27話 プロポーズ
仮眠から目覚めた俺は、殺風景な執務室の中に居た。
既に朝の鍛錬も終わっているのだが、グレースは未だ現れていない。
もうすぐ陽が登るはずなので、余裕を見てお昼過ぎにはテドロアの街に戻りたいと思っている。
そう言えば後で合流するとは言ったものの、それが何時と言う話はしていなかった。どうするかな。
「グレース? アスタロート? そろそろ出発するんだが、誰か居ないか?」
俺は虚空に向かって呼びかけてみた。
アスタロートに用がある時は、グレースに伝言する様に言われている。それは分かっているのだが、その肝心のグレースが居ないのでは呼び出し様がない。
呼びかけに応えてくれたのだろうか。目の前の空間が揺らぎ、アスタロートが姿を現す。
「漸く出発するのか。待っていたぞ。」
「魔界に帰ったんじゃなかったのか?」
「元から余は魔界から離れては居らぬよ。これはただの分体に過ぎん。」
分体とは、悪魔が自分の魔力を基に生命力を分離させて作り出した分身体だ。遠隔で自らの思い通りに動かす事が出来るので、分体は本人そのものと言える。しかし本体とは違い、その能力はこめられた魔力と生命力に左右される。
生成出来る分体の数は魔力量と生命力の強さによって変わってくる。また同時に操作出来る分体数は、本人の知能指数に依存するらしい。
アスタロートほどの悪魔になれば、どの程度の数の分体を操っているのか全く検討もつかない。
しかし分体でこの強さなのか。本体の強さはこれより遥かに強いと考えると、やはりアスタロートは最上位に近い悪魔なのだろうな。
「呼び出してすまなかった。起こしてしまったかな。グレースが今はいないから、黙って出発するのも悪いと思ってな。」
「構わん。我ら悪魔に睡眠は不要だからな。それに、ここの状況は常に把握するようにしているので特に問題はない。」
常に把握しているということなら、ちょうど良い機会だから昨日の事を聞いておこうと思った。
「出発前に昨日のことで聞きたいんだが…。」
「昨日は誠に天晴であったな。そなたは若輩の身でありながら、なかなかの男ぶりではないか。然しもの余もあれには感嘆したぞ。」
やっぱり見ていたのか。アスタロートがニヤニヤとしている。
「すまん。教えて欲しいのはまさにそこなんだ。どうも俺の認識と、アスタロートとグレースの認識に齟齬があるみたいでな。そこを確認しておきたいんだ。」
「まさか、昨日のあれは別に狙ってやったわけではないというのか?」
「だから一応確認しておきたいわけだ。」
「惚気ではないのだろうな? 答えるのは一向に構わんが、そなたは結果についてどう思って居るのだ?」
結果、か…。悪魔とはいえグレースは可愛いくて美人な上にスタイルが最高だ。外見的な評価をするならば、満点としか言い様がない。また、年齢的にも問題ないだろうし、あとは道徳的な問題だろうか。悪魔とお付き合いするわけだからな。まあそこは今考えなくて良いか。
もしグレースでなく、他の奴だったらどうだっただろうか。性格等の細かい所は、正直言ってお付き合いしてみないとわからない事も多い。だが、一緒には過ごした時間は限りなく少ないが、今の所グレースには嫌な感じが全くしない。
むしろ人間と悪魔という種族差から考えると、あちらに嫌悪されるのが普通だ。契約を通さない関係であれば、人間に好意的な悪魔は少ない。それにも関わらず彼女は最初から対等で居てくれた。人格が素晴らしいのか性格が良いのか、その両方かもしれない。これから長い付き合いをしていく上でも理想的な相手だ。来てくれたのがグレースで良かったと思える。
いや、違うな。俺はグレースだから良かったのだろう。考えれば考えるほどに、グレース以外はとても考えられない。
ふと気がついたが、俺はひょっとしなくとも勝ち組になったのかもしれない。
普通に考えたらグレースの様に理想の相手と思える存在が、俺の様な死属性魔導師の伴侶になる可能性は限りなく低いだろうから。
「素直にいうのも恥ずかしいが、正直言って最高に嬉しい。むしろグレースじゃなければ嫌だ。彼女の存在は、俺の人生で最大の成果かもしれない。」
本人には申し訳ないが、勘違いしてくれて良かったと思う。
「随分な喜び様だな。そなた達は人間と悪魔なのだぞ? 本気なのだな?」
「ああ、間違いなく本気だ。それに悪魔と人間だからだよ。俺は恋愛とは男性も女性も受け入れて貰って成立する物だと思っている。種族差を考えれば、俺は嫌われてもおかしくない位なんだ。グレースの性格の良さが分かるというものさ。」
「それならば良い。」
「確認したいのは、何故ああいうやりとりになったのかという点なんだ。」
「昨日のそなたの行動の意味か。まあ余の配下のことでもあるわけだからな。噛み砕いて説明しよう。今後同様の事でトラブルが発生しても困るからな。
まず、そなたがグレースにしたことはプロポーズだ。それはわかるな?」
「ああ。何故かそういうことらしいな。」
「グレースは余が呼び出した悪魔であって、そなたが自ら召喚した者ではない。
普通悪魔が自らの意思でこちらに現れることはない。魔界とこちらの世界を繋ぐ道を越える事は、容易い事では無いからな。
そなたとグレースは完全に対等な関係で出会ったという事になる。」
「その通りだ。グレースも最初にそう言っていたから良く覚えているよ。」
「そなたとグレースは契約をしない対等な関係という仲で、名付けを行ったわけだ。しかも生まれて20年も経たない若年の異性を相手にだ。」
アスタロートは確認するように言葉を続けている。
「グレースもそう言っていたな。多分俺と同い年か、それより少し上だと思う。」
「そなたはグレースに名前をつけた。そしてそれをグレースは受け入れた。
これはつまり、そなたがグレースに対してベリルという存在を主張したことになる。グレースはベリルの命がある限り保護する対象である、と。」
何だか自分が思っていたのと全然違う気がする。
「悪魔は寿命を持たん。つまり、先程の言葉を言い換えると、ベリルはグレースを未来永劫守リ続けるという宣言をしたことになるわけだ。これほど強烈なプロポーズは他に無いぞ?」
なんてこった! 非常にクサい台詞だったわけか。つまり俺は初対面の悪魔であるグレースに対して、熱烈に愛を語った事になる。
「ここまで言い切る者は、悪魔でもそうは居ない。あの時のお前は真剣だった。だからグレースもそなたに心を開いたのだろう。」
一世一代の大告白をして、それをしっかりと相手の上位者に観察されていたわけか…。
猛烈に恥ずかしくなってきた。恥ずかしすぎて、このまま死んでしまいそう…。
「何を一人で身悶えしておるのだ。心配せずともグレースは見た目通り若いし純粋だ。グレースは悪魔だが、悪魔全てが悪を成すわけではない。それともお前の気持ちは嘘だったのか?」
良くも悪くもグレースは素直だった。悪魔らしい擦れ方もしていなかった。だから純粋に俺の言葉を受け止めたのだろう。
「いや、順番は違っていたけど、気持ちに間違いはない。改めて俺はグレースを一生守る事を誓う。」
今回のことは文化の違いに端を発していると思う。はっきり言うと、俺はグレースに誤解させてしまったわけだ。
俺が彼女に名前を付けたのは、意思疎通で不便が無い様にと思ったのもある。しかし何よりも彼女に名前が無いままでいるというのは、彼女個人を一人の存在として見ていない気がして嫌だったのだ。そんな失礼な事はしたくなかった。
でもこれを言ってしまうと、きっと彼女は俺が同情しただけだったのだと思い、傷つくことだろう。今は彼女個人を見ての気持ちだから、余計な一言になるだけだ。
だから俺が言うのも変だが、今回のことは奇跡的な確率の上に成り立っているのだと思う。
「誰に感謝したらいいかわからないが、ありがとう!」
「それなら二人を引き合わせた余になる…と言いたいところだが、違うな。あの時、余は別にグレースを指定して呼び出したわけではないのだ。」
別に誰でも良かったのか? じゃあ何故グレースが来たのだろうか。
「ああいったものはその時に反応した者が現れるのだ。勿論ある程度基準を設けてそれ以上の者という様に、魔力によって条件付はしているが。」
呼び出した相手が、求める水準に達していなかったら意味がないものな。
「じゃあ尚更グレースが来た理由がわからないのだが。」
「恐らくそなたと波長が合ったのだろう。相性が良いと言い換えても良い。」
「ということはグレースはまさに俺の運命の相手だった、ということか。」
「それを決めるのはそなたらに任せるとしよう。グレース、そうだな?」
振り返るといつの間にかグレースが俺の後ろに居た。うつむいた顔からその表情は見えない。だが声を殺して涙を流している。
これはひょっとしてかなりヤバイ事態になっている?
「えっと、どこからお聞きになられてましたか…?」
「最初から全部…。」
全く気づかなかった。それだけ彼女の能力が高いからなのだろう。
しかしこれは非常に気まずい。もう終わったかもしれないが。アスタロートは、なんで教えてくれなかったんだ!
「そなたの顔を見れば言いたいことはわかるがな。悪魔の余が言うのも変な話だが、今必要なことは誠意だな。」
そうだよな。傷つけてしまった事に変わりはない。人を語る以前に、俺は男だものな。
「傷付けてすまない。勘違いをさせてしまったけど、グレースは俺の大切な仲間だ。
俺には君が必要なんだ。って思ってた。でもさっきアスタロートと話ししている時に思ったんだ。俺は誰でも良かったんだろうか?って。
そう考えた時、気づいたんだ。君だから良かったんだ。俺はグレースじゃなければ駄目だったんだって。」
グレースは黙っている。言葉の続きを待っているのだろう。
「だから、俺と一緒に居て欲しい。俺が君を一生守るから! 俺と結婚してください。」
「うわーん!」
グレースが大泣きした。女の子を泣かせてしまった。俺は最低だな…。
「俺なんてもう見たくもないだろう。アスタロート、済まないが彼女を戻してやってくれないか? 手伝いは他の配下にでもお願いしたい。」
辛いけど俺が悪いのだから仕方がない。彼女には悪いことをした。
「駄目! 旦那様のパートナーは私です!」
グレースは大声で俺を遮り、抱きついてきた。
「泣いてしまってごめんなさい。でもすごく嬉しくって。貴方は私が思った以上に素晴らしかった。私で良ければ妻になります。いえ、妻にならせてください。」
当然俺は否も応も無い。
「こちらこそ宜しくお願いします。」
そこには大輪の花が咲いたような笑顔のグレースが居た。
本当に良かった。俺はグレースを大切にしようと思う。もう絶対に泣かせたくないからな。
「まったく。余の前で見せつけおって。」
アスタロートには世話をかけた。感謝する。
こうして誤解が解けた俺達は、早速出発することにした。
「さて、ちょっと予定より遅れたけどこれから出発しよう。今から出たら遅くとも夕方までにはテドロアの街に到着するだろう。」
意気揚々と出かけようとした所、アスタロートから予想外の言葉を掛けられた。
「何を言っておる。そなたは歩いていくのだろう? そんな時間に到着する事は出来ないぞ。」
普通に歩けば5時間もあれば到着するはずで、アスタロートも知っている事なのだが、何か認識に齟齬があるのだろうか。参ったな。
「そなたは勘違いをしているようだな。あの時に気づかなかったのか?」
俺にはアスタロートが言っている意味がさっぱりわからない。俺は何を勘違いしているというのだろうか。




