22話 対面
俺がテドロアの街を出て5時間が経過した。
道中何事もなく順調に進むことが出来たわけだが、時刻は既に午後3時を回っている。
俺は再びこの遺跡の前にやってきた。前回は不幸な行違いがあったが、今回は相手にご指名をいただいている。
所謂正式訪問という事になるのだが、さてどうなることやら。手荒い歓迎がくるか、それともまともな交渉になるのだろうか。
無事生き残れるのかすら定かではない。俺はこの光景を二度と目にすることが出来ないかもしれないな。
入口を確認すると、先程ギルドで聞いた通り門衛も何も居ないようだ。
どうせ相手は悪魔だから、俺の侵入には気づいているだろう。
せっかくのご招待だし、無断侵入もどうかと思うのでノックくらいしておくか。
俺は純粋に魔力だけを洞窟最奥に向けて飛ばした。4回ノックをした後に続けてもう4回するのが正式なノックの作法だ。
魔力は、個人事に魔力波形等のパターンが若干違う。古代文明には、魔力による個人認証システムがあったらしい。
悪魔に通じるかはわからないが、これで俺が一応敵意を持ってここにやってきたわけではないという証明にはなるかな。
そもそも今回の事態を悪魔がどう受け止めているかは知らないが。
悪魔は人間にとっては異質な存在だ。種族どころか身体を構築する物質を含めて、人間とは全く異なる存在なのだ。
それ故に人は本能的に悪魔を恐れるのだが、俺は普通の人間ではない。そう言うと語弊があるか。
人間ではあるが俺は死属性適性を持つ魔導師であり、補助として悪魔召喚陣を使い低級とはいえ悪魔を使役した経験を持つ。
それに俺自身が持つ全属性適性の恩恵が絶大であることから、あまり認めたくはないが人間という枠組みから少々外れている自覚はある。
俺もまたやや異質な存在なのだ。だから他の人間程には、悪魔に対して恐れも嫌悪感も抱いてはいない。
実際のところ、悪魔よりも混沌の勢力の方が余程異質な存在である。奴等の存在は、人の根源的な恐怖を呼び覚ますからな。
ノックが有効だったのかはわからないが、俺は何の障害もなく最奥の部屋へ到着することが出来た。
今度は手でノックをして扉を開ける。そこには情報通り、高貴な衣服に身を包んだ高位悪魔が居た。
この前のアークデーモンよりも明らかに上位の存在だ。そいつは待ち構えるでもなく、普通に立っていた。
俺にとって高位悪魔との対面は2度目になる。俺は挨拶をしようと口を開く。
「ずるいぞ!」
「ハア!?」
しまった。つい口をついて出てしまったが、これが言われずには居られようか。
はっきり言おう。まず容姿が超絶イケメンである。しかも高身長でスラッとした体型なのだ。
流し目をするだけで、ほぼ全ての女性は彼に好意を抱く事だろう。
「すまん。つい言ってしまった。悪気はないんだ。」
いきなりの俺の台詞に悪魔は面食らっている。期せずして、俺は会話の主導権を握ってしまった。
「いきなり何事かと思うたわ。」
「まさか勝負が始まる前から既に敗北していたとは…。イケメンが憎い!」
「余の顔を見て早々にブツクサ言っておるぞ。それにこの背後より立ち上る禍々しいオーラ。こやつは本当に人間なのか? いや、そもそも頭がおかしいのではなかろうか。」
散々な言われ様だった。初対面なのに悪魔にすらボロクソに言われる俺って…。
「なんで高位悪魔は皆一様にイケメンなんだ! 世の中不公平すぎるぞ!!」
「そんな事言われても困るわ! 大体高位悪魔にだって女はおるぞ。まあ皆美しいがな。」
「お前それ全くフォローになってないからな!?」
「そもそも、お前はここへ一体何をしにきたのだ!」
「俺も知らんわ!」
脊髄反射で返事をしてしまった。いやいや、そうじゃないだろう、俺。
「いや、すまん。何故かご指名で招待されたみたいなのでな。こうしてやってきたというわけだ。俺の指名料は高いが、支払いは現金で頼む。」
「お前のように頭がおかしなやつを呼んだ覚えはないのだがな…。」
こいつ、まだ言うか!
「昨夜この近辺にある街の人間に伝言しただろう? その部下を倒した人間がやってきたのだが?」
「当然わかっておるぞ。魔力波形等をみればわかろうが。」
分かるようにノックしたのだから分かっていて当然なのだが、じゃあその罵倒は何なのだと。
「それで、そちらこそ俺に何の用だ? あいにく悪魔に知り合いはいないんだがな。部下を倒されたということで矜持が許さないとかかな? 報復するつもりなら全力で抵抗させて貰うが。」
一目見てすぐに分かった。力を抑えているから分かり辛いが、この悪魔の力は圧倒的だ。簡単に負けるつもりはないが、今の俺では絶対に勝てないだろう。
「まあそう警戒するでない。余は最初から戦うつもりは無い。そもそも我が配下を制止も聞かずに倒したのはお前の方であろうが。」
「俺は悪くない。大体人の寝込みを襲うから悪い。俺の睡眠を邪魔する等と、天地開闢以来の大罪だと知れ。倒されて当然だ。」
「侵入者に対する防衛しかあそこには置いておらん。例え入口であっても、侵入者は排除されて当然であろうが。」
「部下の不始末は上司の責任だ。身を持って謝罪するべきだ。」
「不始末ではないというに。そもそも侵入者はお前の方だろう。大体、腹が立ったからといって、そこにいた奴等全員に八つ当たりとか酷すぎるであろう。悪魔の話を全く聞かない奴に殴られたと、あやつも泣いておったぞ。」
話を聞かれなかったくらいでアークデーモンが泣くなよ…。
「まあ良い。ともかく呼びつけた用件を話そう。」
「そもそもこの遺跡はいつからあるものなんだ? ちょっと普通の遺跡とは違うようだが。」
「うむ。ここが作られたのはおよそ3200年前だ。とある封印の1つが設置されておる。」
3200年前というと、ちょうど『魔神殺しの大賢者』が生きていた頃の話だ。そんなに古い時代の遺跡だったのか。しかし封印とは何だろうか。
「封印とは何だ。お前達はその守護者だとでも言うのか?」
「『ディメンション・クロスポイント』だ。交わるは混沌。我々はそれを守っておる。ここは封印の1つでしかなく、実際のポイントは別に存在するがな。」
『ディメンション・クロスポイント』、所謂次元の交差点と言われる場所か。
この世界は多次元が並行して存在する世界と言われている。
水平方向に存在するわけではないので、世界同士がぶつかり合う箇所がいくつもある。その場所でゲートを開くことで、異世界と通じる扉が開いてお互いの世界を行き来する事が出来るのだ。
今となってはその技術も失われて久しいが、古代文明においては盛んに行われていた。異世界との交流で、様々なテクノロジー、魔法や財宝がもたらされたと聞く。
しかし、まさかの混沌か。混沌の勢力は実に厄介だ。
奴等は言葉も通じなければ、相容れようとすることもない。ひたすらに攻撃し、征服することしか考えないという存在なのだ。
だが、そのほとんどは原始的な存在であると聞く。自意識を持たずにただ本能のままに行動する。
また、混沌の勢力に存在した数少ない知恵ある者は、『魔神殺しの大賢者』が苦労の末討滅したとされている。
『魔神』とは、その混沌の勢力における知恵ある者を統率していた存在だった。
「あのアークデーモン達は、ここの封印を守るために居たというわけか。」
「その通りだ。我々は託されたのだ。お前たちの知る『魔神殺しの大賢者』にな。」
なるほど。これほどの高位悪魔だ。並の人間に使役出来るわけがない。通りでこんな辺鄙な所にアークデーモンのような高位悪魔が居るわけだ。
「そういえばお前はあの者に似ておるな。お前は全属性適性の所持者であろう?」
これは驚いた。それを知っているということはこの高位悪魔がただ召喚されたというわけではなく、彼とそれなりに深い関わりがあるという事になる。
「その通りだ。よく分かったな。」
「なるほど。お前も大変だな。」
心底同情したというような顔を見せる高位悪魔。
「ハア!?」
今度はこっちが聞き返す番だ。俺が生まれてからこれまでの苦労を、こいつは見ていたとでも言うのだろうか。
「それよりも説明を続けよう。ここは今でこそ巨大な森林地帯になっておるが、元々は山でな。封印は100箇所以上に散らばっておる。言わば山全体が封印というわけだ。」
「何故その話を俺にする?」
それを俺に詳しく説明する理由がわからない。
「余の配下を一撃で倒しておきながら、お前は封印には全く手を付けなかったからな。ならば協力を仰ぐ方が賢明だと判断したまでのことよ。」
「ということは、そもそも俺を呼び出したのは実力と真意を見極めるためか。」
「その通りだ、我を召喚せし彼の者の末裔よ。」
やはり『魔神殺しの大賢者』がこいつらを召喚したのか。しかし俺が末裔だと?
「血の繋がり等聞いたこともない。俺は田舎出身の魔導師にしか過ぎん。」
「余の言葉に間違いはない。お前は『魔神殺しの大賢者』の血の流れを汲む者だ。全属性適性は、その血縁者にしか現れない適性であるが故な。」
「これまで大賢者以外適性保有者は現れなかったと聞くけどな。」
「仕方あるまい。適合者が少なすぎるからであろう。だが、直系子孫は皆必ず何れかの属性適性を有するとは聞いた。」
「お前が高位悪魔でなければ否定したいところだったな…。」
衝撃的な話だったが、恐らくこの話は本当だろう。この高位悪魔が俺を呼び出して態々嘘をつく理由がないからだ。
俺が住む里は田舎だからな。ご先祖様は立派な方だったなんていう奴がいくらでもいるから、誰も信じなかったのだろう。田舎の農家が大賢者の子孫だなんて言っても鼻で笑われるのがオチだものな。
しかしあの駄目親父が火属性適性を持つ魔導師だというのも、この血筋が影響していたわけか。
「今までの話で俺に敵対する意思はないということはわかった。ところで先程、協力を仰ぎたいといっていたが、俺に何を頼みたいんだ?」
「それについてはこの奥で説明しよう。」
そういって、高位悪魔は執務室への扉を開ける。
「案内する。ついてまいれ。」
そのまま隠し部屋への階段を降りていったので、俺もその後に続くことにする。
高位悪魔からの依頼か。こいつは、一体俺に何を依頼するつもりなのだろうか。




