053
以前に一度見たことのある、陽光にも似た色彩を持つたくさんの六角形の光の粒子がシエールの視界を覆う。
その粒子はキラキラと輝きを放ちながら、互いに重なり合結晶の様に砕け…やがて消えていく。
すべての粒子が消えてしまった後に残されたものは、頭に靄がかかったように放心するシエールの姿だった。
「(私になにが?以前はこのようなことはなかったはず。)」
どうやっても、自分で自分がわからない。
考えをまとめようとすると必ず、浮かんできた答えが掻き消される。
――― これが、加護【決闘】。
この加護のことをまともに観察できるようになって、気がついたことがある。
以前受けた時には、剣術の試合の最中だった。
同じ様な粒子を見た後に、急に視界が狭まりシエールは苦戦を強いられた。
そして今回は、思考力。
確かに、効果的に相手の能力を低下しているように見える。
それに比べてグルドゥの方は、先程までの戸惑いは嘘のように消え目の前にその本が見えているかのように次々と表題が浮かび上がって来ていた。
「『遠征に必要な薬品と代用される植物』…これは現在ティヨール編とコニフェルード編が出版されているが、どちらでもかまわない。」
顔を上げイキイキとした表情をみせるグルドゥと、なぜか表情を隠すことに長けているはずなのに不安そうに落ち着かないシエール。
シエールは口元へと手を添えると、頭に浮かぶが自信のない表題をあげる。
「『歌姫…と、呼ばれた伯爵夫人』。巷では…恋愛小説のように出回っておりますが、本来は…どこだったかしら?そう南国…南国の実話なのです。これにより確か、魔力を歌に込めるという研究がなされたとか…。」
シエール自らが提案した「娯楽や絵本は除外」という、決め事ぎりぎりの内容だった。
しかしグルドゥはそれを気にした風でもなかった、むしろはやく次の本の表題を言いたくてたまらないといった顔だ。
「私が読む本は偏っているのかもしれないな…『剣と込められた加護』。私が読んだものは近年だされた改訂版の方だ。」
「…ええ、それならば私も…。」
シエールは、気もそぞろに同意をした。
今グルドゥがあげた表題の本も読んだし、それに連なる作品を何点か読んだ記憶がある。
そのことを口に出そうとすると、とたんに頭の中に靄が濃くなっていく。
今は辛うじて続けることが出来ているが…このままでは、いつ口が動かなくなってもおかしくない。
シエールは、グルドゥの様子を伺う。
今のグルドゥは次々と表題が浮かんでくることに忙しく、こちらを気にしている様子はなさそうだった。
そのままシエールはアスフォデルへと視線を向ける。
アスフォデルが、目を見開き頷く。
そして音を立てずに、移動して二人が見える場所まで来ると手をかざして口を開く。
「加護【遮断】!」
白く薄い光の帯が、真っすぐにシエールとグルドゥの間へと伸びていくのがわかる。
しかしそのまま分断されると思った空間は、二人の前に届く前に弾かれ霧散してしまった。
「えっ?」
アスフォデルが加護を発動したことに気がついていなかった、グルドゥは気の抜けた声を上げた。
自分の優位に周囲が見えてないようだった。
「なるほど。」
後ろで全てを眺めていたリジアンが、納得したような声を上げる。
シエールは働かない頭を動かし、必死に振り返るとリジアンへと叫んだ。
「リジアン、お願い!」
このままではダメだ。
グルドゥの加護に、アスフォデルの加護が届かない…加護が弾かれているということはわかった。
ただこれだけだと、やはりアスフォデルが加護を制御できていないという疑いも晴れないのだ。
リジアンは小さく溜息をつき、やれやれといった様相で組んでいた腕をほどいた。
特に大きな動作をすることはない。
ただ…静かに、その場所に言葉が落ち零れる様に呟く。
「加護【影身】。」
シエールはその時を、しっかりとした角度で見つめていたつもりだった。
ただグルドゥの加護により、いつもより思考力が低下している。
加護を呟いたリジアンは、大きく変化することもなく少しブレたように感じただけだた。
頭の中で何かが割れたような音と共に、目の前が開けたかのような軽やかな気分になった。
――― ガタンッ!
物音に驚き振り返ると、座っていたはずのグルドゥが少し腰を落として口を開けて浅い呼吸を繰り返している。
「…なんだ、今のは?貴方はなにをしたのだ?」
グルドゥは化け物を見るような視線を、リジアンへと向けていた。
視線を向けられたリジアンは再び溜息をつき、腕を組んだ。
「どうやら、この中では私の加護が一番優位性が高いとみえますね。」
「何が起きたんだ?」
ヴァーグが心配そうにグルドゥへと寄り、手を差し出してきた。
「すみません、ニグレット先生。…今、あの方がものすごく大きくなって私の前に。しかも、ものすごく怒ってらっしゃって…。」
よほど驚いたのだろう、先程の饒舌が嘘のようにたどたどしい口調でグルドゥは説明をしようとした。
「加護で、私の感情をぶつけただけの事です。それ以上は説明する気はありません。」
リジアンはそう言い切ると、完全に視線を合わせることがなくなった。
これ以上説明はしないと決めているのだろう。
「とにかく、これで間違いがなさそうだと思うのだけど…。」
シエールが今まさに立証されたことを確認する。
「互いの加護には優位性があり、干渉を妨げる場合がある。そのことは今ここにいるグルドゥ様、ドストラリ先生、そしてリジアンが証明して見せたわけなのだけど…。」
最後を濁しつつ、シエールはリジアンへと視線を向ける。
この場の中で加護を持たないシエールは論外だ。
ヴァーグとリューンの加護は、相手への干渉に向かないものであったためとっさにリジアンへと頼んだのだが…。
「匿名…ということで処理していただけるのであれば、学園に証言しに伺いましょう。」
リジアンは先を読み、シエールの願いに対し落としどころを見つけてくれた。
一瞬空気が止まり、次の瞬間カルネヴァル侯爵邸客間は歓喜の声で湧き上がっていた。




