21話 高位悪魔
時は昨日午後にまで遡る。
「これはまたすっげー死体の数だな…。ここだけでも荷車が何台必要なんだよ。」
ジョグがつぶやくのは、果たしてこれが何度目だろうか。魔物のあまりに多い死体の数に辟易している様子である。
ここはテドロアの街から西に出てすぐにあるテドロア大森林の中である。そして今彼らが見ているのは、ベリルによって殲滅された魔物達の死体であった。
そのあまりの惨状に、自分達から買って出た事とは言え、これを請けたのはちょっと失敗だったかなと思っていた。
ベリルがギルド会館裏の樹上で爆睡している頃、大慌てで戻ってきたハンス達から報告を受けたハンターギルドのメンバーは、大混乱に陥った。
そこで1階職員含むその場にいるギルドメンバー全員で相談した結果、ジョグとリーティルのパーティーに調査を任せ、エグザスにはギルドマスターへの報告を任せることになった。他のメンバーは不測の事態に対応するため、その場で待機する。
報告と同時並行で調査に来たのは、緊急事態に際して逸早く詳細な情報を掴み、ギルドマスターに提供してその判断を仰ぐ必要があるからだった。
ジョグのパーティー「晴耕雨読」とリーティルのパーティー「ムーヴメンツ」は、それぞれバランスの取れた6人パーティーだ。
ジョグのパーティーは地元出身のメンバーで構成され、地理に明るいことから堅実な仕事をする事で定評がある。
また、リーティルのパーティーはメンバー全員がテイマーの能力を持つ為、その機動性を活かした仕事は早くて評価が高い。
どちらもテドロアの街では名の知れたパーティーであった。
この2パーティーによる合同チームは、現場の状況からハンスの推測通り魔物達の同士討ちであることと、これが人為的に引き起こされた結果によるものだと早い段階で結論を出していた。
調査をしたところ、これまで発見されなかった拓けた場所が何箇所も見つかっている。
そしてそこには死体が折り重なるように積み重なっていて、その中にから証拠となる物が発見された。
それは、引き裂かれた血まみれの麻袋と、『勇猛の先触れ』入りの麻袋の残骸である。何れの場所でも同じ状態であることも確認された。
魔物は全て事切れていることから、既に危険は無い物と判断された為、ジョグもおおよそ必要な荷車の数を割り出している所であった。
その数を元にした回収計画をギルドに立てもらわなければならないからだ。
魔物の死体を放置しておけば疫病が発生する原因になるので、そのまま放置は出来ない。
実数は解体時に分かることなので、今はそこまで把握に時間をかける必要はない。
夕暮れを過ぎて陽が傾きかけた頃、状況をほぼ全て把握できたことから合同パーティーは帰路についた。
その途上で大きな事件が発生した。暗闇の中から、ひと目見て相当に高位にあると思われる1体の悪魔が現れたのだ。
高貴な衣服を身に纏ったその悪魔をみて戦慄したジョグやリーティル達は、反射的に武器を構えようとしたのだが全員金縛りにあったように動けなかった。テイム動物達も一瞬で心が折れたようだった。
だがジョグ達の様子を一瞥した悪魔は全く意に介することもなく、尊大さを全面に出し話しかけてきた。
悪魔の目的は伝言だった。この事を然るべき人物に伝えて貰いたいとのことだった。
受諾すれば安全を保証するという悪魔の言葉に、一も二もなく承諾したジョグとリーティルの合同チームは、その場を振り返りもせず全力で逃げ帰ってきたのだった。
敵意がなかったお陰で何もなかったから良かったものの、悪魔が現れた瞬間にジョグやリーティルを含む全員が死を覚悟した。
あれほどの高位悪魔が託した伝言である。絶対に伝えなくてはならない。
さもなくば自分たちだけでなく、街に住まう者全員の命はない。
意を決したジョグ達はすぐさまシュタイナーの元へ向かい、報告を行ったのだった。
以上の内容を俺はギルドマスターの部屋でアレクシア嬢から聞かされた。
昨晩のうちに、話の内容がハンターギルド全員に知れ渡っているようだ。
「それで、悪魔からの伝言とは何だったのですか? 生贄の要求でしょうか?」
俺の回答に対して、シュタイナーが重い口を開いた。
「過日に我が下僕を倒せし者を差し出せと。さもなくばこの街を含む一帯の人間を皆殺しにし、魂を無限の回廊に閉じ込め永劫の苦しみを与えるとな。」
これはまた凄い内容だな。そこまで腹が立ったのだろうか。
「滅ぼせしではなく、倒せしですか。ということは部下は何処かで生きているわけですね。どうやら復讐という線はなさそうか。」
「何を呑気に分析しているんだ。他にもお前に伝えることがある。
一昨日にお前からの悪魔殲滅の報告を受けて、遺跡へ確認に向かわせたブレッドからの報告もあるんだ。」
どうやら昨日確認から帰ってきたらしい。この話の流れからするとと、嫌な予感しかしない。
「ブレッドによると、遺跡最奥の部屋まで何も居らず、最奥の部屋には確かにお前が言っていた椅子があったそうだ。
だが、その椅子には高位悪魔と思しき者が座っていたらしい。
ブレッドは死を意識したそうだが、その悪魔はブレッドの目を見ながらも動こうとはしなかったとのことだ。
それでブレッドは、報告のためにも急いで戻ってきたというわけだ。ただ、悪魔に後を付けられていないか何度も確認しながらだったようでな。ここに戻ってきたのは昨晩の事だ。
俺はその報告を聞いている最中に、飛び込んできたジョグとリーティルの報告も受けたんだ。
二人が報告してきた悪魔は、恐らく同じ悪魔だ。特徴を聞いても、全ての点において合致している。
状況的に見て、悪魔の目的はどう考えてもベリル、お前だろう。」
「まあ、間違いなくそうでしょうね。」
悪魔は本当に伝言を頼みに現れただけだったのだろう。間違いなく敵意はなかったと断言出来る。
ほとんど知られていないことではあるが、高位悪魔が本気を出すとその姿を見ただけで普通の人間なら発狂してしまうのだ。体より発する高濃度の魔力と、奴等がまとう狂気の力がそうさせるらしい。
俺には暗黒属性適性があるので、奴等に相対しても効果を受ける事はない。
「ギルドとしては悪魔の要求に屈するわけにはいかない。
ベリルは登録して日がないとは言え、ハンターギルドの立派な一員だからな。
だが、同時に俺はギルドマスターだ。この街の戦力を十分把握しているつもりだ。
はっきりと断言するが、高位悪魔には間違いなく勝てない。1日も持たずに一兵残らず全滅するだろう。
俺はギルドの矜持か、皆の安全かどちらかを選ばなくてはならない。」
シュタイナーが悲壮な表情をしていた。
普通に考えてそれは領主の役目であって、シュタイナーの役目ではない。だから彼にはそこまで責任を保つ必要は無いのだが、彼自身も元ハンターなので他人事には出来ないのだろう。
そして、俺はその心情が汲み取れないような朴念仁でいるつもりはない。
「シュタイナーさんがそこまで悩む必要はないですよ。せっかくのご指名ですし、俺が行ってきますよ。指名料は高く付きますけどね。」
なるべく意識して軽い調子になるようにした。
「お…、おい!」
「どうやら遺跡の制圧にも失敗してるみたいですし、自分が撒いた種は自分で刈り取りますよ。元々農家ですからね。俺は収穫も得意なんですよ。」
「またそんな軽口を叩いて…。相手は高位悪魔だぞ。しかもお前が倒したという悪魔は、今言った悪魔の部下だったみたいじゃないか。
いくらお前が規格外とはいっても、普通の人間がそんな奴に独りで立ち向かって勝てわけがない。」
「独りで来いとも言われてないですが?」
「だが、誰もついてはいけないだろう。行ったら確実に殺されるんだからな。」
俺だって永劫の苦しみなんて味わいたくはない。だが、俺は行くしか無い。行かなければ俺は街の住民全員に殺されるだろう。
「ギルドマスター! 新人に押し付けるのかよ! 悪魔は別にそいつが呼び出したわけじゃないだろうに。これは街全体の問題なんだぞ!」
エグザスが叫ぶ。昨日の事と言い、この人は本当に良い人なんだな。
「じゃあどうするんだよ!」
これは知らない人だ。
「そこを考えるのが俺たち先輩の役目だろうが! お前も新人独りに押しつけてるんじゃねーよ!」
至極真っ当な意見だが、こういう時はまともな人が割を食うものだ。生存本能は理屈じゃないからな。死ぬかも知れない時に、大抵の者にとって正論は邪魔になるのだ。
「先輩、ありがとうございます。ですが大丈夫です。俺に死ぬ気は毛頭ありませんから。悪魔と仲良くなって帰ってきますよ。ハッハッハ。」
俺にそんな事ができるとは到底思えないが、これ以上この人に損な役回りをさせるわけにはいかない。
「力になれず、本当にすまない…。」
本当に申し訳なさそうに言うエグザスを見ていると、こっちが居た堪れなくなってきたな。
「そんなことより、昨日の分の査定を早くお願いしますよ。あれだけあればしばらく遊んで暮らせそうですからね。
俺の見立てでは、死体の運搬や解体、それに処理と恐らくかなりの人手が必要になると思います。
必要な経費は報酬から差し引いてもらって構わないんで、仕事にあぶれてる人にも積極的に回してやってください。
早くお金にしてくれないと、俺は毎日ギルドへ飯を集りにくる羽目になりますからね。」
俺は努めて明るい声を出す。いつまでも沈んだ気分で居られては、俺も楽しくないからだ。
「そいつは良いな。1階でいつもあぶれてる奴等も毎日出かけるようになるだろうからな!」
「ハハハハ!」
沈んだ空気がようやく少し軽くなった。
「昨日も言ったが、報酬の算定には時間がかかる。今は死体の回収もまだ始まっていないからな。
ジョグとリーティルが纏めてくれたところでは、相当な数の荷車が必要になる。あまり時間は掛けられんが、回収にはどう頑張っても2日はかかる。解体も並行して行うとしても職員総出で5日はかかるからな。他のハンターの依頼が重なっちまうと、もっとかかるかもしれねえ。まあお前が折角頑張ってくれたんだから、後のことは俺たちに任せておけ。」
「お願いします。では早速にも行ってきます。」
そう言って俺は席を立った。
「俺達も今出来ることをやろう。」
皆もやる気になってくれている。そうこなくてはな。
ギルドの事はこれで良いとして、今度は俺自身の事を考えなくてはならない。
しかし、高位悪魔か。しかもこの前の奴より高位だと言う。
果たして、俺は無事に帰って来れるのだろうか。




