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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
32/103

031

白藍の空の中に、穏やかな日の光が目に柔らかく見える朝。

シエールは早くに目を覚まし、窓から見える景色とその中でせわしなく行き交う鳥たちを眺めていた。


国立フュテュール・ジヴロン…足を運ぶのは最小限にとは言ってはいたが、さすがに今日は登校しないわけにはいかないだろう。


――― 『入園式』


この式に出席しなければ、学園への入園自体が取り消しになるという。


配布された制服へ、袖を通す。

特殊な制服のようで、身分に関係なく学園側から配られる物だ。


シエールが入る中等のミリュークラスは、白い膝丈迄のワンピースだ。

ウエストの位置が少し落としてあり、あまり体形を意識しない造りになっている。

高さのある大き目の襟に、胸の部分にあるヨークは別布で切り替えになっている。

同じように白で統一されたマントも、膝上まですっぽりと覆い隠すデザインだ。

袖はなく手を出しやすくするために、前身頃にスリットが入っている。


リューンが入る高等のアヴァンセクラスも、同じように白いワンピースだったが、シエールとは違い女性らしさが出てきている。

丈は膝より少し長く、首元は少し高めのスタンドカラーだ。

そしてウエストは強調する様に絞ってあり、首から胸元へかけてサイドに寄せてリボンが添えられている。

布地の量もシエールの簡易なものとは違い、たっぷりとギャザーを効かせたドレスに近い造りだ。


リューンはシエールと同じマントを腕にかけ、シエールと向かい合って立ちお互いを見て苦笑いをこぼした。

お互いの制服は真っ白で、少し気恥ずかしい。


二人は一緒にカルネヴァルの馬車へと乗り込み、学園へと向かうのだった。


シエールにとって馬車は、恐怖の象徴だった。

昔は馬車に乗るだけで、死神の様に黄泉の国へと連れていかれるのではないかと、幼心ゆえに恐怖したこともある。

しかし知識を身に着けると同時に、リューンやリジアンの存在がそれを段々と和らげてくれた。

それでもやはり心に刻まれたものがあるのだろう…シエールは馬車の中では無意識ではあるが、一言も声を発したことがない。


リューンはシエールを覗き見て、気付かれないように様子を伺う。

きっと一人で恐怖に耐えているはずの主人を見つめて、学年は違えど通学が一緒にできるだけでもよかったと心から思うのだった。


   ・

   ・

   ・


学園に着き、入学の式典を行う場所までリューンと共に向かう。

周囲を見渡すと…真っ白の制服の者が中央へと寄せられ、それ以外の者は擂り鉢状に設置された席へと座っている。


中央へ向かったシエールとリューンは、ミリューとアヴァンセへと分けられた。


男子生徒も制服が違うので見分けは着く。

ミリューの男子生徒は女子生徒とあまり変わりのない襟に女子生徒の胸の部分にあるヨークの代わりに大き目のタイがついている。

アヴァンセの男子生徒は、国軍の軍服に近い形だ。


集められた生徒たちは中央へ配置された椅子へと座る。

場所は特に決められておらず、適当な席へと座ろうと手を掛けたが…ここでも身分による牽制が始まっていた。

前列は高位の貴族達が、どこに誰が座るかでかなり揉めているようだ。

シエールは争いを避けるため、静かに一番後ろの目立たない席へと移動した。


座席争いをどうでも良い事とし、シエールはそれとわからないように周囲を見渡していた。

貴賓席の場所を見つけ、ある人物がいないかを確認する。

実はシエールにはこの式典で、もっとも気にかかることがあった。

この学園が『国立』だということ…華やかな式典には、この国で最も地位の高い王陛下が出席するのではないかということだった。


幼い時に会った以来、この年齢になるまで王陛下を再び目にしたことはない。

今もし目の前に現れれば、どのような感情が湧き上がるのだろう…想像することすら、難しく感じた。

だんだんと貴賓席が埋まっていき、直前になっても王陛下が現れることはなかった。

あとで聞いてわかったことだが、王陛下がお見えになるのはアヴァンセの卒園式のみということだった。

式典が始まるファンファーレが鳴り響き、シエールは複雑な思いを大きな溜息にのせていた。


まずは学園長の簡単な挨拶で始まり、学園に大きく支援をしている貴族たちの名前が読み上げられる。

そして先生と呼ばれる人達の紹介が入り、学園内の施設についての説明を聴く。


最後に下に控えていた女性が、壇上へと上がる。


「では皆様、入学及び進級おめでとう。」


そう言って手を叩くと周囲が白く輝きはじめ、目の前にいる者たちの制服が見る見るうちに色づいていった。

着ている制服の色が二種類に分かれる。


「着用している制服がネイビーにアイボリーがフロワヴィフ、グレーにブラックがティフォンのクラスです。」


真っ白の制服に色がついている、シエールは聞いていた通りにネイビーにアイボリーの差し色の制服…フロワヴィフのクラスだった。

周囲の生徒も自分の制服の色を確認し、最前列の方で先生と生徒がなにやら話をしている。


「このまま教室まで、移動する様に。」


同じ制服を着た生徒達の流れにのり、教室へと向かう。

室内へたどり着くと、どの席かは決まっていないようだったので、式典と同じように一番後ろの静かな席へと座った。


「グルドゥル様、エトワールを獲られるとは…さすが赤の系統!そしてその将来を担う御方だ。」


教壇の近くの前方の位置で、一人の生徒が囲まれていた。

男子学生の襟元にはきらきらと輝く星型のピンバッチが、誇らしげに飾られていた。

話の内容からして、赤の系統の…それも高位の貴族なのだろう。


成人をしていない者は左耳にピアスをしていない…だから誰がどの系統の貴族かはわかりかねる。

しかし赤の系統、その将来を担うとなれば頂点に立つブリランテ公爵家に連なる者だろう。


だが…あの家に男の跡継ぎはいない。

シエールでも耳に入る程度の噂では、ブリランテ公爵にはシエールと同じ年齢の令嬢がいるらしい。

幼い頃からの病気で、ベッドから離れることができないので姿を見た者はあまりいない。

それゆえの跡継ぎ、もしくは養子の候補と言ったところだろうか?


シエールはそれと悟られないように、ヴェール越しにそっと様子を伺う。

周囲の者達に持ち上げられ、本人も当然としている姿はとても誇らしげだった。

ふと人垣に隙間が空き、横顔を覗き見ることができたかと思うと視線がこちらへと向く。

その視線はシエールに向かって真っすぐに伸び、挑むような強い光を宿した眼差しだった。

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