25話 守護者
まず自分に置き換えて考えてみる。
戦場で魔力枯渇に陥った場合、まずは状況を確認して己の生存手段の確保に走るだろう。
魔術師の生命線は魔力なので、それが枯渇したとすればまず考えることは戦線の離脱だ。
そして、同時に可能であれば魔力を回復する手段を探す。
戦線離脱が不可能で魔力の回復手段が確保出来なければ、生き残るためにもなんとか敵を倒すしかない。武器を手に取り、己の肉体の限りをもって相手を倒そうとするだろう。
次に、封印が魔力枯渇に陥った場合を考えてみる。
封印自体は生命体ではない。従って自己生存が優先されるわけではないので、戦線の離脱という選択肢は無い。
最も優先される事は、与えられた役割を果たすことだ。
つまりそれは、混沌の勢力の侵入を防ぐためにディメンション・クロスポイントを封印するという事に他ならない。
それを魔力枯渇の状態でも続行しようとするならば…、いや違うな。普通に考えたら、魔力が枯渇する前に何とか魔力を回復しようとするだろう。
封印は設置されたものであって移動は出来ない。ならば魔力充填の手段を他に求めるしか無い。
だが先程の話で封印が必要とする魔力とは、混沌の世界と混じり合った魔力だと言っていた。そして封印の動力は生命属性の魔力だという。
言い換えると、封印は生命属性の魔力を動力として活動し、封印を維持し続けるためには混沌の世界と混じり合った魔力を必要とする。そして、その魔力は生命属性の魔力を変換した物である。
先程こいつは、『生命属性は、生命の創造、その維持、そして成長に深く関わっている』と言っていた。そして『生命属性という物は、生命の象徴たる命に関わる属性だ』とも言っていた。
封印という存在が維持を続けるために生命属性の魔力を必要とし、その属性は生命の象徴だという。
これを言い換えれば、生命属性は魔力という形を取った生命そのものだとも言えるわけだ。
そして魔力は自動精製出来ないと言っていた。となると結論は絞られてくる。
「つまり魔力が充填されずに貯蔵された魔力量が一定値以下にまで落ち込んだ場合に備え、封印には自身を維持するために普段のそれとは全く違う特殊な機構が組み込まれている?」
「それで?」
「その際は、安全回路が働いて特殊機構が周囲の生命力を吸収し、魔力に変換する。」
更に、と俺は続ける。
「種族としての差を考えると、人間は生命力が動植物よりも多い。加えて人間は個体数が多く、街という場所に纏まっているため吸収対象とするのに最も都合が良い。」
「だが、あのシステムは変換効率が最低なのだ。」
高位悪魔が言葉をつなげることで、俺の推測を肯定した。
変換効率が悪いなら、犠牲者が大量に出るということになる。
そうか、なるほどな。こいつが言わんとすることが漸く分かった。
もし俺が協力をしなければ、封印の維持の為に近隣の者は生命力を奪われていく。やがて皆死滅する事になるが、それでも良いのかというわけだ。
何と恐ろしい話だろうか。貴方の人質は街の人全員の命ですってね。
これでは封印そのものを封印したほうがいいのかもと思えてくるな。言葉にすると訳が分からないが。
「わかったよ。依頼を受けよう。他に選択肢が無い様だしな。」
拒絶出来ない依頼なんて、好きに利用されている様で正直気に入らないのだがしょうがない。
「それと先程そなたは百箇所と言っていたが、それは封印の数だ。封印を破るためにはこの百箇所の封印を全て破壊しなければ、扉に至る道が現れることはない。
余は最初に、山全体が1つの封印だと申したであろう? 魔力の充填に限っては、1箇所で近隣全ての封印の充填が可能になっているから安心するが良い。
魔力経路は不可逆になっている故、1箇所を制圧したところで他の封印の所在を特定することも出来ない様になっている。」
「じゃあこれで終わりってことか。あっさり終わって良かった。後はよろしくー!」
「すぐに帰ろうとするな! 『ディメンション・クロスポイント』はここだけでは無いぞ。」
「デスヨネー…。」
どうせそんなことだろうと思った。これでは穏やかな生活なんて無理なんじゃないの? 俺は静かに暮らしたいだけなんだが。
「なに、充填したらしばらくは持つからな。1度やって貰えればそれで良い。」
「その1回が大変なんですがね。」
「そうはいっても、こればかりはやって貰らわねばならん。1度の充填で保つのは三千二百~五百年程度と聞かされているからな。」
幅が三百年って、ちょっと広すぎないか? 誤差ってレベルじゃないと思う。
「三千二百年ってことは、既に枯渇しかかっている封印もあるという事か?」
「言うに及ばずだ。故に、すぐにでも取り掛かって貰うぞ。」
猶予が無さすぎるだろう…。
「今の所、封印が解けた所は無いんだよな? さっさと終わらせたいから、他の封印の場所を教えてくれないか。」
「他の場所は知らぬ。」
「冗談だろう?」
マジかよ。依頼しておきながら、突き放すとか勘弁して欲しい。
「下手に漏れると危険すぎる情報なのだぞ。場所は秘匿されていて当然であろう。
このテドロア大森林以外の封印の場所までは余も知らぬ。『魔神殺しの大賢者』は慎重な男であったが故な。
だが、安心するが良い。全属性適性を保つ守護者が近づく事で、その者に封印の場所がわかるようになっておる。」
裏切り者や情報漏れの可能性かを考えたのか。
近くにいけばわかるだけマシなんだろうが、それでもアタリをつけなくてはならないわけか。
しかし、せめて『ディメンション・クロスポイント』の数くらいわからないと困るな。終わりが見えないぞ。
「そもそも守護者というのは?」
「『ディメンション・クロスポイント』の封印を守護する役割を持つ者の総称だ。
封印付きの守護者は、ほとんどは悪魔が担っている。定命の者ではとても耐えられんからな。
守護者に課せられた使命は、主に封印の維持管理になる。管理はそれぞれ封印付きの守護者がついているので、そちらに任せておけば良い。そなたは維持が主任務となるな。」
「ぶっちゃけた話、俺は魔力供給係か。畑へ水をあげる担当のようなものか。」
「それだけではないぞ。封印が解ければ混沌の勢力と戦い再封印することが必要になる。それに封印を破壊しようと蠢く者もいるのでな。」
面倒なやつがいるもんだな。あんなのが居たって良い事なんて一つもないぞ。
「そいつは迷惑な話だな。ところで俺が登録するのは良いんだが、いくつか聞きたいことがある。」
「登録は既に完了している。最初に魔力変換装置に手をあてた時にな。それで、質問とは何か。」
「1つ目。封印の数はどの程度あるのか? また場所の検討はつくか? 先が見えなさすぎて困る。
2つ目。封印は混沌以外もあるのか? その扱いはどうする。
3つ目。封印が破られた時、何か連絡はあるのか? いきなり混沌の勢力で溢れかえられては困る。
4つ目。他に俺のような守護者はいるのか? 戦いになった時、俺は独りだが手伝ってくれる者はいないのか?」
「順番に答えていこう。封印の総数ははっきりとはわからんが、『ディメンション・クロスポイント』は余の推測では10もないだろう。
場所の特定は難しいが、はっきり言えることは人の手が入っていない所になるだろうな。何せあちらの世界へのゲートが開くところだからな。侵攻された場合はそこが戦場になる。
当時そこに街があったとしたら、強制移住になっているはずだ。
ここのように地形は当時と変わっているだろうから、まずは自然豊かな人里から離れたところから探すのが良いのではないか。」
妥当なところだな。いかに守りが強固であろうと、被害者を出す可能性を無くすのは当然の事だ。
「次に『魔神殺しの大賢者』が封印したのは、混沌の勢力がいる次元だけだ。
しかし、もし他にも封印を見かけたらフォローしてやってくれ。
数はわからんが、混沌の勢力以外に敵対的な勢力が居なかったわけではないからな。」
努力目標のような言い方だが、これも義務とみていいだろうな。
「それと封印が破られた時のことだが、封印が解けると神託があるはずだ。
我らにも上位者を経由して神々からの情報が伝達される事になっている。」
「神々から悪魔に連絡が来るのか?」
「神とて善神ばかりではなく、中立神もいれば邪神もいる。
たしかに過去に諍いがあり、必ずしも関係が良好というわけではない。
だがこういった事については、その様な事情は無視して良い。混沌の勢力相手に天使も悪魔もないからな。」
奴等にすればどちらも敵でしかないわけだ。
「最後にそなたのような守護者がいるかということだが、居ることは居る。
しかし、実数としてはほとんど居らず、我のような最上位に近しい者が兼務している程度だ。」
「思ったよりかなり少ないんだな。」
「我らが司るものはこれだけではないのだ。1つの事にかかりきりになるわけにもいかん。
それに、そなたの代わりを出来る者は居らんのだ。仕方なかろう。」
世界の存亡がかかっている話なのに、案外ドライなんだな。
「しかし、これが一番わからないことなんだが、何故俺以外に誰も出来ないんだ?」
「生命属性適性を持つ者が居ないからだ。」
「居なければ用意すればいいだろう?」
「さっきも言った通り生命属性適性は神の力その物なのだ。故に生命属性適性は本来神々にしか宿ることはないのだ。
だが、神々は世界への直接介入が制限されている。例え世界の存続に関わることであれ、例外を作るわけにはいかないのだろう。」
「天使と悪魔では駄目なのか? 適性を持たずとも生命属性を知る事で、知らない者に比べて神聖属性魔法の結果が大きく変わるよな? それと同じでなんとかならないのか?」
「根本的に別の話だ。我らは人より神に近くとも、神へ至る道は人より遠い。
下位者が上位者になることは出来ない以上、我らが神の力に触れること能わず。」
言い回しが難しいが、無理だという事だけは分かった。
もし混沌の勢力との対峙する可能性があるなら、サポーターなりバックアップが欲しいのだが、これは期待薄かな。
「伝えるべきことは伝えた。一度外に出よう。」
そうして高位悪魔と共に部屋を出て、白骨遺体の部屋に戻ってきた。
「しかし、そなたをそのまま送り出すのは些か不安が残る事もまた事実。
よって、d7Tx3N&mK1r%WqY。」
何だ? 俺の耳がおかしくなったのか? 悪魔語の翻訳の不具合か?
「おい、何を言っているのかさっぱりわからないぞ。」
「ん? だから、余の配下を遣わそうと言ったではないか。余の話をもう少し真剣に聞け!」
怒られてしまった。今のは何だったのだろうか。よく分からん。
「来い。」
高位悪魔が手を一振りすると、床から輝く黒い球体が現れた。
「御前に。」
何者かを呼び出したようだが、こいつが俺を手伝ってくれるというのだろうか。




