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1話 アルケニーからの依頼

テドロアの街を離れた俺とグレースは旧王都ウェルブラストへの移動を始めた。

街道に沿って約2週間の行程だが、途中に2つほど街がある。馬を買ったり相乗り馬車を利用するという手もあるが、今回は徒歩で行くことにした。

グレースと初めての旅ということもあり、色々と手探り状態というのがその理由である。これなら余計な人間にまで気を使う必要が無い。

仮に野盗に襲われてもある程度は遠慮せずに範囲魔法を撃てるし、最悪空を飛んで逃走しても良い。


俺達には誓いの指輪というマジックアクセサリーがある。結婚した俺達にアスタロートが門出の祝いとして贈ってくれた物だ。

この指輪はペアリングになっていて、指輪をつけた者同士の意思疎通を図りやすくしてくれるのだ。

魔法を行使せずとも遠距離対話が可能で、お互いの位置を感じ取ることが出来る。

また、相手をお互いに自分の側へ引き寄せることも可能だ。ただしこれは相手が見える位置にいなければならないという制約がある。

だから俺達二人だけであれば、例え離れ離れになっても容易く合流が出来るのだ。

かなり便利な物だが、その代わり二人が決定的不仲になったり離婚すると効果を失うらしい。

そんなつもりはサラサラ無いけれども。


今回出発にあたって、あまり時間を無駄にしたくなかったので食料は買い込んでいない。そのため道中は狩りをしながらの移動である。せっかくなので、なるべく魔法を使わずに弓の鍛錬を兼ねることにした。

俺の腕ではなかなか当たらない上に、1発当たった所で倒せないのが悩みどころだ。

何度も逃げられかけたがその度に探知魔法と身体強化の魔法で強引に追尾し、何とか牝鹿を1頭仕留めることが出来た。かなり移動したせいで、結構時間がかかってしまったな。

それでも鹿だからまだ練習には良かった。猪は怒らせるとこちらに向かって来るので逃げられなくて良い反面、距離が保てないので撃つのにこれまた苦労するからだ。里に居た頃大変な目にあった思い出がある。

捕らえた獲物を解体魔法で手早く解体して空間収納に放り込んだ後、俺はグレースの元に戻ったのだった。


野営地に戻った俺をグレースが出迎えてくれた。勿論大人しく待っていたわけではなく、剣を出して自己鍛錬に精を出しているようだった。

グレースは近接戦闘も割と得意らしく、なかなかの腕前らしい。人とはまた違う流派があるようだが、生憎と俺は剣には詳しくない。

ただ、綺麗な剣筋を見てこれは只者じゃないなと思っただけだ。

ちなみに俺は剣すら握ったことがない。接近戦となると槍はある程度空間がないと振り回せないので、やはり剣が良いのだろうがどうにも上手く扱えるイメージが湧かない。

一先ず取ってきた鹿肉を調理し、見つけた野草と併せて鍋料理にして二人で食べた。グレースはあまり食べないので、殆どは俺が食べたのだが。


食事をしたら後は寝るだけだが、その前に日課の時間である。

魔法の鍛錬は野外なのでやらない為、時間を持て余した俺は弓を自作する事にした。元々買うつもりではあったのだが買う暇がなかったので仕方がない。田舎暮らしをしていたので、自作する事は苦にならない。

前は単に木を削り出しただけの粗末な単弓だったのだが、とても手に馴染んで使いやすかった。

今回も基本は手に馴染む弓を作りたい。色々と検討した結果、俺はコンポジットボウを作成することにした。

今後魔物にも使うことを考えれば、単弓では威力が如何にも心許ないからだ。


コンポジットボウなら単弓のように小さくはないが、長弓程に大きくはないため若干取り回しに優れている。

何より威力が大きいのが強みだ。俺が現状作れる一番強い弓としては、だが。

材料は幸い狩猟で動物の骨などの素材が大量に手に入るし、土属性魔法で精錬し加工すれば金属をはなんとか調達出来る。

自作するなら遺跡のデーモンから奪った装備を流用しようと思っていたのだが、あれはアスタロートに返してしまったので既に手元にはない。

俺はマジックエンチャントが一時的にしか出来ないので、今の所は通常品で我慢するしかない。

だがいずれ身に付けなければいけない技術なのは確かだ。そのうち纏まった時間が取れたら修得しようと思う。



翌朝になり、出発の準備を整えた俺達は移動を開始した。

もう出発してから10日が経過しているが、その間二人だけの時間が流れているようでとても心地良い旅が続いていた。

グレースは睡眠を必要としないので、俺が睡眠と食事を取れたらすぐに出発出来るというのが大きい。

途中の街には立ち寄っていない。テドロアの街とそう代わり映えしない規模という事と、また余計なトラブルに巻き込まれたくなかったからだ。


今は街道から外れた森の中にいる。食料調達が目的ではなく、弓の弦となる素材を取りに来ている。

弦に使う上質な麻が無く代用品を考えていると、グレースがアルケニーという蜘蛛型の魔物が出す糸が優れた弦になると教えてくれたのだ。

正直言って聞いたことがなかったのだが、この魔物はかなり強い上に人の領域に近寄らずひっそりと生息しているため、実態が殆ど知られていないらしい。

「結構奥深くまで来たな。」

「魔物とはいえ造網性の蜘蛛なので、巣を張って隠れていることが殆どなのよ。」

蜘蛛には、網を張って獲物を捕まえる造網性と、網を張らない徘徊性の2種類がある。アルケニーはどうやら前者らしい。

(ようや)く蜘蛛の巣が見えてきたが…、もしかしてあれをそのまま使うのか?」

ひと目見ただけでかなり粘着性が高そうに見える。触ったらベトベトになりそうだった。

「さすがにあれは使えないわよ。縦糸だけ取るわけにもいかないから。最も質が良い糸は、やはり排出直後の物になるわね。」

蜘蛛の糸は縦糸の粘着性はあまりなく、主に獲物を捕らえる糸は横糸になる。縦まで粘着性だと蜘蛛自身も動きにくいからだ。


そのまま歩を進めていると、前方に何かの気配を感じた。眼を凝らしてみると、上半身が人間型の女性で下半身が蜘蛛になっている魔物の姿があった。

「ベリル、アルケニーを発見しました。」

「ああ、こちらも発見した。」

グレースも別の個体を発見したようだ。いきなり二体発見出来たわけだが、これが僥倖なのか不遇なのかはわからない。

蜘蛛は肉食性で自分より大きな対象でも捕食する。確かに強力な魔物のようで、あの大きさなら人間も十分捕食対象だと思うのだが、何故かやたらとこちらを警戒しているようだ。


「なんだか様子がおかしくないか?」

「こんな所に居るけど、アルケニーは元はと言えば悪魔の眷属だからね。恐らく私の事が分かるのよ。」

いくら力を抑えているとはいえ、グレースは高位悪魔だ。無意識に強さを理解出来てしまうのだろう。

「もし交渉とか命令が出来るなら糸を貰ってほしいんだけど、お願い出来るか?」

相手が魔物とはいえ、人型の部分を持つ相手だ。交渉出来るなら、なるべく殺傷沙汰は起こしたくないというのが俺の本音だった。


ところが、グレースが俺に返事をする前に魔物の方から声をかけてきた。

「グギギ…。チ、チカラあるオカタ…。コノ様なトコロに、イッタイ何の御用デショウカ…。」

「ワレラ眷属を、タスケに来てイタダケタ…のデスカ?」

驚いたことに、魔物が救援を求めてきた。

「頼みがあって来たのだが、助けとはどのような事か? 申してみるが良い。」

グレースは返答しつつも若干困惑気味だ。

「ココカラ東にイル我ガ同胞に、危害を加エテクル者がイルと連絡がアリマシタ。歯が立タズ苦シメラレテイルと。」

「異形ノ者ドモが無差別に襲ッテクルと。」

もう1体のアルケニーが補足した。

「異形の者だと!? まさか混沌の勢力なのか。」

グレースが驚いて聞き返す。

いきなりこんな所で情報が手に入るとは思わなかったな。しかしながら、腑に落ちない点がある。


「アスタロートは『魔神殺しの大賢者』が封印した『ディメンション・クロスポイント』の中で破られた封印は無いと言っていたよな?」

「ええ。いずれかの封印が破られても守護者全員に伝わるようになっているらしいわよ。」

「なら、『魔神殺しの大賢者』が封印しなかった、もしくは発見出来なかったポイントがあるのか?」

「その可能性はゼロではないけど、恐らく違うと思うわ。」

「根拠は?」

「無いわ。」

グレースが即答した。ということはグレースの直感ということになる。

悪魔の直感はとても鋭いといわれている。グレースは高位悪魔で、しかも女性だ。それなりに信頼に足ると言える。


「そうなると、ついさっき破られたか、別の方法があるのか。そもそも混沌の勢力ではない可能性もある。」

「破られたらアスタロート様がお気づきになられるはず。直ぐにも連絡が来ているはずよ。」

そうなると調べるしか無いな。今ここで議論していても何も始まらない。

「行ってしてみるしかないな。問題はどの程度の規模かというところか。」

「貴方達の同胞の居場所を教えなさい。手助け出来るかはわからないけど、確認する必要がある。」

グレースがアルケニーに確認したところ、どうやらここから旧王都方面へ更に2日ほど行った所だった。

「情報提供に感謝する。代わりと言ってはなんだけど、そちらの糸が欲しい。」

グレースが糸の交渉をしてくれたおかげで、問題なく最高の糸が手に入った。

これで良い弓が作れるな。俺の気分はこの時最高に良かった。


しかしこういう事は長続きしないものだ。かなり良かった俺の気分も、2日後には逆転していたのであった。

投稿再開です。

ちょっとペースが落ちるかもしれません。誠に申し訳ございません。


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