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2話 義妹の旅立ち

ベリルがテドロアの街を出発した頃、ベリルが元居た里に彼の動向を知る者が到着した。

ベリルは家族に行方を捜されていたのだ。家族といっても真剣に探していたのは、14歳のシアと言われるベリルの義妹(いもうと)の少女ただ一人である。

そのシアは成人していないこともあり、ベリルを直接探しに旅立つ事が出来ない為、依頼を請けた者からの報告を辛抱強く待っていた。彼女の身を案じて一人里を出立した義兄(あに)の事が気掛りだったのだろう。


義兄様(おにいさま)の消息を掴めたというのですね?」

報告してきたのは、ベリルが里を出てすぐに出された捜索の依頼を請けた30歳台の男だった。この男は、偶々隊商の護衛で里を訪れた旅の者だった。

その報告を聞いて、シアは満面に喜色を浮かべて心の底から喜んでいるようだった。ずっとベリルの身を案じて居たのだろう。

男はそのシアの姿を見て、なんと心の優しい少女なのだと思った。


シアは田舎の里の者とは思えないほどに美しい少女であった。

背は平均的な同年代の女性と然程変わらないのだが、明るくサラッとした美しい髪を持ち、輪郭が整った顔をしている。くっきりとした二重に長いまつげのあるぱっちりとした目をし、鼻筋が通っており、薄い唇をしている。肌は透き通っており、少女とも思えないバランスの良いプロポーション。胸も年齢にそぐわず、服の上からでも大きさが分かるほどに大きい。歯が真っ白で歯並びもよく、笑顔を更に素敵に見せている。田舎暮らしとは思えない程に手指が綺麗であり、彼女の動作は田舎出身の者にさえも洗練された物に映る。

居るだけで一つの絵を見ているかのように錯覚させられるような美しさであり、総じてシアの姿は、貴族の子弟と見紛う程の高貴さを感じさせる完璧美少女そのものであった。


ベリルの父であるライアックも、この娘目的にハンナと再婚したのではないかと揶揄される程に近所で評判であった。だが、シアはそういった周囲の評判は全く気にならないようだ。

来年になれば成人するということもあり、そうなれば周囲が放っておかないだろう。

しかしながら、今はその未来ではなく、シアも一人の少女に過ぎない。周囲の男から見てその美しさは高嶺の華といっても過言ではなく、その御蔭で彼女に言い寄る男は今の所居ないようだった。


そういったシアに対し、シアの隣に居る女性は顔に浮かべた渋面を隠そうともしなかった。ベリルの義母でもあるその女性の名はハンナと言う。

シアに同じく赤い髪をしているが、既婚女性だからか華やかな形に結わえては居らず、邪魔にならない程度に後ろでまとめている。眼鏡から覗く目は鋭く、神経質な印象を受けた。プロポーションは良いのだが動作が若干荒々しく、娘のように洗練されたようには見えない。

「あの酷い男はどこへ行ったというのですか。こんな健気な義妹を独りにして!」

ハンナが口を開いたかと思うと、いきなり毒舌が飛び出した。彼女はベリルのことをよく思っていないらしい。言葉に刺々しさがある。


「それで、義兄様は今どこなのですか?」

そんなハンナの様子が気にならないのか、シアはそのまま男に問いかける。

「ここから南東へ街道沿いに徒歩で一週間進んだ先に、テドロアという比較的大きな街があります。そこのハンターギルドにベリルという男が最近所属致しました。」

男の口調は少女に対する態度とは思えないほど、非常に丁寧であった。これは、長い旅生活の中で自然と身に着けた処世術というものなのだろう。


「その方が義兄様に間違いないというのですね?」

「はい。お聞きしておりました容貌と年齢にその男は合致します。ただ…。」

言葉を続けることに戸惑ったのか、男は言い淀んでいる。

「どうぞ続けてください。」

シアに話の続きを促され、男は言葉を続けることにしたようだ。


「到着して早々に騒ぎを起こされたようでして、彼の名前が知れ渡りつつあります。」

「ほらみなさい! やはりイビルメイジなんて、大体がそんな奴なんだわ。」

「いえ! 特にそういう事ではないようです。」

叫ぶハンナに対し、男は驚きつつもその言葉を否定した。シアの悲しそうな顔を目にしたからだろうか。

「義兄様は何をなさったのでしょうか。」

「街の者に聞き込みをしたところ、何か非常に驚かれるような成果を上げたとかいう話を耳にしました。ですが、残念ながらそれ以上の詳しい事はわかりませんでした。」

これは別に男が無能というわけではなく、ハンターギルドの職員が優秀だっただけである。シュタイナー達の指示でハンターギルドが情報統制しており、具体的な内容が一般に漏れる事は無かったのだ。

男はより詳しい情報を得る為に街の中を尋ね歩いたのだが、何も掴むことは出来なかった。

それにしてもハンナという女性はヒステリーでも起こしているのだろうか。と、男は内心ウンザリしていた。

「火のない所に煙は立たないと言うわ。いずれテドロアの街も大騒ぎになるのは確実ね!」

どこまでも疑いにかかるハンナに、さすがに男も眉をひそめていた。


良くない流れを感じ取ったのか、男の様子を見たシアが突然話を切り出した。

「それでは(わたくし)もそちらへ参ります。案内してくださるかしら。」

「い、いまは魔物騒ぎがありまして…。少々危険です。」

「あら? でも貴方方(あなたがた)は普通に戻って来られたのでしょう? それなら問題はありませんわね。」

シアの返答に困った男は、助けを求めるようにハンナに目を向ける。

「里を出るのは駄目です。それに騒ぎになっているのなら、また街を出ていくんじゃないかしら。貴方、彼を連れ戻す事は出来るわよね。」

「もしこちらの話を聞き入れてくださるなら、可能だと思いますが。」

ハンナの回答は男の期待するものでは無かったようだ。若干落胆しつつ、男が控えめに返答した。

「それなら頼むわね。」

ハンナは造作もないだろうとばかりに気軽に言う。

「僭越ではございますが、ご本人は自分の意思で里を出られたと聞きました。余程の理由でも無い限り、素直に聞き届けるはずがありません。」

当然そんなはずがないと男は言った。うんざりした顔を見せない様に苦労しているようだ。


「やはり私が行くしか無い様ですね。すぐに向かいますので、先に別の方を送って何とか義兄様を引き留めて置いてくださいな。」

埒が明かないと思ったのか、シアが痺れを切らしたようだ。

「そんな事絶対駄目よ!」

「まずは我々が説得してみますので、少しお時間をいただけませんか? 馬車の手配に時間がかかるでしょう。」

あくまで行く姿勢を変えないシアに、これでは駄目だと思った男は、何とか違う方向で説得を試みたようだった。

「いえ、こうみえても馬くらいは一人で乗れますので、一頭お貸しいただければ構いません。」

シアの言葉に驚きで目を見開いた男だが、口した言葉はやはり拒絶であった。

「申し訳ございませんが、それは出来かねます。確かに我々の馬は俊足揃いですが気性が荒く、パートナー以外を背に乗せる事はしません。それに万が一お怪我をさせてしまっては、我々の今後に差し障りが出てしまいます。」

信用に関われば生きてはいけなくなるのだと、男はあくまで拒否する様だった。


「それなら、もう誰の力もお借りしません。私独りででも参ります。」

「駄目です。どんな事があってもそれだけはいけません! そんなことをして、万が一でん…」

「お・か・あ・さ・ま!」

更に声を荒げたハンナの言葉を、シアが常にない強い声で遮った。そこには若干苛立ちが含まれている様だった。

「わ、わかりましたわ…。でも義父様(おとうさま)にお伝えしてからにしなければ、さすがに問題になります…。」

ハンナはかなり狼狽した様子で、やがて絞り出したかのように声を出した。あれだけ強気だった女が一瞬でおとなしくなっている。

この二人は普通の親子ではない。と、二人の会話を見ていた男はそんな印象を強く抱いたようだ。



「ではお母様、義父様に宜しくお願いしますね。私は準備をしてまいります。」

方針は決まったとばかりに、シアはハンナに言付けをして退室していった。

その様子を無言で見送るハンナと男であったが、やがて男はハンナに向き直り、努めて丁重に謝罪した。

「奥様、お子様を引き留め出来ず、誠に申し訳ございません。」

男は平身低頭であった。年若い少女が親の反対を押し切り、危険がある旅に出てしまうからだ。

「いえ、恐らくこうなることは分かっていたのです。貴方のせいではありません。」

ハンナはこうなる事を予想していた様だ。男の謝罪を気にする様子も見せなかった。


「先程は魔物騒ぎと申しましたが、実際は以前よりも多少安全になっているようです。迎えに行くのでしたら、今が一番良いのかもわかりません。」

「娘を一人で出させるわけにはいきませんから、私もついていきます。申し訳ないのですけど、良ければこの後も護衛をお願い出来ないかしら。報酬は別途用意しますから。」

「わかりました。恐らく大丈夫だとは思いますが、他のメンバーにも確認してきます。」

その後、ライアックに説明をし、急な旅の準備に忙殺されたシアとハンナであるが、その日の内に荷物を纏めきり翌朝には里を出発したのであった。


彼女たちが自分の後を追いかけている等と、ベリルは全く予想だにしていなかった。

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