19話 奇襲
鉄檻の1つに接近して直接中を視認してみると、かなりの魔物が中に入っていた。唸り声などでかなりうるさい。血袋は4袋のうち、既に3袋は叩き落とされた上、散々に破かれていた。飛び散った残滓を貪り食ってるオーガもいれば、ゼブラバイパーのように血をすすっているやつもいる。
鉄檻は魔物がどの方向からでも侵入しやすいように、東西南北全ての面に入口が設けられている。この入口上部には落とし戸をつけてある。領域の95%以上が鉄檻に入ったのを見計らい、俺は16箇所の鉄檻に魔力を飛ばす。4箇所ある鉄檻の全ての落とし戸が一気に降り、内部にいる魔物を完全に閉じ込めた。
さあ、後は仕上げだ。
俺のエアカッターの魔法が、檻の上部にくくりつけた『とっておき』が入った袋を引き裂いた。
その直後、どの檻からも凄まじい咆哮があがり、魔物達が暴れ始めた。目の前の魔物同士で争い始める。
そのうち同士討ちまで始まるだろう。俺が使った『とっておき』の効果だ。
先程切り裂いた袋の中には真っ赤な粉末が大量に入っていたのだが、その正体は『勇猛の先触れ』と呼ばれる劇薬だ。
これは秋口になると生えてくるユグロアというキノコをジグレ草と一緒に水炊きし、出来た煮汁のうわずみ部分だけを抽出して煮詰めると出来上がる。
ポーションの材料になるジグレ草が材料になっているので、身体に良い物のように思えるが騙されてはいけない。
この粉末を吸い込むと中枢神経に異常をきたし、血の臭いを嗅ぐと暴走状態に陥るというかなり危険な薬物なのだ。
臆病者でも戦場で勇猛果敢に戦えるとされ、古代文明で一時多用された歴史がある。ただ、血の臭いが濃い場所で使用すると敵味方関係なく無差別に襲いかかることから、別名『闇雲の蛮勇』とも呼ばれ、そのあまりの危険さに先史文明では製造が禁止された。
それにも関わらず何故これを購入出来たのかということだが、この説明はまた長くなるので今は割愛させていただく。
ちなみにこのユグロアは見た目はすごく美味しそうに見えるのだが、煮ても焼いても食えず、食用には全く向かないので俺は収穫したことがない。
それからしばらくの間、俺は鉄檻の中にいる魔物達の行動を注視していた。最終的には数匹が生き残るので、それを始末する必要があるからだ。
完全に息絶えたか確認し、止めを刺す必要もある。
そうしていると、不意に直ぐ後ろに違和感を感じた。やばいと思った俺は直感に従って前方に飛び、鉄檻に激突した。
すると先程俺が立っていた場所に20体近いシャドウワスプの集団がいた。
なまじ間近に大量に魔物がいるため、接近するシャドウワスプに気づかなかったのだ。
完全に奇襲を受けた格好だ。寸出のところで察知出来たので躱すことが出来たが、今のはかなり危なかった。
こいつは別名サイレントワスプとかアサシンワスプ等と呼ばれ、飛行しているにもかかわらず無音で接近し対象を攻撃する。
正面から1体を相手に戦えば新人でも然程苦労はしないのだが、こいつは大抵数体単位で襲ってくる上、急所に一撃を貰うと死亡することもある。
故に中級に指定される危険な魔物だ。こいつのせいで毎年多数の犠牲者が出ている。
よく見るとシャドウワスプガードとシャドウワスプクイーンまでいる。こいつらはシャドウワスプよりは強いが、それでも中級の域を出ることはない。
シャドウワスプの幼虫は結構旨いらしく他の魔物にも巣が良く狙われるため、こいつらは普段巣から出てこないはずなのだが。
それ以上考える間もなく、シャドウワスプが俺に襲いかかってきた。あの毒針に刺されてはたまらない。
俺は水属性魔法のフリージングブラッドの魔法を発動し、冷気で奴等を包み込んだ。この魔法を選んだのは、消去法の結果だ。
シャドウワスプは野生の蜂と違い、歴とした魔物である。気温が低下して冬になろうと死ぬことはない。普通に凍結しても仮死状態になるだけで、氷が溶けると息を吹き返してしまうのだ。
今回の作戦では火が使えない。そして普通に倒すと血の臭いが更にきつくなるから、俺の気分が悪くなる。かといって、アニヒレーションを使えば死体が残らず消滅してしまう。
結果として、俺は奴等の体内血液を全て凍結させる方法を選んだ。
魔法が消え去った後には、表面上全く変化のない死体だけが残る。シャドウワスプの毒針は血清の材料になるので割と需要があることから、この対処の仕方で間違っていないと思う。
しかし、何故ここにシャドウワスプが居たのかがわからない。
ここは作戦実行前から俺が居た場所なので、確かにワスプの巣を中心にして鉄檻を設置したはずだった。何れにしてもこいつらの動きを良く確認していなかったのは失敗だったな。
後でわかったことだが、この失態はシャドウワスプの巣を鉄檻の中心付近に据えてしまったのが原因だった。
俺は魔物を集結させることを優先するあまり、巣のまわりに近寄った魔物に対してシャドウワスプがどういう行動に出るのかということにまで考えが及んでいなかったのだ。
巣の周りに集結してきた魔物に対して、当然シャドウワスプはこれが巣を狙った行動だと考える。その上で、大群を相手に巣を死守することは不可能であると考え、巣を放棄して移動してきたのだ。
すぐ近くに魔物が居ない場所が出来上がっており、そこは偶々俺が居た場所だったというわけである。
俺はこの失敗を反省し、次に活かさないといけないな。
そうこうしている間に、鉄檻内部の死闘も佳境を迎えていた。だが、俺はその決着に興味はない。
マジックエキスパンションはまだ切っていないので、フリージングブラッドを発動して16箇所全ての魔物に止めを刺す。
これで大方片付いたな。あとは鉄檻に入らなかった魔物が残っているだけだ。
探知魔法を使用した結果、鉄檻から漏れ出る血の臭いに魔物が残らず吸い寄せられているようだったので、全てフリージングブラッドの魔法で始末しておいた。
さて、これで一応作戦は完了したわけだが、祭りは終わった後の片付けが最も肝心と言われる。
まずはアニヒレーションで16個ある鉄檻を全て消滅させた。
そして、お祭り会場とその周囲で踊り狂った血まみれの死体が大量に残されたわけだが、さてどうするか。
討伐証明を持っていけば報酬を貰えるらしい。だが、これだけ大量の死体を独りでどう処理しろというのだろうか。
焼き払うわけにも消滅させるわけにもいかないのだ。遠隔で空間収納に入れることは可能だが、取り出す時に説明が出来ない。
それにこれだけの数の死体を積み上げたら、何を言われるかわかったものではない。
解体魔法を使うのも論外である。食えもしないオーガ等を解体しても、ほとんどが不要になるから処分が面倒なのだ。
かなり時間がかかったせいもあり、気がつけば空が白んできた。
「眠いし、疲れたな。とりあえず帰るか。」
俺は深く考えるのを止め、そのままテドロアの街に帰ることにした。
「おはようございます、マックスさん。夜勤明けですか? 先日はどうもありがとうございました。」
テドロアの街の西門に差し掛かった俺は、マックスを見かけたので挨拶をした。
「おー、ベリルじゃねえか。俺はこれから仕事さ。今日は早番でさっき交代したところだよ。どうだ、少しはこの街に慣れたか?」
「おかげさまで。それにマックスさんのお陰で身分証が作れましたし、ハンター登録もできました。まだ無職ですが頑張ろうと思います。」
「ハンターを無職とは言わないんだが。まあ、がんばれよ。ところでこんな早朝にどうしたんだ? 新人ハンターはテドロア大森林には近寄るなと、確かギルドから通達されていたはずだが。」
俺はハンター稼業を主体にするつもりはないから、職業がハンターというのはちょっと違うと思う。
お腹が空くから猪を捕るみたいな感じだし。
「ギルドからの依頼でちょっとね。それで、これが通行許可証です。」
俺はユニー嬢から渡された通行許可証を見せる。
基本的に街から出る時はフリーパスだが、街に入る際は通行税を取られる。ギルドから指名依頼がある場合は、その依頼を解決するために街を出ることが多いので、その際は通行税を免除するという制度があるのだ。
「はあ? 何だお前、通行許可証って。まだ街にきて3日目だろうが。ギルドから指名依頼請けてんのか?」
「ええ、なんでかまあ、そういうことになりました。」
「さてはギルドマスターの猫探しでも頼まれたか? これで何回目なんだよ。ほんと良く逃げるよな。」
何やってんだ、あのおっさん。いかつい顔して猫飼ってるのかよ。猫が逃げるのはただの気まぐれじゃなくて、おっさんが怖いからじゃないのか?
てかプライベートな事をいつもギルドの指名依頼にしてるのかよ。ギルドマスターがこんなので大丈夫かよ、この街は…。
「そんなところですね…。なのでご内密でお願い致します。」
全然違うが説明が面倒なので、話を合わせることにする。
「ったく、しょうがねえなあ。いい加減首に鈴でもつけろと言っといてくれよ。」
あのおっさんにこそ、領主が鈴をつけたほうがいいんじゃないかな。
「ありがとうございます。失礼します。」
マックスにお礼を言うことが出来てよかったよかった。
こうして俺は説明もそこそこに、ハンターギルドへむかうのだった。
猫の捜索を勝手に何度も指名依頼にしていた件がアレクシアにバレて、シュタイナーは後でめちゃくちゃ怒られました。
※シャドウワスプで死亡する一番の原因は、幼虫を食べる目的で捕まえにいって逆襲されるパターンです。蜂の子は美味しいらしいですね。




