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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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耳へ聞こえてきた言葉を正しく理解しようと働きかければ、頭の芯が溶けていくような感覚におちいってしまう。

今…なんと言った?お姉様は、なにが原因だと告げたのだろう。


時間が止まったかのように、思考が緩やかにその言葉を受け止めていた。


――― 「原因は貴女よ…プリムヴェール。」


カップを重ねる音、動きに合わせて着ている服が擦れる音、口元からこぼれる息でさえ音を立てるのをやめたのではないかと思えるほど静かな中でその言葉はプリムヴェールの内面へと埋まりこんでいった。


「…なにを、そんな。」


受け止める者がいない言葉を震える声にのせ、視線を彷徨わせる。

自分が原因になどなるはずがないと思っているのだろう、否定はしていても仕草や声は隠しようのない不安でいっぱいの様だ。


「公爵夫人は最初、『意図を正しく汲み取ってもらえなかった』と言ったそうね?」


シエールの問いに、プリムヴェールはゆっくりと視線を右下へと落とした。

あの時は、かけられた言葉に、責められていると感じた。

しかしせっかく高位貴族のお茶会に招待されたというのに、お姉様を連れて行くなどありえないということをわかって欲しかった。

結果としてプリムヴェールは、ディアンジュを差し置いて自ら公爵夫人へと自分達が最善をつくしていると説明をしたのだった。


「バルカロール侯爵夫人からの招待の手紙を読んだ今ならば、貴女にも理解ができるはずよ。礼を欠いたのはどちらなのか、それに対して自分が何を言ったのか。あの時…プリランテ公爵夫人は何か行き違いがあったようだと、場を治めようとしてくれていたはずなのよ?」


プリムヴェールは、膝に乗った手を握りしめ、自分の仕出かした出来事の大きさを測りきれないでいた。


「まだ貴女が謝罪を受ける家の者として、謙虚であればよかった。…でも貴女は身分が上のブリランテ公爵夫人に対して、発言の許可もなく自分の思いを述べたうえに、その公爵夫人が心を砕き接しようとした人物に対して侮辱ともとれる発言をした。」


招待までの経緯も知らず、母親であるディアンジュが困っているのを見かねて原因をすべてお姉様へと転化しようとした。

場を治めようとしてくれていた好意でさえ、責められていると感じ否定したのだ。


シエールはプリムヴェールの様子を伺い、反論が返ってこないと見ると話を続けた。


「覚えているかしら?バルカロール侯爵の使用人から聞き出した情報なのだけど、貴女…公爵夫人に対して『謝罪を受け入れる立場なのに、なんでそんなに非難されないといけないのか』と、言ったそうだけど?」


今回の事はブリランテ公爵家、または公爵夫人にはなんの非もない。

公爵夫人が可愛がっているグルドゥの為に、バルカロール侯爵家とカルネヴァル侯爵家の間を取り持ち、和解へと導いてくれようとしていたのだ。


それなのに…。


顔色が悪くなっていくプリムヴェールを見て、シエールには同情を寄せるという気持ちにはなれなかった。

何故もう少し周囲を見て考えることができなかったのか、何故自分たちの保身の為に後先を考えることができなかったのか。


ブリランテ公爵夫人には、カルネヴァル侯爵家は心を尽くすに値しないと判断されたに違いない。

できればディアンジュとプリムヴェールの母娘と、カルネヴァル侯爵家を別に考えてもらえるとありがたいのだが…。


そしてバルカロール侯爵夫人からも、信頼をなくしたことだろう。

シエールはグルドゥの顔を思い浮かべ、申し訳ない気持ちになった。


バルカロール侯爵夫人へかけられた、プリムヴェールの言葉。


―――「貴女、後悔するわよ?私こそが、次期カルネヴァル侯爵なのだから!」


何故…ここまで大きなことが言えたのだろう。

この言葉は紫の系譜カルネヴァル侯爵家から、赤の系譜のバルカロール侯爵家へ対立を突きつけたのだ。


シエールは後ろに控えていたリジアンへ視線を送ると、リジアンはシルバーのトレイに光沢のある青い布でくるんだ手紙をシエールへと差し出してきた。

トレイより手紙を持ち上げ、再び渇いた音と共にプリムヴェールへ渡すためにテーブルへと置いた。


「バルカロール侯爵家より、お爺様へ…正式に抗議をしてきたそうよ?」


顔を上げないプリムヴェールに向かって、きちんと目を通せるように手紙を押し出す。

テーブルを真っすぐに滑り、目の前に差し出された手紙には、骨ばった署名と碧眼翁個人しか使う事のできない青色に銀粉が散りばめられた封蝋。


中身には親族としての助言や忠告ではなく、青の系譜…その頂点からの重い叱責であった。


「碧眼翁は…私のお爺様では、ないわ。」


震える声で答えるプリムヴェール。

今更事の重大さに気付き、庇護を誘うような震える声色で目に涙を溜めていた。


「…本当になにも知らないのね。」


シエールのその言葉には、強さが込められていた。

自ら知ろうとしないその身勝手さと、求めれば与えられると確信している傲慢さには怒りを通り越し、呆れが浮かんでくる。

少しだけでも、後悔や反省を見せてくれるのではないかと思っていた。


しかし最後に見えたのは様々な圧力からの「逃げ」であった。


手紙に目を通すことなく、叱責からも「自分の身内ではない」と逃れようとするその姿は…あまりにも無責任だ。

シエールはわずかに残った心の引っ掛かりを気に留めることなく、プリムヴェールへ告げることにした。

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