2話 生い立ち
何故俺が悪魔召喚陣に詳しいのか。それを俺の生い立ちと共に話そう。
太平の世にあってイビルメイジはやることがない。そんな中、俺は腐っていた。
「お前は世界を震撼させるのだ。」等と言われ、幼い頃より教育されてきた。
必死に魔法を覚えた。それが俺の存在意義だと教えられてきたからだ。
魔法は誰でも扱えるわけではなく、ほとんどの人は使えない。使える人自体が稀なのだ。
魔法にはそれぞれの系統への適性というものがあり、これは生まれ持った才能に左右される。
火属性の適性を持つ者、水属性の適性を持つ者や複数持つ者等様々である。
俺が持つ魔法適性はとても珍しいもので、『全属性適性』というものだった。
記録によれば三千年以上も前に存在したとされる大魔導師が、最後の全属性適性所持者らしい。
あらゆる魔法を操り、その強大な力で魔神を倒して人類を滅亡から救った稀代の英雄とされる。
その人物の事を、人々は畏敬をこめて「魔神殺しの大賢者」と呼んだ。
そんな俺はどんな魔法でも使えるようになる事から、里の戦力強化が図れる存在として、
陣営に不足する系統魔法の使い手たるを期待された。
様々な思惑が重なり期待を一身に背負わされた俺は、幼いながらに大人達によって方向性を決められた。そして俺が修得を期待された魔法は、その系統に適性者が居ないわけではないような系統の魔法であった。
最も人気がなく、誰も覚えたがらない系統魔法。所謂不遇系統の魔法である。
戦術・戦略級魔法に該当し、戦乱の時代にはとてつもない力を発揮する。加えて修得難度が最高の魔法でありながら、平時では全く役に立たない系統魔法。
それは、死属性の系統だった。死と腐敗を司る系統の魔法である。
他人の持ち物や食料を腐らせたり、土地を腐敗させて食料や資源を取れなくする等の魔法がある。
アンデッド精製、使役や強化魔法も重要だ。戦場で敵兵の死体も貴重な戦力となる。
人間相手であれば精神ダメージも期待出来る為、特に有効である。例え死体であっても元同僚や戦友とは戦い辛いものだからな。
こういった死属性を主体とする魔導師を総称してイビルメイジという。
はっきりいってこんな魔法を使うやつは敵視されるし、めちゃくちゃ嫌われる。
敵にしてみれば害悪を撒き散らす存在でしかなく、戦争にあっては真っ先に狙われるのも当然と言える。
戦争という悪徳が肯定されるような環境でもない限り、そんな魔法は使いようがない。また味方であっても、死や穢れと隣合わせの存在に対して良い顔をする者は居ない。
だが、俺は一族の大義名分の為に死魔法を鍛えることを強要されていた。
ここぞの切り札として、また必勝の要とされていたため、悪魔召喚を除けば死魔法の修行以外を許されることは無かったのだ。
悪魔召喚は敵の拠点などが発見されていない段階で、情報収集を行う使い魔を召喚したり、死体が居ない段階で敵を撃破するための戦力確保が目的である。
このような措置が取られた背景は、俺に他の魔法を使われることで、自分たちの存在が不要となることを大人達が恐れたからだろう。
当然子供にそのような事情等はわかるわけがなく、俺がそのような諸々の事情を知ったのは大人になってからである。
俺が悪魔召喚の魔法陣に詳しく、すぐに解読出来たのにはこういった理由があった。
この国は、俺が生まれてからは大した戦乱も起こっておらず、戦争とも言えない様な、死者が出ない程の小競り合い位しか起こってはいない。
15歳を迎え一応成人扱いをされた頃、偶然発生した小競り合いに一度従軍したことはあるが、国境線を挟んでにらみ合いが続くだけの物で、実際に戦端が開かれることは無かった。
俺も夜半の当直として、悪魔召喚でインプをつかった周辺警護をするくらいしかやることが無かった。
そんな戦争のない日常にあっては、戦術・戦略魔法しか使えない魔導師の俺の肩身は狭かった。
まして俺は死属性魔法の使い手である。悪魔召喚でインプを召喚し使役することで労役を果たしてはいたが、基本的に悪魔は嫌悪感しか抱かれない。
同じ労働力なら、召喚士に精霊召喚してもらったほうが良いのだ。
力持ちで頑丈な土精霊は労働力としても申し分ないが、インプは身体も小さく脆弱である。
戦時に必要な存在のために不要とまでは言われなかったが、このように労働現場でも俺は必要とされなかった。
小さな里なので畑仕事を手伝うくらいはしていたものの、専業農家ではないため時間がほとんど割けない俺は、農業経験が不足しているというのもあったのだろう。
そんな理由で毎日が面白くない俺はますます修練や鍛錬にのめり込んだ。
魔法の修得以外の技量向上は禁止事項が特になかったので、俺は魔法を使えない時を想定して、肉体の鍛錬に加え槍や弓の修行も自主的に行った。
肉体の鍛錬は魔法を覚え始めた5歳の頃から欠かすことはなかったから、さして苦痛に感じたりすることもない。
弓での狩猟は食料確保に役立つだけでなく、体を動かすことは気晴らしになり結構楽しかった。
畑仕事も手伝うが、作付面積が小さい上に基本は親父がやっているので、俺が打ち込める程の仕事があるわけではない。
修練や鍛錬以外にやることがない俺は、基本的につまらない日々を過ごしていた。
そして先日流れたニュースは、大多数の国民にとって歓迎すべき吉事であり、また長年の悲願であったが、俺にとっても大きな転機となった。
これまで争っていた周辺六カ国が統合した事で、俺が住んでいた里を含む国は単一国家として生まれ変わったのだ。
この『ワーレス』という国家は大陸の中でも比類なき強国となり、広大な国土を持つ列強最大の国家として名を馳せることとなった。
もはや戦争が起こる事もない。たとえ戦争が勃発したとしても、俺の里は隣国から遥か遠い位置にあるのだ。
平和になると途端に始まるのが軍縮である。戦争にしか役に立たない者など、無用の長物とばかりに切り捨てられる。
当然俺に対する待遇が露骨に悪くなった。元々良くはなかったのだが、もはや完全にゴミ同然の扱いだ。
嫌われているから、友達も出来ないので孤立するしかない。当然異性にモテることもなかった。
もっともそれは俺がイビルメイジだったからというだけでもないのだが。
「ベリル君は顔がとても良いんだけど、お父さんがあの人ではね…。」
死属性の魔導師であっても気にせずに接してくれた子は何人か居たのだが、皆このような有り様である。
俺の肉親は父親しかおらず、それも相当ダメな父親だ。
火属性魔法を得意とした平凡な魔導師で顔は抜群に良いのだが、勤勉ではなく博打好きで女にだらしがない。
働いて得た収入も遊び回って使い切り、家に銅貨1枚入れないような奴である。
母親はその父親のダメさ加減に愛想を尽かし、俺が幼少の頃に出ていった。
最初は俺を心配して度々手紙を送ってくれていたのだが、それもいつの間にやら途絶えてしまった。
今はどこで何をしているのかもわからない。俺もついていきたかったが、里の連中がそれを許さなかった。
状況は一変した。このまま居ても俺は冷遇され続け、明るい未来も築けない。
しかし、俺は長男だ。兄弟もいない。何れ受け継ぐであろう先祖代々の小さな畑が家にある。
だから俺の都合で勝手に家を出るわけにはいかない。
俺は辛い日々を耐えた。しかし、同時に暇を見つけては里を出る準備もしていた。
自分の心に逃げ道を作っておかなければ、とても耐えられなかったからだ。
だが里を出ることが出来たとしても、今のままでは食べていくことが難しい。
他の魔法なり、食べていく方法を身につけておかなければならない。
それを俺は魔法に求めることにした。
戦うためには他者が使う魔法を知らなければならず、俺はその努力を怠ることはしなかったので、他の系統の魔法についてもそれなりに基礎知識を持っていることが幸いした。それに俺には全属性適性がある。
戦時の際に存分に働くことが出来るようにと修行に明け暮れていた俺だったので、魔力の行使にはかなりの自信があった。
それに全属性適性には、魔法修得加速、魔法練度増加、魔力容量増大、魔法威力底上げ、魔法制御力向上や魔法開発補正等様々な付随効果がある。
その恩恵もあり、これまで禁止されていた他系統魔法の修行に打ち込んだ結果、俺は数日でそれなりに多くの魔法を身につける事が出来た。
そんな中、突然父親が再婚した。前から内縁だったのか、最近出来た女なのか俺は知らない。父親には常に複数の女が居たからだ。
この義母の性格はかなり悪く、俺との相性が最悪だった。俺のことをボロクソに言うのである。
そして偶然ではあるが、俺にとんでもない汚名を着せる計画をしているのを聞いてしまった。これが俺の旅立ちの決定打になった。
とてもこのまま里に留まることが出来ないと判断した俺は、身の回りの物を急いでかき集めた。
あの義母のことだ。俺が財産を持って出れば、余計に変に疑いを掛けてくるだろう。俺は銅貨1枚も持たず、挨拶もそこそこに里を出た。
当面の目標はまず生活基盤を整える。その間、必要と思われる魔法を修得していく。
生活が安定した後は、俺の安住の地を探してみようと思っている。
また、余裕があれば死属性魔法の平和利用の研究に着手しようと思っている。
具体的な方針は未だ決定していない。とんでもない汚名を着せられる寸前に飛び出したのだから。
まず、安住の地については差別や種族の格差が一切ない「楽園」と言われるところを探してみるのも良い。
人でも亜人でも魔物でも笑って過ごすことが出来るらしい。そこでなら俺も安住出来るかもしれない。
それから竜の墓場にもいってみたい。そこはドラゴンの素材で溢れかえっているらしい。
世界に何箇所かあり一攫千金も可能であるとされるが、ドラゴンやドラゴンゾンビが徘徊する難所でもある。
口の端に登らせる者は数多いが、命知らずな奴でも実際にはまず立ち入らない。
歴史を紐解いても、攻略に成功した者は皆無とされている。
竜の墓場で一番有名なのは、伝承に出てくるホーリードラゴンの墓場だろう。
噂されているだけで、発見されたことはないらしく実在そのものが疑われているものの、未だにその存在が議論されるほどに根強い人気がある。
あとは死属性魔法の平和利用も地道にやっていきたいと思っている。
死属性魔法が最も恐れられ忌み嫌われるのは、「死」と「腐敗」に強く関わるからだ。
ところが「腐敗」は、食品では「発酵」と言い換えられる場合がある。俺はそれに着目している。
その違いは、人間にとって有益か有害かの違いでしかないようだ。
研究が必要になるが、魔法で既存よりも美味しい発酵食品が作れるかもしれない。
ただしこれは相当時間がかかるので、落ち着いて研究出来る環境が出来てからの話になる。
腐敗した食品は基本的に人体に有害な物がほとんどだからな。余裕のない環境では、研究なんてとても無理だ。
何れにしても、死属性魔法が主体となるイビルメイジは今日で廃業だな。
色々調べていたら既に昼になっていた。夜までには到着したいところだ。
一晩過ごした洞窟を出発した俺は、樹海を出て一路街を目指すことにした。