050
しばらくの間…項垂れているグルドゥを見て、シエールはその苦悩に心を寄せていた。
そもそもこの国の風習では、自分の持つ加護を他人に教えるべきではないとされている。
幼い頃からの「優秀であれ」という期待に応えたいという気持ちが、彼を苦しめてきたのだろう。
早くに加護が発動できたことに、周囲は喜び褒め称えたに違いない。
…だが大人達が、その内容や葛藤に目を向けることはない。
静かに自分と向き合い、長い間孤独に悩み続けたグルドゥ。
あの事件の中で…どんなに恐怖に震え、死を身近に感じたとしても…彼の心に触れてしまった今、もう責めることは出来ないと感じる。
・
・
・
ようやく気持ちを落ち着けることができ、擦ったであろう赤い目を恥ずかしそうに反らしながらグルドゥは顔を上げた。
「待たせてすまなかった。…他になにかあるだろうか?」
言葉を受けて、シエールは少し申し訳なさそうな顔で話を続ける。
「そうですね…グルドゥ様の加護について、もう少し詳しく教えていただきたいと思います。加護【決闘】は先日の様な剣術の場でのみ、有効なのでしょうか?また御自身を有利にするということは理解できるのですが、相手の加護を封じることができるというのは…どういうことでしょうか?」
グルドゥはシエールの言葉を噛みしめながら、頷き質問へ答える。
「その昔、家庭教師の前で加護を使ったことがある。その時は親族の中で同年代の子息達を集めて、簡単なテストを行っていたと思う。あきらかに加護を使い不正を行っている者がいてな…その、許せなかったんだ。カッとなって無意識に加護【決闘】を使ってしまい、彼の加護を封じ込めてしまった。」
幼い正義感をこそばゆい想いで話すグルドゥの頬は、うっすらと赤くなっていた。
振り返って考えてみると、今日は感情を大きく揺さぶられることが多い。
「もちろんその時の試験は、自分が加護を使ったと自己申請したし…使った相手も不正を反省していたように思う。」
「お相手の加護は、どのような?」
「確か、加護【模造】だったかな?比較的によくある加護で、物を似せる能力だったと思う。その能力をつかって私の解答を似せて作っていたようだ…頻繁にこちらを覗きみていたしね。それが私が加護を使うと同時に全くペンが進まなくなって、頭を抱え唸り出したんだ。多分急に加護が使えなくて、困っていたんだな。」
一通り話を聞き、シエールの中へと落とし込む。
多分この不正がなければ、グルドゥもその親族の加護能力を知ることはなかっただろう。
そして結果的にグルドゥ自身の能力についても、理解を深めることができたと思われる。
「グルドゥ様の加護【決闘】は、一般的な加護に比べ能力が強いように思います。」
シエールが発したその意見に、他の皆も賛同した。
そしてシエールは最初に思い浮かんだ考えに、立ち戻る。
それはシエールが生まれて初めて、加護という能力に触れた時のものだった。
「ここからは私の…実際に体験した話になります。以前…皆様も御存じの様に私は王陛下に「その命の存在が罪である」と、糾弾されたことがございます。その際王陛下は私に処罰を申し付け条件を提示されました。その誓約をされたのが王陛下の元におられるブレイヤール様です。」
その名前に、ヴァーグが過剰に反応する。
「ブレイヤール殿が、カルネヴァルの…誓約を行なったのか!」
ヴァーグがブレイヤールの名前を口にしたことで、シエールはどのような人物であるか興味が湧いてきた。
あの時は幼く具合も良くない中、初めて王陛下を前にして周囲を観察するような余裕はなかった。
ただ…山羊の被り物と黒い衣服が、とても恐ろしい者に見えたことは覚えている。
「私も同じ加護を持つ者として、名前を知っている程度のものなのだが…。加護【誓約】は、そこまで珍しいものではない。一般的には誓約という言葉ほどの威力はない、約束という程度の能力だ。ありがたいことに私は人数・強制力ともに普通以上のものを持っていたので国立フテュール・ジヴロン学園で教員として存在できているのだが…ブレイヤール殿は格が違う。誓ったことは条件が満たされるまで、どのように困っていたとしても撤回はできない。そして誓約を破ろうとしても、絶対に破れないのだ!」
ヴァーグはその言葉に、尊敬と畏怖を織り交ぜて語る。
同じであり、同じでない…手を伸ばしても、遥か先に神々しく存在する者かのように。
シエールの中の記憶に浮かぶブレイヤールも、そのような存在に感じていた。
「たしかに…陛下も同じようにおっしゃっておいででした。『相手の加護が強力でも、打ち消すことなく数十人をこなす。人数においても、強制力においても最上なのだ』と。」
リジアンはシエールの言葉に引っかかるものを感じたのか、少し身を乗り出して話に加わってきた。
「相手の加護を打ち消す?」
シエールは頷く、まさに言いたいことはそこなのだと。
「私にはまだ加護というものが存在せず、知識として知る限りです。ですがこのことから思うのです、もしかしてですが加護には能力に個人差があり同じ加護でも、違う加護でもその強さに応じて優位度があるのではないでしょうか?」
客間にいた全員が、息を飲んだ。
「そうか…私達はほとんどが加護の内容を隠しているようなものだから、知らなくて当然だ。個の能力を研究することはあっても、比較をすることは今までにない。王陛下はすでにそれをご存じなんだ!」
アスフォデルが、シエールの言葉を受けて自分なりに解釈をまとめた。
もう一度、シエールは頷く。
「…幸いこの場には、加護を持った者がたくさんおります。私達で、試してみませんか?」
あの時を再現するとまではいかないものの、能力の強いグルドゥの加護【決闘】に種類の違う加護をぶつけてみようというのだ。
「あの時、ドストラリ先生は『加護が届かなかった』とおっしゃいました。私はまさにドストラリ先生の加護は、バルカロール様の加護に打ち消されたのだと考えています。」
シエールの言葉・着眼点に皆が驚き、言葉が次げないでいた。
たしかにアスフォデルの加護は、学園でも打ち消されたと考えられていた。
ただ現在の話と違うのは、アスフォデル本人の資質によるものが原因だと考えられていたということ。
アスフォデルの能力が弱まった、もしくは窮地に立たされた状態で加護をうまく操ることができなかったと結論付けられたのだ。
「これなら…もしカルネヴァルが言うことが証明できるのであれば、アスフォデルの処分はもう少し軽い物へと変わるかもしれない。」
アスフォデルの肩を掴み、ヴァーグは自分のことのように嬉しそうに身を乗り出していた。




