3話 謎の襲撃者
俺達はアルケニーの巣を離れ、情報に従いアルケニーの同胞が居る森へ向かった。
到着までには2日程かかる予定なので、野営の際にアルケニーから貰った糸を束ねて弓弦を作っておく。
アルケニーの糸は、俺の予想以上にしなやかで丈夫な素材だった。これならば、態々柔らかくほぐすという作業の必要がない。
まず束ねた糸の端が上にくるように丸めて、弓の弭にちょうど収まるくらいの大きさのわっかを作る。
次に、先端をわっかの内側に通して、しっかり結び目を作る。この時、上下に引っ張り結び目を堅く締めるのが重要である。わっかに先端を巻きつけ、最後にしっかり締めて弓弦の完成だ。
出来た弦を既に完成している土台の弓筈にかけて、その張り具合を確かめる。
弓筈とは弓の両端の弦をかけるところの事だ。
弓の下端の弦輪の掛かる尖った部分の事を本弭といい、弓の上端の弦輪をかける部分の事を末弭という。
これは確かに良い弓弦だ。これなら直接弦に斬撃を受けでもしない限り、切れる事はないだろう。
アルケニーからの情報といい、グレースに感謝しなくてはな。
その後全体的な仕上げを施し、コンポジットボウが完成した。実用一点張りのこの弓は、売り物にするわけでもないので全く装飾を施していない。
そのうち時間があれば、装飾を施すのも良いだろうとは思う。
そんな事を思っていると、鍛錬の素振りが一区切りついたのだろうか、グレースが息を整えながら近づいてきた。
「新しい弓の出来はどうかしら?」
「想像以上だよ。特にこの弓弦は物凄く良い。専門の職人でもないのに、これ程の出来栄えになるなんて思わなかった。」
「ふふ、お薦めした甲斐があったというものね。せっかくだから、使い勝手とか威力を試してみたら?」
「ありがとう。早速試してみるよ。」
俺は早速獲物となる動物を探知魔法を使って探してみた。ちょっと離れてはいるが、四百メートル先に大型の猪を発見した。
有効射程を二百メートルと推定し、慎重に近寄った。有効射程まであと百メートルだが、未だこちらには気づかれて居ない。
静かに矢を番えて残り五十メートルのところまで接近した頃、急に風向きが変わった。
これは失敗したかもしれない。そう思った瞬間、猪がこちらに顔を向けてしまった。
なんとか発見されてはいないようだが、もう接近することが出来そうにない。さすがにこれ以上前進すれば、猪に気づかれてしまうからだ。
ここからなんとかやってみるか。どうせ失敗するのなら、今射掛けたほうがまだ後悔しなくて良い。
そう思った俺は照準を猪に併せ集中力を高める。
「当たってくれよ!」
俺は小さく呟き、猪がこちらから目を一瞬離した瞬間を狙って矢を放った。必中の念というやつだ。気持ちだけでも超一流のつもりだった。
俺の一念が通じたのか、それとも狙った獲物が大きかったからか、矢は大猪の頭に命中した。
「やったわね!」
グレースが我が事のように喜んでくれ、俺も当たって良かったとホッとした。
「凄いな。これまでとは段違いの貫通力だ。って、『貫通力』だと…?」
よく見ると大猪に矢は刺さっておらず、貫通した矢がその後ろにある岩に突き刺さり、大猪から噴き出た血がその毛皮を濡らしていた。
射程外から射掛けたので威力は落ちているはずなのだし、元々普通に刺さるはずだったのだが、何故普通に貫通しているのだろう。
「あの、グレースさん。これちょっと威力が高すぎはしませんか?」
大猪の頭には大穴が空いていた。どう考えても即死である。てか、なんでこんなにヤバイ仕様になってるんですかね。
「うーん、おかしいわね。ちょっと意識して弓弦に魔力をこめてみて。」
グレースに言われた俺は、弓弦に魔力を少しずつこめていった。
すると弓弦が淡く光りだしたかと思うと、白かった色が段々と青白くなり、輝きが一層強くなってきた。なんだか嫌な予感しかしない。
「あそこの岩に向けて撃ってみて。」
俺は矢を番え、グレースが指差した三百メートルほどの距離にある大岩目掛けて矢を放った。
ズドーンッ! ドカドカドカドカドカァッ!!
大きな音とともに大岩が消し飛び、その後ろにある大木の土手っ腹に大穴を開け、そのまま後ろ数本程を貫通してから矢は止まった。
「おいおい。マジかよ…。」
俺は一体何を作ったんだ? これはちょっと洒落にならない気がする。
「アルケニーは元は悪魔だから、その糸も魔力との親和性がとても高いのよ。」
グレースが胸を張り、得意そうに言った。アルケニーの悪魔の眷属としての力を俺に見せることが出来て、誇らしいのかもしれない。
「確かに元は悪魔の眷属と言っていたな。」
「さっきベリルは意識していなかったみたいだったから、魔力がこもって無くて威力も低かったみたい。ちゃんとした威力が出て良かったわ。」
いやいや、どう考えても威力がありすぎだろう。こんな大火力の弓をどこで使えっていうんだよ。怖くてとても使えないぞ。
そもそも獲物が消し飛んでしまったら、狩猟する意味がないじゃないか。間違っても人に向けてはいけませんというやつだ。
「この素材は知られて居ないのでは無くって、知られたらアカンやつじゃないか…。」
わざと知られないようにしていたのかもしれない。それくらいヤバイ素材だった。
狩猟の効率を上げるために威力を高くしようとしてコンポジットボウを新調したのだが、まさか逆に威力を出さないように工夫しないといけない弓になってしまった。
結構作るのに苦労したんだが、これでは本末転倒じゃないか。グレースは褒めて欲しそうだったが、とてもそんな気にはなれない。なんだか一気に疲れてきたぞ…。
「もしかして…、気に入らなかった?」
声に反応して振り向くと、グレースが涙を溜めて俺の方を見ていた。そうだった。この子は純粋に俺に協力しただけだったのだ。
「ううん。とっても嬉しいよ。ありがとう。」
確かに武器としては素晴らしいからな。ひょっとすると切り札になるかもしれないし、そういう点では嬉しい誤算と言える。
「よかったぁ。ダメだったらどうしようかと思ったの…。」
グレースは安心したのか、笑顔に戻った。さっきの事も、威力がないことをグレースなりに心配していたんだろうな。
だが、狩猟用としてはとても使えない弓となってしまった。結局お店で新しい弓を買うまでは前の単弓で我慢することにし、今作ったコンポジットボウは封印せざるを得ないのであった。
そのまま二日間旅をし、漸く目的の森に到着した。
あれだけ大きな魔物が済むわけだからと思っていたら、その森は案の定広かった。
探知魔法を展開すると、そこそこ多くのアルケニーが住んでいるようだ。
ただ、他の種類の魔物や動物は探知に引っかかるのだが、肝心の異形の者らしき反応が見当たらなかった。
「この辺りには居なさそうね。どうしましょうか。直接捜す?」
探知魔法に掛からないように魔力で隠蔽しているのか、それとも探知出来ない種類なのかはわからないが、グレースにもわからないようだった。
こうなると直接捜す他に方法は無いようだ。
「グレースの言うとおりにしようか。二手に分かれて捜してみよう。」
アルケニーから連絡が入っているだろうから、グレースは当然として、俺もアルケニーに襲われる心配はないだろうしな。
他の魔物も取るに足りない相手なので、問題はないだろう。
「そうね。1時間後にここで落ち合いましょう。」
誓いの指輪で連絡が取れるので、時間は然程気にしなくてもいいはずだ。
グレースもその事はよくわかっているので、あくまで調査の時間的目安といったところだろうな。
グレースと二手に分かれた俺は、鬱蒼とした森の中に深く分け入った。
春になっているため、虫の鳴き声がよく聞こえる。それも若干うるさいくらいだ。
木々の背が高いため、森の中は若干薄暗い。よく目を凝らさないと足元が疎かになりそうだった。
疾うの昔に破棄されたものだろうか、ところどころで古いアルケニーの巣が見つかる。
俺はナイトサイトの魔法を使い、視界を確保した。火を使ってアルケニーたちを怯えさせるわけにはいかないからな。
30分ほど歩いただろうか。あれ程うるさかった虫の鳴き声が突然ピタッと止まった。
そしてどことなく漂ってくるなんともいえない空気。それに混じって不穏な気配が幾つか感じられるようになった。
俺は即座に身体強化の魔法を発動し、敵の攻撃に備える。
そして、いつ敵が来ても良いように絶対的な防御性能を誇るアブソリュート・プロテクションの魔法を発動した。予め敵がいると分かっているのに、ただ棒立ちしているわけにはいかない。
この魔法は棒立ちの様にその場から動く事が出来なくなるという欠点があるが、その代わりあらゆる攻撃を無効化する事が出来る。発動者自身を絶対座標で固定するため、地震や落とし穴から亜空間へ叩き込むような空間移動系の攻撃まで、全ての影響を排除してくれるのだ。
魔法解除後に2秒間の無敵時間があるのも大きい。これは例えば空間全体を焼き尽くす魔法が展開されていた場合に、こちらが魔法を解除直後に対処できず死ぬことを防ぐためだ。
そしてもう1つの欠点として、この魔法の展開中は馬鹿デカイ魔力量を消費するというものがある。だが、今は恐らく短時間の使用になるので問題は少ないと思う。
「来るか!?」
揺れ動く空気の流れを感じ取った刹那、何かを立て続けに弾く感触が俺の神経に伝わった。今の感じは、打撃か斬撃のどちらかだろう。
続いて、俺の目に薄い影のような姿をしたものが2つ映った。ナイトアイを使用しているにもかかわらず、その姿はいまいち判然としない。
どうやらこいつらが俺を襲った相手なのだろう。一箇所に留まらず、森の木々の間を飛び回っている。
相手の正体がわからないが、確認するのは斃してからでも遅くはない。俺はアブソリュート・プロテクションの魔法を解除し、無敵時間を利用して魔力を溜めてアニヒレーションの魔法の発動を準備した。
ところが魔法を発動する前に、相手は音もなく一瞬で消え去った。俺は相手の撤退の鮮やかさに唖然としてしまったが、驚いている場合ではない。グレースが心配だ。
「グレース、こちらは何者かに攻撃されたが、すぐに撤退された。そちらは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。こちらも交戦しかけたけどすぐに撤退されたわ。ともかく一度合流しましょう。」
どうやらグレースも襲われたらしい。無事なのは良かったが、相手がわからない。
いや、ここはグレースが言う通り、まずは合流することが先決だ。相手を詮索するのはそれからで良い。
そう思った俺はグレースと合流すべく、急ぎ森の入口へ戻るのだった。
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