20話 危機への備え
魔物殲滅の報告をするべくハンターギルドに到着した俺だったが、朝の5時過ぎにギルドが開いているはずもなく、途方にくれた。
営業開始は午前8時なのであと3時間もある。仕方がないので、俺は裏口近くにある樹木によじ登って眠ることにした。
昼過ぎになって目覚めた俺はガチガチになった身体を解して、ハンターギルド会館に入った。
正直寝たりないのだが、完了の報告はしておかないといけないからな。
ところがギルドに入った途端、中は物凄い喧騒につつまれていた。明らかに新人とは見えないパーティーがワイワイ騒いでいる。調査が先だとか、報告が先だとか言い合っているようだ。
そんな彼らを横目に見つつ、俺は早速シュタイナーに面会を申し入れた。
すぐにギルドマスター室に通された俺は、正座して小さくなっているシュタイナーに真赤な顔でプルプル震えているアレクシア嬢という組み合わせに出くわした。
「ともかく、金輪際やめてくださいね!」
俺を見てとても気まずかったのか、説教タイムは終了したようだった。
「ベリルさんも門衛の方に適当な報告をしないでください! マックスさんが困惑してましたよ!」
美人は怒っても綺麗だなあと他人事のように見ていたのだが、そんな俺にも火の粉が降り掛かってきた。
どうやら今朝のやり取りのことでお怒りのようだ。
もう連絡が来ているのか。マックスは優秀だな。
「いやー、俺面倒くさいのは苦手なんで。」
「はぁ、そうですか…。相変わらず物凄く適当ですね。」
「そうなんです。」
俺の返答を聞いたアレクシア嬢はさらにため息をついて、こいつはこういうやつだった、という顔をした。実際その通りだから諦めて貰いたい。
「それで本日の御用件ですが、如何なさいましたか。」
「昨日の指名依頼についての報告に来ました。」
「ギルドマスターから伺いましたが、本当に依頼を請けられたのですね。テドロア大森林は以前に比べてかなり危険になっていますからね。慎重に進めたほうが良いですよ。」
シュタイナーが空気だ。精神的ダメージが大きかったのだろうか。
「その件については…。」
と俺が言ったタイミングで、バーンッと乱暴に扉が開いた。
「ギルドマスター、サブマスター、大変だ!」
先程1階でワイワイ騒いでいたパーティーの一人だな。鬼気迫る表情をしている。
「落ち着け、エグザス。どうしたんだ?」
シュタイナーが慌てて椅子に座り、エグザスという若い男に問いかけた。
「おお、シュタイナーが復活したぞ。良かったなあ。」
「お前のせいだ、お前の。」
怒られたきっかけは俺だが、原因を作ったのは俺じゃないぞ。ツッコミたいが、今はそれどころじゃない。
「これが落ち着いていられるかよ! 例の魔物共の数を減らしに今朝テドロア大森林に行ったハンス達がさっき戻ってきたんだが、とんでもないことになっているらしい。」
エグザスが興奮して一気にまくし立てた。
「とんでもないことだと?」
「魔物達が軒並み血まみれになって死んでいるらしいんだ。」
「なんだと!」
かわいそうに。あの殺戮現場を明るい所でモロに見た人がいるのか。予備知識もなくいきなりグロい現場に遭遇するとか、そのハンスさん達もさぞかし気分が悪かったに違いない。
「ハンスの話では、現場の状況を見るに昨夜のうちに魔物共が殺し合いをしたらしい。今ジョグとリーティルのパーティーが詳細を確認に行ってる。ひょっとしたらとんでもない化け物がやってきたのかもしれない。領主に言って、街の警戒レベルを引き上げたほうが良い!」
「同士討ちだと…?」
そこでシュタイナーは気づいたようだ。なので俺も口を挟む。
「そういうことです。だからもう心配いりません。」
報告の手間が省けて助かった。ありがとう。ハンス様々、エグザス様々だな!
「依頼されて購入した物の中に、確かにあれがあったからお前で間違いないのだろうが…。まさか本当に1日で解決しやがるとはな。相変わらずメチャクチャだなお前は。『常識はずれ』って言葉知ってるか? そんな名前の商品をバーゲンセールでもやってんのか? いっそブランドでも作る気か?」
物凄く酷い言われ様である。常識はずれという言葉くらい俺でも知っている。それにそんなブランド名では、センスがなさすぎて売れないと思う。
そもそも今回の作戦は、便利だからという事と確実性を期す為に魔法を使いはしたが、別に魔導師でなくても実行出来る方法なのだ。ちょっと規模が大きいから、普通にやれば当然独りでは出来ないけどさ。
「お前の実力を見込んで依頼するって言ったのは、誰だったかな~っと。」
「ま、まあ、なんていうか既に解決したなら良かったじゃないか。」
ごまかすのが下手ですねギルドマスター殿。まあいいけど。
「だからよくねえよ! 話きいてたのかよ!? 警戒レベル上げないとまずいかもしれんだろうが!」
エグザスが怒っている。今の反応で怒らないほうがおかしい。
「いや、大丈夫だ。それについてはギルドで、ここにいるベリルに指名依頼を出した結果なんだ。」
「ん? ベリルってお前か。この前の新人じゃないか。」
エグザスが俺に目を向けてきた。
「どうもお邪魔しております。ちょうど殲滅の報告に来たところでした。実はちょっと一計を案じまして、『勇猛の先触れ』を使って同士討ちさせました。」
「そうか、あれを使ったのか! なるほど、良く考えたな!」
「お褒めに預かり恐縮です。」
「しかし良くあの強欲な奴等が売ってくれたな。大変だっただろう。」
「そこはギルドマスターの顔でなんとか手に入れていただきました。」
「領主の名前を使わせてもらったからな。それでもかなり渋られたがね。安すぎるとか、興行に支障が出たらどうするんだとか、アレクシアはハンターギルドには勿体ないだとか散々嫌味を言われたよ。」
アレクシア嬢はやはり人気があるな。
「街の危機に対処するより金儲けが優先なのは、らしいと言えばらしいですね。」
エグザスが苦笑いする。アレクシア嬢の下りは何故かスルーしているが。
「そうです。ありがたいと思ってください。」
「ふ、不満があるなら、辞めてくれてもいいのですが?」
これはシュタイナーの発言だ。声音が震えているぞ。
「辞めませんよ! 皆が困るじゃないですか。ギルドマスターを注意出来るのは私くらいのものなんですからね!」
「ぐぬぬ…。」
アレクシア嬢がサブマスターになった理由はそれかよ! 皆の期待を背負っているわけか。光属性適性の魔導師である事とは関係がなかったんだな。
エグザスも笑っている。どうやらギルドでは周知の事実らしいな。
強く生きろよ、シュタイナー。
「まあそういうわけで、皆に説明しておいてくれ。もう心配はいらないと。」
「わかった。なるべく多くの人に伝わるようにしておく。」
エグザスは入ってきた時の雰囲気とは打って変わり、顔に満面の笑みを浮かべてギルドマスター室を出ていった。
「ベリル、今回もご苦労だった。これで街の皆も安心してやっていけることだろう。」
「とりあえず俺は疲れたから、今日は宿を探して休みます。」
「報酬の算定には時間がかかるだろうし、一先ずゆっくり休んでくれ。大木の小鳥亭に泊まれるように手配しておくから。」
「ありがとう。疲れすぎて宿泊の手続きをするのも面倒だったんだ。感謝するよ。」
「単に面倒くさいだけだろうが。」
俺は御礼の言葉もそこそこにギルド会館を後にし、大木の小鳥亭で翌日で爆睡した。
翌日早朝のことだ。猛烈な空腹を満たした俺は、商店街へ出かけることにした。
万が一が起こった際でも生き延びる為に、危機への備えをしておかなければならないからだ。
里を出る時はいきなりだったので野外用の装備が元々不足しており、何かあった際に不都合が出かねないという不安があった。
それにこの街を出て行かなければならない可能性もある。将来的には隠者のような生活を送る事も可能になるだろうが、未修得の魔法が多い現状では、すぐには無理だと思う。
俺は雑貨店や食料品店を巡り、一般的に必要とされる装備や携行食を買い求めた。魔法が使えない可能性も想定しておく必要があるからな。
野外で活動するのに必要な最小限の物は、人によって様々だが、刃物、火起こし道具、食料、衣類、袋、ロープ、寝具だと思う。
刃物や衣類は当然として、火と袋は特に重要だ。
食事をするにも明かりを灯すにも火は必要だし、動物避けや攻撃にも使うことが出来る。
松明とランタンの両方を用意しておくのがベストだ。松明は使い勝手がいいし、安くて手軽なのだが重くて嵩張るからな。
あと重いが油袋や油樽も欲しい。攻撃や足止め以外にも、扉の潤滑剤として使える等その用途は様々だ。
また、水を入れておく皮袋は竹の水筒があるので必要はないにしても、物を運ぶのに袋がなければ話にならない。狩猟や採集の成果物、素材や材料、貨幣や財宝、その他様々な物を入れるのに使える。
両手に抱えられる物の数なんてたかがしれているからな。液体なんてもっと無理だ。
昨日の麻袋が結構余ってはいるが、あれは大きすぎるので使い勝手が悪い。それでも洪水が起これば土嚢として大活躍する事だろう。
あとはロープだな。これの用途は説明するまでもないだろう。
いつも思うことだが、火をおこす方法を最初に考えた人は天才と言われるが、袋という概念を考えついた人も天才だと思う。
次に食料品だが、これは長期保存が可能な乾パンの他に、干し肉や魚の干物、乾燥させた野菜や穀物、ドライフルーツの中から数種類を混ぜた携行食を購入する。
味はそれぞれの店によってオリジナルのブレンドがあるので、買って食べてみなければ当たり外れはわからない。
実家のお陰で貧しい食事には慣れているので、栄養バランスさえ良ければ味は二の次である。
でも入店時に客が結構居た事から、ハズレの店ではないと思う。
最後に衣類を買いに行った。俺の装いは、まさに村人そのものであまり良くない。
もう慣れたとは言え、森の中を走り回ると枝や葉が擦れて皮膚が結構傷だらけになるのだ。
生地は丈夫な麻の服にして、替えの肌着や下着も購入しておく。帽子も羽つき帽子を購入した。
ハンターというよりレンジャーっぽくなったが、旅人のようにも見える。弓を持ったら一応サマにはなるだろう。
そういえば弓矢や槍は里で使っていた粗末な物のままだった。
自作なので手に馴染む良い弓だとは思っているが、耐久性は然程でもないのでこれもそのうち良い物を買おうと思う。使うことがあるかは別としてだ。
さて、寄り道もこの辺にしてギルドに行こうか。昨日の結果の確認をしてくれているだろうしな。
報酬もくれるだろうか。恐らくかかった経費以上にはなると思うが、いくら貰えるのか今から楽しみだな。
そんな浮かれた気分でハンターギルドにやってきた俺だったが、会館の中は昨日より更に騒々しかった。怒号が飛び交っており、物凄く険悪な雰囲気になっている。
「ベリル、すまんが来てくれ。」
シュタイナーが1階で俺を待ちわびていたようで、入るなり早々に声をかけられた。ギルドマスター直々にこんなところで俺を待っているなんて、嫌な予感しかしない。
即座にギルドマスター室に通された俺は、非常に厄介な事態になっている事を知らされたのだった。




