29話 シーフギルドからの接触
市場にやってきた俺達は、売り物を物色していた。
朝市で元気な声を張り上げる者や、手に物をもって売り歩く者もいる。
必要なものを買い集めるのが目的でやってきたが、まず必要な物をリストアップした。
「まずは何はともあれ食料品だよな。」
狩猟で取れるものは今のところ優先度が低いのだが、調味料や香辛料は絶対に外せない。
塩だけでは豊かな食事を保障してはくれないのだ。
その塩も一応自分で作れるのだが、色々工夫しているにも関わらず、やはり天然塩の旨さには負ける。
塩も様々な種類があり、同じ海水由来の塩でも産地や製法で味が全く異なるからだ。
塩が違うだけで普段の3倍は食べることが出来たりする。特に粗塩は様々な成分が豊富でとても旨い。
俺は様々な調味料を大量購入した為、全部で都合大金貨1枚分のお金が飛んでいった。俺が大金を支払うたびに周囲の人も目を丸くしていた。
希少な物は嵩張らなくても値が張る物だから、これは仕方がない事なのだ。
買った物は全部ザックに入れるふりをして、そのまま空間収納に放り込んだ。
俺は食に妥協はしたくない人間だが、これだけ一気に大量購入したのは何も俺のためだけではない。
今後の目標が先程1つ増えたからだ。それはグレースに関係している。
悪魔は食事を必要としない。食べようと思えば食べられるのだが、基本的に食事は不要らしい。
周囲から魔力を吸収しているので、それで事足りるという事の様だ。
でも折角生まれてきたのだから、楽しみを1つでも増やして欲しいと俺は思う。
そう思っていた所、ちょうど目の前の屋台でアンチョビ入りの卵サンドが売られているのが目に入った。ちょっとお洒落で美味しそうだったので、早速買ってみた。ゆで卵にマヨネーズとアンチョビが混ざり、そこに玉ねぎの食感が合わさっている。アンチョビの塩加減が程よく効いていてとても美味しい。ボリュームも結構あり、満足出来る逸品だった。
グレースにも食べて貰ったところ、とても美味しいと喜んでくれた。
その笑顔がすごく素敵で、俺はまた見たいと思ったものだ。美人が食べると本当にそれだけで絵になる。
店先だった事もあり、それでちょっとした騒動になったのは誤算だったが。
グレースの屈託のない笑顔に釣られた男性陣が、その屋台の前に次々と行列を作ったのだ。
お陰で屋台はてんやわんやの大騒ぎ。俺達には感謝しきりだったな。
しかし自分で言うのもなんだが、男とは本当に分かり易い生き物だよな。食べ物1つで釣られる女が居るわけがないのに。
調味料と香辛料を確保した俺は次に食料品を買い求めた。
今空間収納には携行食を別にして、兎肉、猪肉、鹿肉が入っている。クイックバードの肉はギルドに納品してしまったのでもう無い。
ここで俺が買い求めたのは、パンと魚だった。
パンは柔らかくて食べ易い少し高級な物にしてみた。
そして魚だが、この辺りに海は無いが大きな河が流れており淡水魚が取れる。
この辺りの主な魚はあまり大きくないので、基本は串焼きになる。
それでも塩をふりかけて焼くととても香ばしい匂いがするし、今の時期は脂も乗っていてとても美味しいのだ。ちなみに淡水魚は海水魚以上に寄生虫が怖いので、生で食べると死ぬ可能性が結構ある。だから、必ず十分に熱を通してから食べる事が肝心だ。
あとは生鮮野菜だな。これについては一切妥協しない。これも次々に購入していく。
野菜を見ていると、俺の農家としての血が滾るのだ。専業ではなかったが、俺には農業戦士の熱い血が流れている。
野菜には生きていく上で必須の栄養素が大量に含まれているから、野菜を疎かにする者は必ず病気になる。だから妥協は許されない。
とはいえ俺は野菜だけの食事は否定する。極端に栄養が偏った食事を避けて、バランスの良い食事を取ることが大切だと思っている。
別に人の好みは否定しないが、俺はグレースを肉食主義にも菜食主義にもするつもりがないからな。
でも、菜食主義の悪魔っていうのは何だか新鮮な響きだな。イメージが壊れまくって面白いけど。
ところで虫は買わないのかと思った事と思うが、俺は虫を買うつもりがない。
昆虫は良質な栄養源になるのだが、残念ながら俺はあまり好きではないのだ。
だから食べることは食べるが、俺の食卓にはまず上ることがない。
里に居た頃も積極的に取りに行くことはせず、農業や生活の邪魔になって駆除したやつだけを食べていた。
死属性魔法の中には虫を操る物もあるのだが、腐敗に関わる負の系統の虫が多い。俺があまり虫を好まないのはその辺りが関係している様に思う。
ちなみに負の系統というのは俺が勝手に呼んでいるだけなのだが、昆虫には2種類の系統があるように思えてならない。
1つは蝶、トンボやてんとう虫等の生態に益のある事をする虫達で、もう1つは蝿、蛾、ムカデ等の所謂害虫と言われる虫達のことだ。
それぞれを目にした時に受ける印象も大きく異なるので、なんとなく言わんとすることが分かってもらえると思う。負の系統の虫は、目にして気分が良いものは居ないからだ。それで、前者を正の系統、後者を負の系統と俺は呼んでいる。
伝説の悪魔に蝿の王と言われる存在が居るらしいが、さぞかしおぞましい姿なのだろうと思う。
話が脱線したので元に戻すが、あとは携行食を買って食料品については終わりだな。
他に買いたい物は衣類と雑貨だ。
俺達はグレース用の旅装束を買い求めた。本当はきらびやかな衣装やアクセサリーを買って着飾りたいが、今はその時間が惜しい。
だが買うとなると、恐らく今日1日では終わらないだろう。何故なら、旅装束を1つ買うだけで1時間もかかったのだから。
悪魔であってもやはり女の子だからな。グレースにもこだわりがあって当然だ。
そんなグレースが今回最も気にしていたのは、肌の色との兼ね合いだったようだ。
今は魔法で肌の色を変えているので、その肌の色と本来の肌の色の両方で似合う色を選びたかったらしい。
試着室に入っては、魔法を解いたりかけたりして肌の色を変えて何度も確認をしていた。
美人だから何を着ても似合うのだが、俺はそれは言ってはいけない事だと思った。
悩んでいる姿は見ていて可愛らしいかったので、待っていてもそれほど苦痛ではなかった。
あとはテントとか毛布だな。俺のテントは1人用と狭い為、2人用を2つ購入した。グレースに睡眠が必要ないとはいえ、俺は一人の女性として扱うつもりだからこの辺りの気遣いは必要だと判断したわけだ。
グレースは遠慮しているようだったが、どの道俺には睡眠が必要なので購入した。片方は予備だ。女の子を夜露に悩ませるわけにはいかない。
魔物殲滅作戦でも大金を消費したが、それでもまだ大金貨が3枚は残っているからな。余裕のある内に買っておきたかった。
とりあえず買い物はこの位で良いか。
買い物を終え、屋台で買ったこし餡饅頭を二人で食べながらハンターギルドに向かっていると、人通りが少ない道に差し掛かった辺りで妙な二人組みに絡まれてしまった。
すぐに俺達はさり気なく日陰に移動した。
「兄さん、さっきから見ていたが、随分と羽振りがいいじゃねえか。」
「おまけにそんな別嬪まで連れてよ。俺達もあやからせてくんないかな。」
チンピラか? 俺は買い物中にちょっとした用で魔法を発動していたので、何者かがずっと後をつけているのはわかっていた。どうやらこの二人だったようだな。
しかしこのタイミングで来るとは面倒な奴等だ。そのまま打ちのめすことも出来るが、今はあまり目立ちたくなかった。
とりあえず普通に口だけで追い払ってみよう。
「やあ、兄弟。あれはうちのボスに言われて買い付けたやつなんだ。ヤバイやつもあるみたいだから下手に首をツッコむと消されるぜ?」
なるべくチンピラっぽく心がける。
「ほー。うちのギルドに関わってないくせにヤバイもんに手出してるなんて、見過ごせねえなあ。」
あれ? なんだかマズった気がする。実は単なるチンピラでは無かったのか。
「大根役者すぎるだろう、ベリルさんよ。」
やはり俺の事を知っているのか。面倒な事にならなければ良いんだがな。
「おおっと、怖い顔しなさんな。別にこっちはあんたらに何かしようってわけじゃない。ちょっくらこちらの話を聞いてくれりゃ良いのよ。」
目的は何だろうか。金を欲しがったり、グレースにちょっかいを出そうという態度には見えない。
それにしても、ヤバイ事に関わる様なギルドはあまり存在しないので、今の会話で想像がついた。
恐らくこいつらの所属はシーフギルドなのだろう。アサシンギルドなら、こんなに白昼堂々とは接触して来ないはずだからだ。
「話っていうのは何か知らんが、聞くつもりはないぞ? どうせ碌な事じゃないだろうからな。」
こいつらはどうやらシーフギルドの連絡員の様だが、話の持って行き方がおかしい。どういう指示を受けてるのかは知らないが、これで拒否しない奴が居たら見てみたいものだ。
「これまた嫌われたもんだな。だが、お互い脛に傷を持つ身だろう。話を聞いたほうが賢明だと思うぜえ。」
「それはお前らだけだろう。俺には関係がないな。」
「こっちにも都合ってもんがあってな。悪いが来て貰うぜえ。」
そういって奴等は懐から光る物を出してきた。交渉決裂というやつか。
しかし、こいつら連絡員のくせにこれかよ。大方ギルドの指示を笠に着て、甘い汁を吸おうとしていたのだろう。結局チンピラと何ら変わらなかったわけだな。
シーフの二人組はニヤついている。何がそんなに楽しいのだろうか。
「へっ、魔導師が相手とはいえ、詠唱する時間さえ与えなければこっちのもん…グヘッ!」
何の前触れもなく突然吹き飛ばされていったチンピラ1号をみて、呆然とするチンピラ2号。
「な、何が起こって…ウワーッ!」
続けてチンピラ2号も吹き飛ばされて行きましたとさ。
「良くやった。ありがとう、グレース。」
俺はグレースを褒めた。実は俺達は何もしていない。
どうしようかなと考えていた俺だったが、どうやら奴等が接触するのに先立って、グレースがシャドウデーモンをこっそり召喚していたようだ。それに気づいた俺はグレースを信じて任せたのだった。
シャドウデーモンは、陰に潜む悪魔として知られた上級悪魔だ。陰に身を潜め、突然陰から出て襲いかかってくるので油断ならない悪魔なのだ。
だが、シャドウデーモンの一番の恐ろしさはそこではない。本当に危険なのは、明かりのない夜や暗闇の中に居る時だ。
奴等は闇の中ではその姿を一切見せること無く、自在に動き回るのである。気配感知の出来る手練れか、対抗策のある魔導師か神官系でも居なければ、シャドウデーモンに勝つ事は難しいだろう。
グレースはシャドウデーモンに対して、奴等がこちらに害をなそうとしてきたら、傷つけずそのまま排除するようにと命令していた。それでシャドウデーモンは陰から突風の魔法を使い、奴等を吹き飛ばしたというわけだ。
俺は予め町中で人間を傷つけないようにとお願いしていたが、その約束をきっちり守ってくれたグレースに俺は感謝した。
お願いした理由は至極単純で、人に害をなしてしまうとそれが暴動の引き金を引くことに成りかねないからだ。
しかし、やはりグレースは普通の悪魔ではないようだ。上級悪魔のシャドウデーモンを手足のごとく扱えるのだから、その格はかなり高いとみるべきだ。シャドウデーモンの上となるとグレーターデーモンの格になり、さらにその上はアークデーモンの格になる。
グレースはアスタロートの配下だ。たかだかグレーターデーモンごときを最上位クラスの悪魔であるアスタロートが寄越すわけがないのだ。どう考えてもアークデーモンかそれ以上の格である事は明白だった。
今回のことを理由にシーフギルドがそのうち何か言ってくるかもしれないが、もはや関係する事はないだろう。どうせこの街を出ることは、もう既に確定しているのだから。
ハンターギルドへの道すがら俺はそう思っていた。
そしてハンターギルドに到着した後、俺の見込みが甘かった事を思い知らされたのであった。




