16話 初依頼
「仕事の話ならお聞きましょう。それで、どんなお仕事です?」
俺は座り直しながら、下手の態度を意識してシュタイナーに尋ねてみた。
「一言で言うと、魔物の討伐依頼なんだ。これはベリルにも影響がある話だ。
よく聞いてくれ。いずれわかる事態だから伝えておくが、実は街全体が深刻な危機に直面しかかっている。
この街全体で食料の備蓄が減ってきているんだよ。市場でも品薄になってるとか聞いたことはないか?」
これはちょっと穏やかな話ではなさそうだ。
「街に最初に来た時に、ポワンさんが言っていたと思います。」
「まだ十分に備蓄はあるので深刻な影響はないが、噂が広まるにつれて供給を渋る商会が出てきてな。
恐らく値を釣り上げてひと儲けようと企んでいるのだろう。
俺は人の弱みにつけ込んで金儲けなんていうのは、どうにも虫が好かねえ。
まあ俺個人の気持ちは別にしても、ギルドとしてはこの状況を座視するわけにいかなくてな。
なんとかしたいと思っているんだよ。」
俺一人が供給する肉の量なんてたかが知れてるもんな。
本気でやればそうでもないが。
「この街は周りが自然に囲まれているお陰で、元々食料の自給率が高いのが自慢でな。特に西のテドロア大森林から得られる恵みだけでも、この街の食糧は十分に賄えていたんだ。そのお陰もあって、昔から食料の輸出で栄えてきた街なんだよ。
ところがここにきて、食料調達に多大な支障が出た。
勿論根本的な原因は、あの遺跡の悪魔から逃げてきた魔物共だ。
種族によっては集落自体が丸々引っ越してきているのもあって、結構数が多い。
そのせいで、以前に比べて危険度が格段に上がっているんだよ。」
「でも魔物ならここにいるハンター達でなんとかなるでしょう? 元々魔物が居なかったわけでもないはずだし。」
テドロアにはハンターが多く在籍しているから、ある程度時間をかければ対処可能だろう。だが、俺の見込みは甘かったようだ。
「確かにハンターの数自体はそれなりにいる。元々危険が少ない地域で、新人を育てやすい環境が整っているからな。
ここはそれなりに大きい街とはいえ、知っての通り旧王都からは結構離れている。主な狩場はテドロア大森林くらいで遺跡の類もこれまでは存在しなかった。
育成には良いんだが、ある程度育つとこの街を出ていってしまうんだ。魔物と戦うなら、別にここでなくても良いというわけだ。熟練のハンターにとっては尚更だな。お陰で戦力としては他の街に比べてかなり見劣りしているというのが現実だ。それが長年の悩みだったんだが、今回その影響がモロに出てしまった。」
魔物を倒すのは命がけの危険な仕事だ。同じ危険があるのなら、誰だってもっと割の良い仕事がしたいし、心躍る冒険に出かけたい。
「先程ハンターにテドロア大森林に近づかないように言ってるとは言ったが、あれは新人の話だ。中堅以上のハンターには全面協力してもらって、今のところ魔物を少しずつ退治してはいるんだ。だがハンターの数が少ないのもあって、はっきりいって全然手が足りてねえ。元々奥地に居た魔物だから、この周辺のやつとは違って中級クラスかそれ以上の奴ばかりなんだ。1体倒すのにも時間がかかる上に、集落単位でいるもんだから数が多い。そんなところに当然新人なんて行かせるわけにもいかん。
幸いお前さんのお陰で悪魔共が居なくなったから、この状況は徐々に改善されていくだろうが、それがいつになるのかわからねえ。
魔物共には早く戻ってもらいたいが、まさか悪魔が居なくなったからとっとと元いた場所に戻れとも言えないしな。」
俺もまだ登録して2日目の新人なのだが…。
「でも集落ごと移動して来てるってことは、向こうも命がけだし気が立ってるやつも多いはず。下手に手を出したら必死の抵抗にあうでしょう。」
「だが、気長に待っていることも出来ない。この状況が1~2ヶ月も続くと、魔物共がこの辺一帯の動植物を食い尽くしてしまう可能性が高いらしい。
そうなったら、魔物が居なくなっても食料が不足して街が完全に立ち行かなくなっちまう。どのみち、森の恵みが得られなくなったらこの街はおしまいだ。
そもそも、多くの魔物が狭い地域に集まっている事自体が危険なんだ。すぐにこの街に侵攻してくる可能性だってある。
だから、ベリルには街から西にいる魔物を可能な限り殲滅してもらいたい。
初めての依頼がいきなりの指名依頼で、その上かなり危険な物で申し訳ないんだが、なんとか請けてもらえないだろうか。勿論討伐の報酬は出すから。」
どうやら結構深刻な事態になっているようだ。森に入ると魔物に襲われて危険だが、入らなくても食料難で危険という状況か。
肝心の騎士団は悪魔の対応すら出来ず、全く役に立たない。だから事態を打開するためには、自分達で魔物をなんとかするしかないというわけだ。
2択の選択肢で、「断りますか? ⇒ 『いえ』 or 『いいえ』 」というのを突きつけられた感じだな…。どちらを選んだとしても、1つしか選べないという究極の選択だ。
「うーん、俺としても食事に制限がかかるのは嫌だから、別に引き受けても良いですけど。」
「助かる! 魔物の情報は1階受付のユニーにすぐに用意させるから、打ち合わせの上で早めに取り掛かってくれ。」
「敢えて言いますけど、おわかりですよね? 俺は昨日登録したばかりの新人ですよ? ギルドマスターが新人という方々よりも、更に輪をかけた新人ですよ?」
「お前は別格だから別に良いんだよ。」
「規約ってどういう意味なんですかね? まあいいや。別に打ち合わせなんてしなくて良いですよ。どうせすぐ終わることだし。魔法の1発くらいサービスにしとくんで。」
「ちょっとまて。お前まさか、さっき言ってたあれを撃つつもりじゃないだろうな?」
シュタイナーの顔色が変わる。
「アニヒレーションのことですか? 当然そのつもりですけど。」
「そんなもんぶっ放されたら、そこら中の地形が変わっちまうだろうが! 肝心の動植物まで全滅するじゃねーか!!」
「でも森の木も伐採不要になるから、街を大きく拡張し放題ですよ?」
「物は言い様だな。だが、木も丸々無くなるとなれば建物を建てる事が出来ん。
それに大きく陥没した地形なんぞ危なくてそのまま使えないぞ。
地下水や段差の対策等の問題も出てくる。そっちの対策で金がかかりすぎるわ。」
一応メリットを提示してみたのだが、やはり駄目なのか。
「あれなら面倒がなくてよかったんだけどなあ。そうなると、毒霧とかも無しってことになるのか。」
「もっと酷いわ! 死の森にする気か! 魔物どころか俺たちも近寄れなくなったら本末転倒だろうが。」
立て続けに反対されてしまった。そうなると個別に対応するしかないかな。死属性魔法を使うと簡単に解決するのだが、アンデッドだらけにするとそれこそ大騒ぎになるしなあ。戦場でやるならともかくとして。
森全体の土壌を腐敗させてしまうという手もある。後で浄化が大変だけど。勿論動植物は全滅するからこれも使えない。
単発魔法を撃っていくのは効率が悪い。全体魔法も駄目。物語だと英雄がどかーんと1発攻撃して敵は全滅大勝利なんだけど、現実は制約があって面倒だ。まあでも諦めるのはまだ早いか。
楽をするという点は外せない。如何に楽をして、その上効率的に解決できるかを考えよう。
「わかった。どっちもやらない。」
「大変だろうが、こういうのは、コツコツやるほうが結果的に効率が良いんだよ。」
「いや、そんな面倒なことはしない。まあ明日には解決すると思う。」
「また変なことをやらかす気じゃないだろうな…。」
信用ないなあ。でも、まだ会って2日しか経ってないから当然か。
「それよりも、追い払うんじゃなくて今いる魔物を討伐すればいいんだよな?」
「ああ、それでいい。くれぐれも動植物まで巻き込んで狩り尽くしたりしないでくれよ。」
「わかった。では早速行ってくる。」
俺はギルドマスターの部屋を出て、1階受付のユニー嬢のところへ向かった。
受付に行くなり、すぐにユニー嬢が1階にある資料室に案内してくれた。
そこにはシュタイナーが言う通り、既に資料が用意されていた。
「さすがですね。動きが早い。」
「そんなことはありません。今朝すぐにギルドマスターから、ベリルさんが来たらこの資料を見せて打ち合わせするようにと指示を受けていましたので。」
あのおっさん、最初から俺に討伐させる気だったみたいだ。伊達にギルドマスターやってるわけじゃないってことか。
資料室には地図の他に、以前奥地で調査した際の物と見られる魔物の種類、生息数及びそれらの分布図が置いてあった。
地図は測量して製作された物ではないが、概要を掴む上で大凡の位置関係がわかるため大変役に立つ。
さすがに大森林なだけあって、ハーピー、オーガ、トロール、シャドウワスプ、ポイゾネススパイダーにゼブラバイパーまで結構な種類がいるな。
集落を形成している種族もいるが、個別で生息するやつもいる。調査時に記録された総数は400体程度とそれなりの数だが、全部がこちら側に来ているとも限らない。まあ探知魔法を使えば位置や数が全部わかるので、試しに使ってみるかな。
とんでもない数が引っかかった。総数は軽く見積もっても900体を超えており、調査記録より遥かに数が多い。
ギルドが調査資料を元に討伐計画を立てているとしたら、2ヶ月かけても到底達成出来ないだろう。
「ユニーさん、打ち合わせは必要ありません。その代わり1つお願いがあります。」
「えっと、なんでしょうか?」
「この街に滞在している方で、追い込み猟をしてる先輩ハンターを紹介してもらえないでしょうか。」
「居るには居ますけど、ご年配の方々なので魔物討伐はとても無理ですよ。」
勿論魔物討伐を手伝って貰うつもりではない。
「とある物を貰い受けたいだけなので、まとめ役の方をご紹介いただけないでしょうか。」
俺はユニーに理由を説明した。
「そういうことでしたら……、大変申し訳ないのですがご紹介は出来かねます。」
まさか断られるとは思わなかった。依頼を完遂するためには、どうしても彼らの協力が不可欠なのだ。これは困ったことになったぞ。




