手にフラウレスシールドの魔法を展開していた。
このフラウレスシールドは魔力で生み出した強力な防御効果を持つ盾なのだが、質量が無いにも関わらず属性魔法どころか物理攻撃さえ難なく弾いてくれる。
無属性以外にも複数の属性適性を持ち、なおかつ相当な技量がなければ使いこなせない魔法なのだが、さすがは高位悪魔といったところか。
魔力もそこそこ使うのだが、出し惜しみはしていない。相手がわからない以上、自分に出来る最高の防御力を持って対抗するのは基本中の基本だからな。
かくいう俺も、同じ魔法を展開していた。ただ、俺はグレースと違い、両方の腕を覆う籠手の形状でフラウレスシールドを展開させている。
別に手が塞がっていようが魔法は行使出来るのだが、盾を手に持っていると拳で殴る事が出来ないので俺には不都合だったりする。
二人共いつでも戦えるように、周囲の気配を油断なく探っている。戦いは油断した者から真っ先に死んでいくものだからな。
合流して30分程経過したが、あれ以来何も現れる様子は無かった。俺とグレースは少し警戒を緩めることにする。
「先程の奴らは何者だったんだろうな。突然現れて襲ってきたんだが、俺は正体どころか人型かどうかすら判別が出来なかった。」
俺は素直に感想を口にした。今の所正体に繋がるヒントは全く無い。
「こちらも同じよ。ぼやけていてくっきりとは見えなかったのだけど、一応人型ではあったわね。」
「一応とはどういう意味だ?」
「私が見た相手は腕らしきものが5本あったの。全ての手に金属製の剣のような物を持っていたわ。」
凄いな。俺には全くわからなかったのだが、さすがグレースだ。近接戦闘も得意なだけはある。
「それで、相手は突然現れて切りかかってきたのか?」
「そうね。出現は唐突だった。虫の声が止んだと思ったら現れて切りかかってきたの。咄嗟に剣と盾を出して打ち払ったら金属の音がしたわ。」
「俺の状況と同じだな。」
「それで初撃の不意打ちに失敗したからか、あちらが即座に撤退したのよ。それも掻き消えるようにね。」
「俺の相手は2体だったが、飛び交っていると思ったら同じ様に突然居なくなったよ。」
俺が同意すると、グレースが突然ハッとしたような顔をした。何かに気づいたらしい。
「あの感じは…、ひょっとすると空間跳躍をしたのかもしれない。」
「でも、魔力を使用した感じはしなかったな。」
「そうね。魔力の流れは感じなかった。ということは、固有の特殊技能を使った可能性が十分に有り得るわ。」
「どうやら異次元の存在ということは、確定のようだな。」
種族によって固有の特殊技能を持つものがいる。例えば有名なヴァンパイアなどは変身能力を持っているが、あれは魔力を使って変化しているわけではない。
それと同じことで、固有の特殊技能を使うと基本的に魔力は消費されない。では何故異次元の者と判明したのかというと、空間を飛び越えるような特殊技能を持つ種族がこの世界には居ないからだ。
異次元の存在は、この世界とは異なった理によって動いている。こちらの常識が通じるような相手ではないのだ。
「だが、それにしても5本の腕か。そんな種族がいるとは聞いたことがないな。」
「こちらの世界と比べれば異形といえば異形なのだけど、記録にある混沌の勢力とはまた違う気がするのよね。」
「根拠は無いよな。」
「ええ、無いわね。」
こいつは参ったな。正体が少しだけ分かったものの、具体的に判明したわけではない。スタート地点よりは進んでいるが、ゴールにはまだまだ程遠い感じだ。
「これ以上ここに居ても仕方がない。ともかく、ここのアルケニーに会って情報交換だけでもしておこう。何か有力な手掛かりが手に入るかもしれない。」
「そうしましょう。先程大勢いる場所を見つけたから、私が先行するわ。」
グレースに案内されつつ、俺はここに来てからの事を思い起こしていた。俺には反省すべき点があったからだ。
まず感知魔法を使うことを失念していた点だ。探知魔法に掛からなかった時点で使うべきだった。いつも寝る時しか使っていなかったから、うっかりしていた。
そして先程の接触時のことだが、これは完全に失敗だったと思う。アブソリュート・プロテクションの魔法を解除した後、魔法の選択を間違えてしまった。あそこはアニヒレーションではなく、パラライズの魔法を使えば良かったかも知れない。
結果論にしか過ぎないかもしれないが、抵抗される可能性はあるにせよ、正体を掴むことが出来たかもしれないのだ。
そもそも相手がいきなり撤退する可能性を考えなかった時点で、俺に咄嗟の判断力が欠如している事を露呈してしまった。
思い込みをしていると、その思考の範疇から外れた場合に冷静な判断力を失わせる。俺は近接戦闘が得意というわけではないので、一瞬の油断が命取りになる可能性もあるのだ。
これは非常に宜しくない。グレースの足を引っ張るどころではないかもしれない。2日前の浮かれた気分は既になく、俺は少し不安な気持ちになっていた。
だが、ここでどん底まで落ち込むのも悪手だな。人間は成長する生き物なのだ。俺の成長がここで止まらないことを祈ろう。
いや、そうじゃないな。祈るのではなく努力で解決することにしよう。前向きなのが俺の取り柄だからな。頑張ろう。
しかし空間跳躍とは厄介だ。突然現れるのは仕方がないにしても、探知魔法にも掛からないという事はいつでも襲撃される可能性があるということだ。
感知魔法を使ってもどの段階で気づけるかもわからない。やはり早急に奴らの正体を突き止めなければならないな。
そんな事を考えていると、アルケニーの巣が大量に張られている場所に到着した。
以前会ったアルケニーが言っていたが、アルケニーはテリトリーとする森への侵入者は常に把握しているとのことで、間違ってもこちらを襲うことはないとのことだった。
そうはいっても、大きな蜘蛛の巣がこれだけ大量にあるとさすがに警戒してしまう。生きながら食われて死ぬなんて、真っ平御免である。
グレースがそのまま近寄ると、樹上からアルケニー達がやってきた。ここにいるだけでも軽く20体は超えている。
全員大型で体長は3メートル程あるが、脚を含めるともっと大きく見える。体は蜘蛛の下半身に女性の上半身だが、別に優しげな目をしているわけではない。
蜘蛛は見た目が精神的にあまり宜しくないので、この光景を見たら気の弱い人なら卒倒するだろう。言わばちょっとしたホラーだな。
しかしグレースは至って平気なようだった。女性とはいっても高位悪魔だからな。現に俺のほうが若干気後れしている。ここはグレースに交渉を任せよう。
「グギギ…。チカラあるオカタヨ。オ、オ待チシテ居リマシタ。」
「気にせずとも良い。先程例の奴らと交戦した。一瞬で現れ、即撤退して行ったが。」
「ヤ、奴ラは神出鬼没デ、時折現レテは我ラに害を成シテ来マス。今ノトコロ死傷者は居マセンが、ソレも何時マデ保ツか分カリマセン。」
「異形の者とのことだったが、我が確認したのは人型で五ツ手だった。他に二体存在が確認されているが、詳細は不明だ。他にもあのような者がいるのか?」
「ワ、我ラが他に確認シタ者は、多眼に三ツ手ノ者、四ツ手に六本脚、三ツ首に無手ノ者と、イズレも人型デスが総数は不明デス。」
グレースの矢継ぎ早の質問に、アルケニーが淡々と答えていく。
「居場所や出現場所の検討はつくか?」
「ク、詳シクは分カリマセンが、コノ南西地帯に現レル事が多イヨウデス。」
「奴らが何時から現れるようになったのか分かるか?」
「グギギ…。オ、大凡3週間程前にナリマス。」
テドロア大森林の遺跡入口が崩落した時期の少し前になるか。つい先日とかだったら全くの無関係なんだろうが、現時点では関連性を否定する事は出来ないな。
「しかし、奴らの目的が良く分からないな。こんな所で何をしているんだろう。」
「分カリマセン。ソレ故、我ラも困ッテイルノデス…。」
俺のつぶやきにアルケニーが反応した。彼女らも決して頭が悪い弱いわけではないのだが、流石にどうして良いのか分からないのだろう。
これが人間相手なら、奴らが出没する範囲外に退避すれば良い等と簡単に言えるのだが、魔物は縄張りに厳しいからそう簡単に言える話ではない。
グレースにしても、困っている眷属に対して何かしてやりたいだろうし、あまり適当な事は言えないな。
これまでの情報を纏めると、
1.相手は異形の人型で複数体存在し、金属製の武器を所持している。
2.異次元の存在ではあるが、混沌の勢力とは違うように思える。
3.固有の特殊技能『空間跳躍』を持っている可能性がある。
4.今の所、森の南西地帯にのみ出没する。
5.この場に現れる目的は不明。テドロア大森林の遺跡の件との関連性も不明。
現時点で何かを判断するにしても、情報が不足しているな。旧王都ウェルブラストに一度寄って、情報収集しなくてはならないだろう。
「情報が足りないから一度ウェルブラストに行って情報収集しよう。」
「ええ…、そうね…。」
やはりグレースに元気が無いな。アルケニーの前でも普通に落ち込んでいるな。
俺に出来ることはあまり無いが、このまま何もせずに立ち去るのも忍びない。
「気休めにしかならないかもしれないが、しばらくの間だけでも何とかしてみるよ。」
「ほんと!?」
「結界を設置してみる。ついでにマジックマーカーも仕掛けておく。」
グレースが凄く嬉しそうな顔をしている。俺はこういう笑顔に弱いんだよな。嫁最高!
俺がいう結界とは、空間移動を阻害する結界の事である。これを設置すると、外部から結界内部へ空間移動という手段で侵入することは出来なくなる。この結界は魔法を前提にしているが、魔力に作用するのではなく、あくまで空間に作用する結界なので効果はあるはずだ。ただ、結界内部では空間収納等も使えなくなってしまうという欠点があるのだが、これは仕方がない。アルケニーは空間系の魔法を使わないとの事なので、特に問題になることはないだろう。
それと、マジックマーカーだがこれは一種のトラップだ。奴らの後を追跡出来るように、マーカーとなる魔力を浴びせかける単純な仕掛けである。
もし強引に空間を裂いてこちらに乗り込もうとすると、マーカーとなる魔力の塊が炸裂するようになっている。物理的な物体なら広範囲をカバーすることは不可能だが、単なる魔力の塊なのでこういった芸当が可能なのだ。
こんな事もあろうかと、魔法を開発しておいて良かったと思う。
その日はまる1日結界の設置に時間を費やしたので、旧王都ウェルブラストへは翌朝に出発することになった。
俺はアルケニーが見守る中、餌にされるかもしれないという恐怖と戦いながら眠りについた。
俺が見事寝不足になったのは言わずもがなのことだった。
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