004
エートゥルフォイユ王国…この国の貴族には色の系譜と呼ばれる貴族の一族からなる系統がある。
かつての聖女が護ったと言われる大図書館の司書の末裔、その加護を受け継ぐ者と呼ばれる三大公。
赤のブリランテ公、青のノヴァーリス公、緑のエクレール公。
この三大公当主たる者は下級貴族や領地の民から、この国がはじまって以来王族に対してのそれよりも更に強い、絶対の信頼が集まっている。
目の前にいる青の系譜…『碧眼翁』の二つ名をもつディアモン=ノヴァーリス公爵当主。
最大勢力ではないにしろ、この青の系譜を慕い、集う者たちには切れ者が多い。
自分が王位についてもなお、この男の上に立っている気がしない…だが。
王陛下…カクテュスは、高揚感に包まれたまま、もったいぶった口調で話し掛ける。
「…ずっとというわけではない、そうだな…公の孫娘。曲がりなりにもこの叡智の国の貴族…であれば、近いうちに加護が発現するかもしれぬ。ならば公の孫娘が成人までに加護を発現することができれば、余の発言を撤回しよう。」
指に当たるマントの毛足を弄びながら、視線を漂わせ、ゆっくりとしゃべる。
主導権はこちらにある、その心の内にある動揺を余に見せてみるがいい。
そう言わんばかりに、口元が歪んでゆく。
「その時は公の孫娘は自由だ。家族の絆を深め、侯爵令嬢として普通の幸せを掴むがいい。……しかしもしも、発現できなければ…。」
カクテュスは再び立ち上がり、遠く小さく見える者達に告げる。
「…カルネヴァルを取り潰す。」
もはや浮かび上がる笑みを隠すつもりもなかった。
「ブレイヤールを呼べっ!」
立ち上がったまま、下に控える者に指示を出す。
呼ばれた者はすぐに、陛下の足元…玉座に繋がる階段の一番下へと歩み出て、頭を下げる。
「…陛下、お側に。」
ブレイヤールと呼ばれた者、姓を名乗らなかったその者は身分を隠しているのだろう。
山羊を模した角のある仮面で顔半分を覆い。黒く長い上着を着ていた。
「加護【誓約】は知っているな?このブレイヤールの加護はただの【誓約】とは違う。通常なら数人の制約しか聞き届けることができぬのに対し、ブレイヤールはどんなに相手の加護が強力でも、打ち消すことなく数十人をこなす。人数においても、強制力においても最上なのだ!」
加護【誓約】…その加護を持つ者に、誓いを述べると必ず実行しなければならない強制力が働く。
強引に背いたところで、加護を持つ者には瞬時にわかるという。
「ブレイヤール!ノヴァーリス公爵、カルネヴァル侯爵、両名及びその系譜に関わる者がこのシエール=カルネヴァルに対し、直接関わるもしくはその者の為になるよう動くことを禁じる。但しその期間は、シエール=カルネヴァルが成人するまで。加護を発現した場合は、その場で終了とする。」
その言葉を受け取り、ブレイヤールの胸元にぼんやりとした光が浮かぶ。
そのままこちらに向かってくると、ノヴァーリス公爵である祖父ディアモンの前へと手を差し出す。
「…っ、うけ…たまわる。」
ディアモンにとって不本意なことが伝わってくる。
しかし領民を盾に、身動きを封じられている。
シエールが身分を剥奪されないだけ、まだましなのだと自分に言い聞かせていた。
続けてカルネヴァル公爵である、父ダズールの前に手を差し出す。
「…受け賜りました。」
小さな声で、力なく答えるダズールからはなんの感情も読み取ることはできなかった。
その一部始終を見終えると、カクテュスは大きく息を吐き再び玉座に腰を落とした。
そしてなにげない会話のように、ダズールに話し掛けた。
「…カルネヴァル侯爵家にしてみれば、この幼い娘に存続がかかっているのだ…なんとも心許ないことよ。侯爵ひとりでは家の事もままならぬだろう。やはり爵位を持つ者として家を仕切る女主人は必要だ。余からの計らいで、侯爵へ後添いを遣わせるとしよう。」
幼いシエールは、それがどういう意味か考えていた。
しかし今までずっと視線を合わせず、ただ力なく従っていただけのダズールが、突然跳ねる様に顔を上げる。
「恐れながら!その必要はございません…私の妻はロヴェリアただ一人。お気遣いはありがたいのですが…。」
カクテュスはすっと片手を前に出し、その発言を遮る。
「遠慮などいらぬ。」
そのまま穏やかな笑顔を浮かべ、ダズールを見下ろす。
「ですが陛下、私の加護は【恋慕】…ロヴェリア以外を…。」
自分の加護は普段、あまり人前で話すことはない。
ダズールは焦燥を隠し切れず、口に出していた。
「…だから、だ。」
ダズールは体の体温を奪われたかのように、その場に固まり動かなくなってしまった。
ダズールとロヴェリア、シエールの両親は愛し合って結婚したのだという。
高位貴族の中でも珍しいその結婚は、父の加護【恋慕】によるものも大きかった。
加護【恋慕】…加護に導かれただ一人の人を想い続ける。やがて想いは叶い、一生を添い遂げる。
比較的に少ない加護ではあるが、この加護を持つ者の婚姻はほとんどがうまくいっている。
ただ今回のように、相手が亡くなり他の者との婚姻は魂が引き裂かれる想いでしかない。
何故かシエールは漠然とこの話を身体で感じ取っていたのだろう。
声を上げずに、涙をぽろぽろとこぼし、王に向かって声を上げた。
「お母様…お母様への労わりの言葉はないのですか?」
幼い娘から諭されるような言葉を向けられ、王陛下であるカクテュスは片眉を上げてシエールを見る。
不愉快だと込み上げてくる思いは、すぐに消えていった。
破滅を待つだけの子供になにができる?
「はっ。今日の話はこれで終いだ。正式に文書にして届くまで、邸で控えて折るがよい。」
そう言うと笑いが止まらないとばかりに口元を持ち上げて、王陛下は幕の影へと去って行った。




