30話 ギルドマスターの来訪
ハンターギルドに到着した俺達は、裏口から中に入った。
騒ぎになるといけないのでインビジブルウォークの魔法で姿を隠し、そのまま2階のギルドマスター室に移動した。
部屋の中から人が二人いる気配がしたので、ノックをした後返事を待たずに扉を開けた。
「なっ!?」
中に居たシュタイナーとアレクシア嬢が、驚いてこちらを向いた。
二人で相談していたのだろう。応接机には資料が広げられている。
「誰だ!? 誰も居ないのか?」
姿が見えない為に驚いていたようだった。俺達は素早くに中に入り、扉を締めてから魔法を解除した。
「ベリル…。」
シュタイナーが何とも言えない複雑な表情をしている。そして隣に居るアレクシア嬢は、何かを覚悟した様な面持ちであった。
俺は断りもなしに椅子の空いた場所に座った。アレクシア嬢が移動してシュタイナーの隣に座り直し、それをみたグレースも俺の隣に腰掛けた。
「そう警戒しなくても良い。マックスさんから多少の事情は聞いている。」
俺は前置きなしにそう話しかけた。そして何かを言い出しそうなシュタイナーに手をかざし、彼の言葉を遮った。
「別にそちらが約束を破ったとも、俺に何かを仕掛たとも思っていない。噂の出処も分かっている。この件については、俺の不徳の致すところとしか言い様がない。そちらに何かをするつもりはないので安心して欲しい。」
一端話を区切って反応を見たが、特に変化はないので話を続ける。
「それと噂については、残念ながら一部事実だ。黙っていたのは、無用な騒ぎを起こしたくなかったからだ。ともかく、色々と黙っていて申し訳なかった。」
そこまで話をしたところで、シュタイナーとアレクシア嬢の張り詰めていた空気が若干和らいだ。
「その事はとりあえず置いておくとして、よくぞ生きて帰ってきた。随分と戻ってくるのが遅いから、てっきり悪魔にやられたものだと思っていたぞ。」
マックスが同じ事を言っていたが、シュタイナーも心配してくれていたようだ。でも、確かにアスタロートと正面切って戦ったら普通に死ぬよな。
「かなり強い悪魔だろうと思ってはいたが、それほど脅威でも無かったようだな。やはり他人の報告は当てにならん。これはベリルが最初に倒したという悪魔も、アークデーモンでは無かった可能性が高いな。」
「ええ……、まあ、そうですね…。」
俺はシュタイナーの発言に絶句してしまった。
他人の報告を鵜呑みにしてはいけない。それは確かだが、皮肉な事に今回のシュタイナーの考えは現実とまるっきり逆方向だ。これは、勝手な憶測は身を滅ぼすという教訓になるだろう。
あれでも実は分体だったなんて事は黙っておいた方が良いな。本体が来たらこの国程度なら簡単に消滅するなんて言ったら、パニックどころでは済まないだろうし。
そういう意味では当てずっぽうながら街を滅ぼすなんていう噂の方が、より真実に近かったって事になるわけだ。
グレースを見ると、当然というべきかやはり呆れた顔をしていた。この事実は知らせない方が皆幸せだろうな。
「さて、何があったか聞かせてもらおうか。悪魔は倒したのか? それにあの遺跡はどうなった?」
シュタイナーが矢継ぎ早に質問してきた。
それに対して、俺が口を開こうとしたちょうどその時のことだ。
ドンッ! ダダダダッ!
何かが倒れる音に続いて、複数の人間が何かを騒ぎ立てながら階段を走り登ってくる音が聞こえた。
俺は用心のために素早く部屋の鍵をかけ、身構えた。
「や、やめてください! ギルドマスターは打ち合わせ中です。お引取りください!」
この声は聞いたことがある。ハンターギルド職員の声だ。
誰かを必死に止めようとしているようだが、制止しきれないようで騒がしい音が続いている。
「うるさい! こっちは大事な用件があるんだ。邪魔をするな!」
誰かが大きな声で文句を言っているのが聞こえる。
ダンダンダンダンッ
部屋の前で騒がしい音が止まったかと思うと、ノックとは思えない様な凄い勢いで扉を殴りつける音が聞こえた。
「シュタイナー、ここを開けてくれ! 俺だ! ブレイズだ!」
声がめちゃくちゃデカイ。明らかにうるさいのはお前の方だろう…。
「開けるから、扉を殴りつけるのはやめろ! この野郎、また壊す気か!!」
シュタイナーが滅茶苦茶キレている。どうやら前に扉を壊した事があるらしい。傍迷惑なやつだな…。
シュタイナーが扉を開けた瞬間、オッサン1名が室内に乗り込んで来た。
そして、そのオッサンに引きずられて男性職員が2名入ってきた。ブレイズと名乗ったオッサンを男性職員が二人がかりで羽交い締めにしているのだが、こいつは全く気にも留めていないようだ。
この傍迷惑なムキムキマッチョは何者なのだろうか。
羽交い締めにしていた職員二人がシュタイナーの指示で拘束を解く。二人のうち片方の職員が、腰をさすりながらブレイズを恨めしそうに見ていた。恐らくさっきの様子から判断するに突き飛ばされたのだろう。だから拘束出来ていなかっただろうとは、ツッコミを入れてはいけない気がする。
後は引き取るからとそのままシュタイナーは二人を下がらせ、それに併せて俺も構えを解いた。
「てめえ、次壊したら弁償させるからな! それで今日はまたいきなり何の用だ?」
いやいや、そこは最初から弁償させろよ…。
「普通にノックしてるだろうが。ちっさい音でノックしても聞こえなかったら意味ないじゃねーか。」
「だからそれを止めやがれ! 扉を殴りつける事を、世間一般ではノックとはいわねーんだよ!」
「漢がこまけーことを気にするんじゃねーよ!」
このオッサンが分かってないのか反省してないのかは分からないが、次にまた同じ事をするだろうというのは良く分かった。
ところで漢ってそこで使う言葉だっけか。絶対違うよな?
「そんなことはどうでも良いんだ。うちの奴等が街中でベリルに接触したが、そのまま逃げられたって報告が入ったんだ。お前なら何か知っていると思ってよ。」
「どうでも良くねーよ! てめえのギルドの玄関扉もぶち破ってやろうか!」
さらにヒートアップするシュタイナー。いい加減話を進めて欲しい…。
「ギルドマスター、お気持ちは分かりますが、ブレイズさんには言っても無駄だと思いますよ。それに、このままだと話が始まりません。」
冷静なアレクシア嬢からツッコミが入った。その言葉には同意するが、多分俺もシュタイナーと同じ立場だったら間違いなく同じ事を言っていると思う。
「俺に何の用だ?」
心の中でツッコミを入れつつも、俺は極めて冷静に話しかけた。
「おめーがベリルか! まさかここにいるとはな。今日も俺の勘は冴えてるぜ。」
なんだこのお調子者のおっさんは。お前はシュタイナーを訪ねてきただけだろうに。
「お前なんぞ知らん。大事な話をしてる最中だから、部外者は出ていけ。」
「おっと、俺は部外者じゃないぜ。部外者だけどそうじゃない。」
意味がわからん…。こういう手合の相手をしていたら疲れるだけだ。
「言い直す。出ていけ。さもなくば実力で排除する。」
「まあまあ。こいつも話に混ざっていた方が良い。」
俺は威圧しようとしたが、シュタイナーに止められた。
「すまんな、シュタイナー。俺はブレイズ。テドロアの街のシーフギルドのギルドマスターだ。」
笑顔で歯をキラリと光らせながら自己紹介するオッサン。正直言って若干ウザくてイラッとした。
しかし、こいつがシーフとか言われても信じられない。こんなムキムキマッチョなツルピカシーフなんて見たことがないぞ。手先が器用だとか、そういう風には見えない。
シーフのギルドマスターなんていうのは、大体が中肉中背の胡散臭いオッサンか、妙齢の美女がやるって相場が決まってるんだが。勿論相場とは俺の主観の事である。
「疑っているようだが、それは本当だ。この俺が保証する。」
シュタイナーが肯定したので、遺憾ながら信じることにした。
「で、そのシーフギルドのギルマスが俺に何の用だ?」
シーフギルドとは、一般的に非合法な盗賊組織と思われがちだが、あながちそうでもない。
本来は、遺跡発掘の技術継承と都市や国家の諜報機関を兼ね備えている。
非合法な事も扱うがそれは犯罪者を統制するためであり、本来の目的もあって必要悪の組織というのが世間一般の認識であった。
ただ、ギルドメンバーは社会からドロップアウトしたやつが多い為どうしても質にばらつきがあり、中にはゴロツキの様な奴も居る。
さっきの二人組がわかりやすい例だな。ギルドとしては人手に限りがあるので、そういう奴も上手く使わないといけないのが悩みどころだと聞いた事がある。
だが、どうみてもこのオッサンはシーフではない。どちらかといえば山賊だ。タフさを前面に出して力押しという感じがするからな。
「表向きはシーフギルドマスターだが、本来の俺の役割は国家の諜報機関員なんだ。まあ公然の秘密ってやつだがね。」
今度は俺が緊張する。こいつは羽毛の件で来たとは思えない。
それなら堂々と来るはずだし、シーフギルドを使うと色々とややこしくなるから、国家もあまり使おうとはしない。
やはり今回の悪魔関連で調査していたってところだろうな。
「手出しをしてくるというのなら、報復させて貰う。それ相応の覚悟をする事だ。」
だが警戒する俺を余所に、ブレイズが予想外の事を口にした。
「別にそんな事をしにきたわけじゃない。俺がおめーに用があったのは、勿論今回の件についての確認もあるんだが本題は別だ。このまま何も知らないままだと、おめーが可愛そうに思ったからだよ。
ついでに、この際国家の思惑を知って貰おうかと思ってよ。」
「この噂の事もそうだが…、そもそもあの遺跡が何故今になって現れたのか、知っているか?」
「いや。俺がこっちに来た時には、既にあったからな。」
「だったら、俺の話を聞いておいたほうがいいと思うぜ?」
「わかった。」
そこまで言われたら仕方がない。俺はブレイズの同席を許可する事にした。
今回の事はそう単純な話ではないらしい。
どうやら俺は、思ったよりも面倒な事に巻き込まれている様だった。




