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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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008

リジアンからの提案で、カルネヴァル侯爵家の現在の状況を教えてもらえることになったはずだったのだが…。


シエールは自室で朝食をとっていた。

この別棟に移動させられてから、シエールは全ての食事を自室でとっている。

王宮での出来事があり、毎日の生活で覚えることや考えることがたくさんある。

ふと気がついてみると、シエールはこの部屋を出た事すらなかった。


食後の紅茶を飲み干し、暖かい息をほうっと吐き出す。

食事をしている最中も、シエールはカルネヴァル侯爵家の現状が気になって仕方がなかった。

あれからどうなったのか…お母様とのお別れは?

あんなに取り乱していたお父様も、落ち着きを取り戻してシエールを探しているかもしれない。


リジアンへ話を促そうと視線を送るが、リジアンはその視線を受け入れようとはしない。

気がついていてわざとに、視線を合わせないように務めているようだった。

痺れを切らしたシエールはおずおずと上目で反応を伺いながら、リジアンへ質問を投げかけた。


「…さっきのことなのだけど。」


するとカップを下げようとしたリジアンの動きが一瞬止まり、小さく頭を振る。

カップを戻し、姿勢を正した後…探るように細めた瞳から緑の光が、シエールへと訴えかけている。

きちんと整えられた髪の毛が、はらりと顔に落ちた。

高い位置からじっと見つめられた、視線から伺えることはシエールに対する問いであった。


「(本当に、その行動で正しいのか?)」


とっさにシエールは、リジアンの言葉を思い出していた。

これからは求めれば与えられるという生活ではないと、教えられたではないか…考えなければ。


リジアンはシエールに対して、カルネヴァル侯爵家の現状について教えると言った。

もしリジアンにその気がなければ、シエールにそんなことは言わないだろう。

しかし朝食を先に済ませるにしても、食事を終え、話を聞く体制が整った今…話ださないのはおかしい。


そしてあの視線。

…「今」が、そのタイミングではないと言うこと?


シエールは自分なりにこれが答えだと、納得したていた。

そして、時間をつぶすためにサイドテーブルに置いていた本を取りにいき再び静かにソファへと戻った。


   ・

   ・

   ・


時間が経ち、昼食を済ませた後…本を読むのに疲れうつらうつらしていたその時、リジアンが声を発した。


「そろそろ、お時間でございます。」


シエールの靄がかかった頭は、一気に現実に引き戻されていった。

リジアンに手を差し出されて、シエールは手を添えソファから降りる。


「失礼いたします。」


リジアンの声が聞こえると同時に、シエールの脇へと手を差し入れ荷物のように軽々と持ち上げ片腕にのせ抱きかかえた。

彼なりにシエールの身体を心配しての行動だったが、シエールにとっては体験したことのない高さだった。

あまり親しくない人に抱き上げられるのは、初めてだ。

不安と怖さで小さく震え、リジアンの首へとしがみついた。


そのまま格好でリジアンは部屋を出て、廊下を進み、階段を登る。

登った先の踊り場にある窓から、外を眺める様に壁に沿って立ち止まった。

どうやらここが目的地らしい。


窓から見える景色は、陽の光に照らされたカルネヴァル邸と綺麗に手入れをされている庭が見える場所だった。

あそこはかつてシエールが昼下がりの散歩に足を運んでいたカルヴァル邸の中庭だろう。

シエールがこの別棟を知らなかった原因となった木々が、建物を隠すよう邸との間に生い茂っている。

その隙間を縫い、眩しく美しいものを眺めるかのようにシエールの視線は中庭へと注がれていた。


しばらくすると、さわさわとした音と共に人影が見えてきた。

白いレースに縁取られた傘で陽を避けながら、優雅に歩いてくるご婦人。


「今、あちらの建物の陰からお見えになった方が旦那様の後添え…現カルネヴァル侯爵夫人でこの邸の女主人ディアンジュ様。その後ろで乳母に手をひかれているのが、ご息女プリムヴェール様です。プリムヴェール様はシエール様の妹御様に当たります。お二人はヴェラヴィ伯爵家からのお輿入れになります。」


シエールは同じ方向を見つめて話すリジアンの声が、遠くに聞こえる感覚に襲われた。

…現カルネヴァル侯爵夫人。


王宮で話をした日から、何日経つのだろう…元々長くお母様がいなかったかのように、新しいお母様が邸を散策している。

王陛下の命で仕方ないにしても、気持ちが追いつかない。


あの場所で、お母様の手を引いて花壇を見て回っていたのはシエールだったはずなのに。

腰を折りシエールに視線を合わせて、優しく花の名前を教えてくれていたお母様はもういない。

興味がのらないご婦人が、日に当たるのを厭いながら中庭を値踏みしているように見えた。


「お父様は…?」


シエールは視線を中庭へ向けたまま、表情を変えず呟くようにリジアンへ質問した。


「旦那様は…あまり邸へは戻っておいでになりません。邸の事は女主人のディアンジュ様か家令のコルシック、もしくは私へ任されております。」


お父様もシエールを探してくれているわけではないのだ。

シエールは、口を動かしリジアンへ返事をしたつもりでいた。

しかし実際にはその言葉は発せられることはなく、薄く明るい空の中に消えていった。


「…近々、一度お嬢様をディアンジュ様の元へ連れてくるよう、言付かっております。」


薄暗い石造りの踊り場を、心地よい風が吹き抜けていく。

シエールの髪の毛を軽くなびかせながら、受ける風に薄く目を伏せ、唇を噛む。

今目の前に広がる景色も、自分の置かれている立場も、全てが作り物の様に現実味がない。


それでももうお母様が返ってくることもなければ、お父様が自分を愛してくれることもないのだということだけははっきりとわかった。

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