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入学試験から数日後…カルネヴァル侯爵邸へ、国立フュテュール・ジヴロンからシエールへ面会を求める手紙が届いた。
もちろんシエール宛の手紙は、最初にカルネヴァル邸女主人のディアンジュの耳へと入る。
この手紙がなにを意味するか推測できなかったディアンジュは、その場へ自分も立ち会うと言った。
シエールは自分の事でディアンジュが口を出すのは面白くなかったが、断る理由も思いつかなかったので返事をしなかった。
リジアンだけが、含んだように口元を上げている。
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その日の夕刻、国立フュテュール・ジヴロンからの使者がカルネヴァル侯爵邸へと訪れた。
エントランスへ足を踏み入れた二人の男は、シエールが受験をした時の試験官だった。
試験会場での簡易な装いとは違い、今回は貴族の邸を訪問するということで正装をしている。
エートゥルフォイユの着衣は襟が高い造りが多い。
フュテュール・ジヴロンの職員の正装は、黒く長いマントに包まれていた。
高い襟には苺程の大きさの透明の輝石が金糸と共に縫いこまれ、装飾としての豪華さを周囲の人間が振り返る程に目を引く。
包まれる黒い布地は、上等な獣を思わせる艶が滑らかに光を反射させる…膝に近い裾には金糸で葉と剣の模様が刺繍されている。
胸部のヨークには白地に透かし模様が入ったものを、金糸で彩り、襟と同じように透明の輝石をボタン替わりに平行に並べ、その二つを編み込まれた金の紐でつないでいる。
袖口にも揃いの飾りをつけ、さらに斜めにかぶっている短い円柱状の帽子にも同じ飾りをつけている。
そのマントと帽子をかぶっているだけで、宮廷勤めにも負けないほどの豪華さを纏っている…にも関わらず、二人は整った顔立ちをしており、どちらも左耳には貴族とわかる輝石のピアスを輝かせていた。
応接室へと通された二人はディアンジュのお眼鏡にかなったようで、簡単にすませられる挨拶を時間をかけてする羽目になっていた。
ようやくとソファへ座り本題へと話が進む。
「今回私達がこちらへお邪魔させていただいたのは、フュテュール・ジヴロンへのシエール様の入学に関するお手紙と、リューンさんの編入受入のお手紙をお持ちする事です。それともうひとつ、シエール様は先程の試験にて最優秀の成績を収められました。よって学年最優秀者の称号『エトワール』を受け取っていただきたいとお持ちいたしました。」
そう言うと今まで話していた者とは別の者が、ケースを差し出し蓋を開ける。
…中には小さな輝石が散りばめられ、角度によって光が変わる星型のピンズが入っていた。
シエールと距離をあけつつ、隣で話を聞いていたディアンジュは複雑な表情を浮かべ、それを扇子で隠していた。
カルネヴァル侯爵家として…国の最難関と呼ばれるフュテュール・ジヴロンへ合格し、最優秀者の称号を手にすることは鼻が高い…だが、それがシエールだということがどうしても気に食わないのだ。
ディアンジュにとってシエールの頭の良さなどはどうでもいいこと、評価できることと言えば加護を発現する事のみに絞られている。
それ以外にシエールの使い道などない…他者からの評価などディアンジュにとっては憎らしいだけだ。
どうしても煮え切らない感情を持て余し、歯ぎしりをはじめそうになるディアンジュを他所に、シエールは少し悲し気な表情で開かれたエトワールのピンズをくるりと使者の方向へと戻し、押し出すように差し返した。
「大変有難いお話ですが、辞退させていただきます。皆様もご存じの通り、私は…自身の事情により周囲に迷惑をかけないよう学園へ足を運ぶのは最低限にとどめたいと思っております。そんな特殊な事情を持つ私が、これを受け取ると良くない噂が立つのではないかと心配なのです。」
シエールは少し先の未来を考えていた。
学園へ通うということは、シエールの誓約の影響を受ける人もいるということだ。
青の系統と紫の系統の貴族とは関わることができない、ならばそれ以外の人々への影響も考えるべきだろう。
シエールは最初から合格できたとしても、最低限しか登校するつもりはなかった。
もしもシエールがエトワールを受け取ったとして、学園へ全く姿を見せない高位貴族がエトワールを掲げるなど、癒着か不正を疑う者も出てくるに違いない。
そうなると学園の名誉にもかかわることになりかねないのだ。
「そうですか…事情は存じ上げております。わかりました、ではこれは次点の方へと渡すことにいたしましょう。そしてこのことは他言無用に願います。あと先程の登校の件に関しても、特例の書類を送らせるよう手配しましょう。我が校は成績を重視しておりますので、こういうことは初めてではありませんから。」
そう言うと使者達は立ち上がり、礼をした。
帰り際に使者の一人が、シエールの元まで寄り手紙を渡してくれた。
「フュテュール・ジヴロンでは学年が二つのクラスに分かれております。クラスの名前は世界の創造神を守護する双神からとられており、考察・知略に富んだ『フロワヴィフ』と勇敢と行動に秀でた『ティフォン』。シエール様、私のクラス『フロワヴィフ』へようこそ。真実の最優秀者を迎えられたことを嬉しく思いますよ。」
そう言うと使者の一人である男は手を差し出した。
シエールは驚きを隠し、その男を見上げる。
試験の時に加護【誓約】を唱えた人物、それがシエールの担任だということなのだ。
シエールはそっと手を差し出して、男の手の上に乗せた。
今では不幸の象徴とも言われるシエールに握手を求める者など、一人もいないはずだった。
嫌がられるのではないかと、そろそろと触れたシエールの掌をぐっとつかみ力強い握手をする。
「おい、令嬢の手をそんなに力強く握るんじゃない!」
もう一人に窘められあっさりと手を離した使者は、軽く礼をして勢いよく去って行った。




