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シエール達が学園に向かっているその時を同じくして、ディアンジュはバルカロール侯爵邸の中庭へと通されていた。
この日の為に贔屓の仕立て屋に無理を押し付けて誂えたドレスが、整えられた品のある庭園に全くそぐわない色彩の暴風を叩きつける。
ディアンジュの装いは豪華ではあった。
自慢のデコルテ部分を大きく開いた、濃い薔薇色、葡萄色、金赤色を組み合わせたボリュームのあるドレス。
布生地をふんだんに使い肘までの膨らんだ袖に仕上げ、少女のようなあどけなさを演出する。
コルセットで締め上げた腰のラインには、その流線美を強調するべく花葉色のオーバースカートを巻き付け、後方で束ね長く流している。
大きな羽根付きのミニハットを緩く結い上げた髪に乗せれば、遠くからでも存在を主張できるし、指には実家から持たされた大ぶりのピンクサファイヤの指輪をはめ、見る者の視線を誘うのに十分だ。
仕上げにカルネヴァルの系譜の色、アメジストとパールのネックレスを胸元へ揺らせば…誰もがディアンジュの手を取りその肌に触れたがるに違いない。
ディアンジュは貴婦人然とした、今日の装いに大変満足していた。
なんといっても侯爵家から直々のお茶会への誘いなのだ。
旦那様は領地から戻らず、社交の場へは数えるほどしか誘いがかからない。
招待が届き参加したとしても、せっかく侯爵夫人になったというのに今までと変わらない面々からしか声がかからないことに不満を持っていた。
しかし今日からは…こうしてお茶会へ呼ばれたということは、ようやく高位貴族の仲間に入れたということなのだろう。
招待状には主催のバルカロール侯爵夫人とは別に、さらに高位の身分の方を招いてあると書いてあった。
…もし男性であれば、ディアンジュの女性らしいシルエットに魅了されるかもしれない。
「…もうっ、私としたことが。色香が漂うということも、困ったものだわ。」
まだありもしないことで、嬉しそうに悩んでいる風な声をあげるディアンジュの横でプリムヴェールが同じように自分のドレスに浸っていた。
「お母様は素敵ですもの、誰もがお母様へと振り向きますわ。私もお母様のように美しくなれますかしら?」
桃花色を基調にあらゆる部分に白いフリルとリボンをあしらったドレスをつまみ、あざとさをのせて首をかしげてみせる。
「プリムちゃんは、愛らしいお顔をしていますもの。私の様ではなくても、殿方がほっておくなんてことはあり得ませんよ?」
そういうとディアンジュはプリムヴェールの顔を覗き込み、チョーカーについているローズクォーツをちょんっと爪ではじいた。
ディアンジュは瞳を細めて満足げに微笑む。
「支度は万全。あとは私達の姿に瞳を奪われ、集まった者達を魅了していけばいい。ただそれだけで高貴な方々の仲間入り…ふふっ、うふふ。」
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「ようこそお越しくださいました。この度は急な招待を受けていただき、誠にありがとうございます。」
品良くディアンジュを迎え入れたのは、邸の女主人バルカロール侯爵夫人だった。
スレンダーな体つきのバルカロール夫人は、落ち着いた装飾の少ない赤いドレスに首元には何重にも重ねたパールのネックレスと真っ白な絹糸の中に程良く混じる銀糸のショート丈の手袋をはめていた。
バルカロール夫人はディアンジュへ感謝を尽くした礼をとったあとに隣にいた、プリムヴェールへ向かい合う。
「貴女がシエール様でございますか?この度は私の息子…グルドゥが大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」
少し腰を落とし、視線が合うように話し掛け優しく微笑みかけるバルカロール夫人。
しかしその瞬間、プリムヴェールの表情が険しい者へと変わりとんでもない悪態を突き出した。
「私は、あんな恥知らずな令嬢ではございません。シエールは私の姉…それももう数年もすれば、侯爵邸を出され市井に下る者ですわ。」
はっきりとそう告げると、視線を合わせてくれていたバルカロール夫人にむかってぷいっと顔を背ける。
言葉を受け、バルカロール夫人の表情がみるみると青ざめていく。
すっと立ち上がると再びディアンジュへ向かって、厳しい表情で問いただした。
「一体…どういうことなのでしょうか?私は招待の手紙に『シエール様とご一緒に』と、したためたつもりでおりました。こちらの令嬢がシエール様でないとするならば、何故事前にご連絡いただけなかったのか。手紙にはもうひとつ、高貴な身分の方も同席されると書いたはずですが?」
「ああ、そんなことも書いてありましたけれども…あの娘のことなど、どうでも良いではありませんか?こうしてご招待にはお応えしましたし、ほら私の娘プリムヴェールです。あの娘よりもよっぽど素直で愛らしい、まるで花束の様な子ですのよ?」
ディアンジュは、手紙に書かれていたことを失念していた。
更にそれを詫びることもせずに、着飾ったプリムヴェールを紹介し今後の嫁ぎ先に有利になるようにと褒め称えた。
バルカロール夫人は、両掌を組みわなわなとした仕草で淡々とディアンジュへ告げる。
「今回の招待がどのような主旨の元だったかは、覚えておいででしょうか?今回は我が侯爵家に非があるため、強くは申したくありませんが…ですが、あの御方へどう説明をすれば良いというのですか!」
責められる理由がわからないディアンジュは、眉をしかめ周囲に話せる男性がいないか探しだしていた。
バルカロール夫人はきっと、自分の美しく着飾った姿に嫉妬しているのだろう。
「…何事ですか。」
一段と低いトーンの女性の声が聞こえる。
その声には威厳があり、バルカロール夫人の非難さえもそよ風のように流していたディアンジュさえ萎縮していた。
熟練された経験に基づくその気品は、他に真似できるものではない。
その存在を大きく示したのは、この国で三大公と呼ばれる赤の系譜ブリランテ公爵夫人…その人だった。




