1話 物色
「あー、つまらん。」
俺はイビルメイジ。まだ名前はない。
いや、あるけど。確かに親から貰った名前があるけど!
普通すぎて、物語で語られるような悪の魔導師達の様なインパクトが無い。
俺は現在、拠点にしている洞窟の最奥にいる。いわゆるボス部屋というやつだ。
何をしているのかというと、実は何もしていない。
暇つぶしに1つだけある高そうな椅子に座ってみた。ただそれだけである。
旅の途中に近道をしようと思って、樹海に入り込んだことがそもそもの始まりだ。
ここは俺が雨宿りしようと思って偶々入った洞窟なのだが、歩き疲れて眠かったので入口付近で眠ることにしたんだ。
ところがここはいわゆるダンジョンというものだったらしく、寝入った瞬間を見計らってか魔物が襲いかかってきた。
近くに魔物がいなかったのでただの天然洞窟だと思っていたというのも理由だが、別に油断してたわけではなく、単純に言って感知魔法に引っかからなかったのだ。
まあこれは言い訳に近いのだが、村を出て初めて会う魔物がナイトストーカーのような悪魔系とか誰が予想出来るんだよ。
普通悪魔系なんてそこらに居ないぞ? お陰で感知魔法の問題点が分かった事は良かったけどな。
改めて原理を知ることの重要性を再認識させられたわ。くそっ。
二度と同じ轍は踏みたくないので、問題点を確認して昨日寝る前に改良しておいた。
少し脱線したので話を戻す。
ナイトストーカーにいきなりテントを壊された事で、文字通り叩き起こされた俺はブチギレた。
俺が世界で最も嫌いなのは、睡眠を邪魔されることだ。
元々俺は寝起きの機嫌が悪いんだが、この時は本当に腹が立ったのだ。
やられたからにはやり返してやろうと思って、俺はここを制圧することに決めた。
それで向かってくるやつらに、俺は一切遠慮せず魔法をぶっ放しまくって最奥まで進んだわけだ。
2時間ほど高速移動して最奥についたんだが、そこで俺の安眠を邪魔したであろう元凶を発見した。
実際のところは単にそこに居たというだけのことなのだが、おそらくボスといわれる存在なのだと悟った。
身体が少し透き通った人間みたいなやつだったな。偉そうに、1つしかない椅子に座っていた。
その周りに側近なのか、取り巻きが4体いて、直立したままこちらを見ていた。
ボスが俺を見て何か言っていたようだが、眠くて機嫌が悪かった俺は頭に全く言葉が入ってこなかった。
多分言い訳だろうと決めつけて、やつの言い分をガン無視することにした。
俺は自分に身体強化魔法を最大レベルでかけて、悪魔や不浄の者が嫌う神聖魔法を拳にまとわせ、無理矢理起こされた怒りをこめてそいつを直接ぶっ飛ばしてやった。
やつらは理解出来ないような言葉で、何かを叫びながら体ごと消滅しやがった。
それぞれ1発で消えたせいで俺の怒りは収まらなかったが、まあしょうがない。
感知魔法を改良した後、他に何も居ないことが確認できたので、とりあえず俺はぐっすり眠ることにした。
隣の部屋にはやつが寝起きする為だったのかベッドが1つあったので、テントを出さずに済んでちょうど良かった。
だが使用の痕跡はなく、状態保持魔法がかかっているからか、ベッドは嫌な臭いも一切せず清潔な状態だった。
野宿続きだった俺にすれば、多少臭ったとしても気にすることもなかったが。
その翌日のことだ。
満足に睡眠が取れた俺は部屋の様子を眺めつつ、昨日の出来事を色々振り返ろうと思ったのだが、そこでお腹がなってしまった。昨日は全力運動をしてそのまま寝たから、当然といえば当然か。
当然ここに食料なんてあるわけがなく、仕方がないので持っていた保存食を食べることにする。
満腹には程遠いが、少しお腹に入れたのでようやく人心地がついた。
今居る部屋だが、ここはベッドがあることからやつの居室だったのだろう。
ベッドの他に執務用の机と本棚、衣装棚がおいてある。椅子はない。
本棚の中には書物が数冊入っており、一見して高価な衣装と綺麗に揃った装丁を見るにどれもなかなかの値打ち物のようだ。
しかし、執務机の上には書類らしきものは見当たらなかった。
なんだあいつ、格好だけかよ…。イケメンぽかったのに残念なやつだ。
そうか。ひょっとするとこの調度類は見栄を張った結果なのかもしれん。まあどうでもいいけど。
棚の横に紐があるな。罠の類ではないだろう。
試しに引いてみると本棚が横にスライドして階段が現れた。地下室のようだな。降りてみよう。
ここにも魔法のランタンが吊るしてあるが、光量が調整されているのか若干薄暗い。
そこには大型の召喚魔法陣と魔法使いらしい白骨死体があった。相当昔に白骨化したものらしく、崩れかかっている。
杖はマジックアイテムらしく崩れてはいない。遺品というわけだが、そのままにしておいても勿体無いので貰っておこう。
魔法陣は古いものらしく文字がかすれている。
術式や配列等を見るに悪魔召喚をしようとしていたようだが、1箇所描き間違いがあった。
これでは召喚出来ても拘束は不完全になるな。昨日のあいつらはこいつに召喚されたとみて間違いないだろう。
そして拘束出来ずに殺されたといったところか。
おそらく召喚しようとしたのは雑務用の下級悪魔だったようだが、いくら下級悪魔といってもそこらの人間より遥かに強いからな。
めぼしいものもないので居室に戻って執務机を確認してみよう。
やはり机の引き出しには鍵がかかっているか。鍵穴が見当たらないな。魔法で鍵がしてあるのか。
なので俺もアンロックの魔法で解錠する。合鍵がなくても1発解錠である。これは鍵屋も真っ青だよな。
便利な魔法ではあるが、魔力の痕跡が残るので実際の泥棒には向かないのだけどね。
引き出しの中には宝石や宝石に似た魔力結晶がゴロゴロ入っていた。
それと魔法の短剣か。鞘と持ち手部分にゴテゴテと宝石を散りばめた上、全体的に華美な装飾が施されている。
鞘を取り払ってみると銀製の刀身が顕になった。儀礼用の短剣か? それにしては無駄に豪華だな。
サイドデスクには指輪等のマジックアクセサリーが数点と、あとは古めかしい魔法書が入っていた。
値打ちがあるかは詳しく解析してみないとわからないな。それとマジックバイブルもあった。
これは魔法書のような外見だが中身は特に何も書かれていない。
魔法効果を増幅したり、消費魔力を軽減する等効果を持つ補助アイテムだ。
手に持たなければ効果を発揮しないので、高性能な割に人気はいまいちだ。
それでも込められた魔力からみて、一流のエンチャンターの作で間違いない。
1冊売れば一財産にはなるな。色違いで4冊あった。どの属性にも対応するので1冊あれば十分なのだが。
ちなみに属性は、無、火、水、風、土、光、闇、神聖、死、暗黒の10種類があり、神聖は聖と略されることもある。
衣装棚も確認しておく。ローブとベルトはマジックアイテムだった。呪われてはいないように見える。
詳しい性能はあとで鑑定するとして、ありがたく使わせて貰おう。
状態保持魔法がかかっているからか、高そうな衣装が何着もあるがこれは不要かな。とりあえずここの品物は全部空間収納に入れておく。
空間収納の魔法は、亜空間につなげて物をいくらでも入れることが出来る便利な魔法だ。入れた物は時間経過が停止するので、生ものでも腐ることがないし、干からびることもない。
元々の所有者は資産家だったらしく物がかなりあるのだが、あの魔法陣の描き間違いを考えるとあまり優秀ではなかったのかもしれん。
ついでに他の部屋も確認すると、やはり魔術師の拠点らしく薬研があった。
薬研とは器具を使って薬草等を砕いたり混ぜたりして、様々な効果のある薬品を作るところだ。
器具の他に様々な薬品や材料が大量に置いてあるが、ラベルの文字が色褪せており読むことが出来ない。
鑑定しないと危なくてしょうがないな。とりあず全部収納しておくとしよう。
とりあえずこんなところか。
物色に目処がついたこともあり、昨日戦闘した隣の部屋の様子を確認しておく。
ここは大きな屋敷の玄関ホールのようになっており、かなり広い部屋だった。
玉座のように1つ椅子が置かれているが、部屋の調度類とそぐわない。
おそらくこの椅子は隣の部屋からもってきたものだろう。
昨日のあいつが格好をつけて出迎えるために、隣の部屋から持ってきて置いたんだろうな。
やつらの死体は消滅しているものの身につけていた装備が散らばっており、そこから禍々しいオーラが溢れている。
どうみても思いっきり呪われているな。側近の装備も呪いが強いが、ボスの装備は取り分け強力な呪いだった。
近寄るだけで呪われそうな勢いであるが、空間収納に入れておけば問題ないはずだ。
強力な装備に見えるし、呪いさえなんとかすれば使えるだろう。俺は遠隔から空間収納に放り込んだ。
そんなわけで、ここでやることもなくなった俺は、とりあえず椅子に座ってみたわけだ。
でも俺はボスじゃないし、こんなところに誰か来るわけでもない。
洞窟内の魔物達も、あれだけ大量にいたのだが今は1体も居ない。腹立ち紛れに昨晩全滅させたからだ。
「さっさと出るか。夕暮れまでに街へ着きたいしな。」
俺はここを出て、街へ向かうことにした。
はじめまして。初めて書きます。
拙いですが、よろしくお願い致します。