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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
8/103

007

それから別棟での、リジアンとの生活が始まった。


リジアンは毎朝定時に、シエールの部屋へとやってくる。

その時刻迄に自分で目覚め、身支度が出来上がっていないと、これ以上ないというくらいの嫌みを言われる。


これが大変なもので朝起きてから支度の順序、手のかけ方にいたるまで細かく指摘をされ、何故出来ないのか、そしてどうすればきちんと出来る様になると考えるのかを執拗に聞かれる。

もちろんリジアンからのアドバイスや、労いの言葉はない。

今までそんな事を考えたことがないシエールは、言葉に詰まり返事をできずに黙って俯いていた。

しかしシエールが考え、話しだすまでリジアンは動かず、話さず、次に進むことはない。

身体が動くようになった初日は、朝食をとるのが夕方になるほどだった。


何をするにも一人で満足に出来ない自分が悔しく、涙することもあったが、それを理由に投げ出そうとは思わなかった。

答えなければ先に進めない、その事を学んでからシエールは自分の行動をひとつずつ考えることにした。


   ・

   ・

   ・


まず夜眠る前に、翌日の鳥の声と共に起きると自分に言い聞かせ、眠りについた。

少し早く目が覚めることがあれば、そのまま起きてしまう方がいいと無理やり起き上がった。


起きてすぐに顔を洗う…必要な量だけ水を溜め、ばしゃばしゃと水をかけた。

鏡をみて、すぐに思いなおす。

これは以前にリジアンから指摘されたことだった…顔だけでなく髪の毛までびしょ濡れになっていたのだ。

今までどうやって顔を洗っていたのかなど、考えたこともなかった。

シエールが顔を洗うと髪の毛が顔に張り付き、かなりの水が跳ねる。


ひとりで洗うコツを思い出すもなにも、シエールはひとりで顔を洗ったことなどない。

目覚めからぼんやりしているうちに、侍女に促され、言われたとおりに動き、手伝ってもらいながらなんとなく身支度が終わっている…そんな毎日だった。


頭を振ってもう一度鏡に向かい、髪の毛を濡らさない為の考えを巡らせる。


片手で髪の毛を持ったまま、もう片方の手で顔を拭ってみた。

最初よりはまだましだが、思うように水が掬えず、綺麗に洗えている気がしない。

しかし髪の毛を結ぶと言うのは良い案のように思う。

シエールは長めのリボンを頭にヘアバンドのように結んだ。

これで顔周りの髪の毛が邪魔になることはないだろう。


再び顔を洗おうと、水を掬いながら屈みこむとさらさらと繊細な音を立ててシエールの長い髪は顔の方へと覆いかぶさってきた。


「(後ろ髪、邪魔っ)」


リボンが他にもないかと探したが、見つからない。

それならば代わりになる物をと、部屋の中を見回す。

部屋の中は調度品が少なく簡素な造りで探せる場所もあまりない。

どうしようかと考えているうちに、カーテンと一緒にかかってあるタッセルが目に入った。

この部屋のタッセルは絹糸を少し細めのロープのように仕立ててある。

シエールはタッセルをしゅるしゅるとフックから抜き、取り手に取ると後ろ髪を結んだ。


水が飛び散らないようにそっと掬い、顔を洗う。

今度はうまくいった、明日からはこの二つをうまく使おう。

タオルで顔についた水分を拭き、歯を磨く。


次はクローゼットまで移動して、洋服を選ぶ。

リジアンが用意していた者は全部で七種類…それも全てが手に届くように低い位置に備えられていた。

幼いシエールでも着られるように、ワンピースは凝った造りではなくそれでいて品のある物を揃えている。


着替える順番がわからないシエールは最初こそ、まごまごと一つずつ手に取っていたが、それではうまくいかないことを学んでいた。

まず着ている物をすべて脱ぐ、侍女も誰もいないのだ…咎められることもない。

脱いだものをすべて籠に入れ、新しい下着を身に着ける。


最初は下着をうまく着ることができなかった。

上に身に着ける下着は袖がなく、羽織って前で何か所かを結ぶ。

綺麗に結ぶことが出来ず、時間をかけていたが…考えてみれば下着の結び目等、人に見せることはない。

一日解けずに過ごせて、着替える時に外れればいいのだ。

シエールは独特の結び方で、下着を整えた。


一番苦手なのはタイツだった。

こればかりは上手くできるコツはない、時間をかけて履くことにした。

手を抜こうとすると、腰回りがゴワゴワしたり、捩じれたりで一日中違和感を感じて過ごさないといけないことになる。


最後に、ワンピースと靴を選ぶ。


「…たった七種類の中から、これが良いと思える物を選べないとは。」


以前に、リジアンに色合いについて指摘をされていた。

自分を良く見せるために、「選ぶ」ということの重要さをリジアンは強く説いていた。

どれが正解ということは教えてもらえなかったが、何でも良いというわけではないということを理解した。

こればかりはシエールの経験でも、わからない。

なので服を選ぶときは、頭の中でお母様と対話をしながら決めることにした。


「シエール…貴方の瞳なら、このクリームイエローのワンピースがよく映えるわ。でも気持ちを和らげるアイボリーにウエストで切り替えのあるこのアイリス色の方がいいかな?それなら靴はこっちのモーヴのストラップを…。」


頭にお母様との思い出を浮かべながらシエールは、目を閉じる。


「ありがとう…お母様っ。」


少し目頭に力がはいる、しばらくそのままでゆっくりと目を開けるとシエールはアイボリーとアイリスのワンピースとモーヴの靴を手に取った。


   ・

   ・

   ・


コンコンコンと、軽いノックが聞こえる。

シエールは慌ててソファまで移動し、返事をする。


「どうぞ。」


シエールの返事を待ち、リジアンが扉を開く。


「失礼いたします。」


綺麗な所作で扉を閉めると、リジアンはソファの近くまでやってきた。


「おはようございます、お嬢様。今日はお支度が整っておいでですね。」


そう言うとリジアンはシエールを一通り観察しているようだった。

普通ならここで挨拶を返すところだろうが、シエールは緊張してリジアンの次の言葉を待っていた。


「まず、まだ髪の毛が濡れてらっしゃるようですが?」


シエールはびくっと身体を強張らせて、リジアンへ答えた。


「これについては今日、対策を考えました。明日からはこのようなことはないはずです。」


そう答えるとリジアンは一つ頷いた。


「では明日へ期待するとしましょう。次にそちらのお洋服にはアクセサリーがついていたと思いますが?」


シエールは、はっと自分の胸元を見た。

着る時に重さで落ちてしまったが、あとで拾おうと忘れていた。


「落としてしまったようです。どこにあるのかはわかっています…あとで改めて付け直します。」


またリジアンは、ひとつ頷いた。


「それでは最後に今朝は髪の毛を梳かしましたか?」


思いもよらない質問に、シエールは目を見開き言葉を飲み込んだ。


「鏡を見ていればわかったはずです。頭にリボンとカーテンのタッセルがついております。身支度の最後には余裕を持って、鏡を確認されることをお勧めいたします。」


おそるおそる、片手を髪の毛にやると、手に触るロープのような感触に当たる。

シエールは顔を赤くして、俯いた。


「あ、明日からはそのようにいたします。」


リジアンは頷いた。


「いえ、こちらにも手落ちがあったようです。早急になにかお持ちしましょう。とはいえ…時間内になんとか身支度が出来る様になったようです。では次に…今のカルネヴァルの状況を、お話いたしましょう。」


リジアンはそういうと、シエールの表情を読み取るように見つめていた。

シエールは顔に緊張を乗せていた。

今までは自分の事ばかり考えていた。

リジアンは自分の事ができるようになるまで、外部のことを耳に入れることを控えていたのだ。

シエールは覚悟のこもった目でリジアンを見つめ、頷いた。

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