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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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003

深い悪夢の中とは、このようなものなのか?


部屋の色彩が一段と暗く、人々の表情を隠し覆い、空間の中…静寂が波紋のように広がってゆく。

それでいて近くにいる者たちの、鼓動、呼吸、動揺は激しいほどに伝わってくる。


シエールもまた、自分の中にある名前の知らない感情が身体の中を駆け巡っていることを感じていた。

身体の中で納まりきらない熱が、嵐のように膨らんでゆく。


少し前に長い沈黙を経て、陛下が発した言葉を何度も繰り返し理解しようとしてみた。

しかしそれはどう考えても、慰めや労わりとは真逆の言葉だった。


「恐れながら。あれは痛ましい不慮の事故だった…と、私共は考えております。」


最初に自分を律し、発言をしたのは、ノヴァーリス公爵だった。


「余は、余はそうは思っておらん!」


苛立ちを隠せておらず、言葉をかぶせるように声を上げた。


「あれのせいで、余の時間がどれだけ削られたと思っておる?間に合わなかったおかげで、私がどれだけあやつの機嫌を損ねたか…失ったものは、戻ることはないのだ。」


落ち着きのない様子で、玉座のひじ掛けについた手をしきりに揺らしていた。

王陛下の言動からは苛立ちだけではなく、焦りと不安が滲み出ていた。


「十分に存じております。私共も、その悲しみを痛感しております。我が娘、ロヴェリアは…もう私の元へ戻ってこないのですから。」


「…えっ。」


思わず声がこぼれ出てしまったシエールは、訳が分からないとばかりに祖父であるディアモンの顔を覗き込んだ。


お母様が戻ってこない…あの時に見た、あの光景は本物?

そんなはずがない、お母様がシエールを置いて戻らないなどと言うことはありえない。

幼いシエールには、死という永遠の別れについて理解をすることができなかった。


しかし今し方信じられない内容を口にした祖父のその厳しい相貌から、感情を読み取ることはできなかった。

ディアモンは真っすぐに王陛下を見つめている、まるで心の底を覗き込むように…その深淵に訴えかけるように。


ディアモンの糾弾ともとれる視線と、シエールのこぼれ落ちた悲しみ。

それら全てが、焦りに追われていた王陛下の自尊心に火をつけた。


「何が言いたい、ノヴァーリス公。余に非があると申すか!」


ノヴァーリス公はあの時の事件の内容を、様々な手を使い掴んでいた。


あの日、コモドール侯爵の御令嬢から王陛下へ、一通の手紙が届いた。

内容としては、「愛猫の病気に私の心は悲しみで壊れてしまいそう…側にいてほしい」という、儚くも庇護欲を掻き立てるものだった。

それを受け、必要な執務を放り出し、一刻も早くと馬車を走らせる。

王命という力を使い、萎縮する御者へ…もっと、もっとと速度を要求した。

そうしているうちに叫び声が上がり、あの事故が起きたのである。


後ろめたさからなのか、勢いよく立ち上がり指を突きつけながら王陛下は叫ぶ。


「あれに関わった者を許す気はない。公の孫娘には、ノヴァーリスとカルネヴァルとの関係を切り、貴族という身分を剥奪する。」


見ているだけで王陛下の感情が、揺らいでいることがわかる。

自分が下した命だというのに、視線が定まらず、どこかおどおどと心許ない。


それに対して、すぐ隣から歯を剥き出しにした獣の唸り声のような、地の底から湧き上がる怒りの音が聞こえてくる。


「…我が娘を奪うばかりか、孫娘まで。そのうえ我が系譜にまで罪を押し付けるおつもりかっ!」


風圧の様なものが身体を駆け抜け、シエールは体温が下がり、足に力が入らなくなる。


ディアモンの深い青の瞳の奥が炎のように揺らぎ、感情を抑えていることがわかる。

今まで制御できていたものが一斉に吹き出し、全てを終わらせてもいい…その覚悟が現れていた。


「こ、言葉をわきまえよ!」


ディアモンから発せられる圧に怯んだのか、後ずさるように玉座に座り込んだ王陛下はそういうだけで精いっぱいだった。


王陛下…カクテュス=エートゥルフォイユは考える。

自分に対する怒りの感情を全身に浴びながら、沈黙という返しで空間を支配する。


このカクテュスという人間は臆病で姑息、しかし頭はそれほど悪い方ではなかった。


今回の件では…自分の愚かな行動で、被害を受けた者がいると言うことは知っていた。

しかし自分は王である…苛立ちを当事者達に償わせて、何が悪いのだ。

実際にコモドール侯爵令嬢を宥めるのに、どれだけの労力を必要としたか…その重要性をこの者たちはわかっていないのだ。


しかし…このノヴァーリス公の怒りの強さはどうだ?

このままだと爵位を返上し、国を出ると言いかねない。

いくら領民を大事にしているとはいえ、それだけではこの男を留めておくことはできないだろう。


ではこの男を捕らえるか…いや、碧眼翁としてこの男を慕うものは多い。

中途半端な罪状では、一時的でも捕らえることは難しいだろう。


実際ノヴァーリス公が抜けた三大公が、その後どうなるかは想像するにたやすい。

今はまだ、ノヴァーリス公に国を出て行ってもらっては困るだ。


しかし今の現状では、取り返しのつかないところまで来ていると感じる。

自分の権威を護り、そしてこの男を手放さない方法…。


「…公の考えはわかった、しかしこの令嬢の処罰は私が決める。」


「貴族の身分はそのままに、ノヴァーリスとカルネヴァルとの関りを禁じることとする。これ以上は譲らん!もし異論があるならば、ノヴァーリス、カルネヴァル、両家の領土は没収の上、領民全員の強制労働を命ずる。」


ディアモンは目を見開き、息を飲み、そのまま拳を握りこみ…一筋の血を流した。


王陛下はそれだけ言うと、片手を上げ、誰かを呼ぶように申し付ける。

自分の中でも最上の一手が打てた…自然と笑みが浮かびあがる。

こうして王陛下であるカクテュスは、ノヴァーリス公から孫娘、義理の息子、領民という人質をとったのだった。

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