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エートゥルフォイユの景色は年間を通して、青色・山吹色・白色・緑色の四色で彩られている。
淡い色から段々と濃い空色が見渡すかぎりに印象的な夏が過ぎ、背の高い木から渇いた音を鳴らして山吹色の葉を落とす秋、そして全てを飲み込む輝きを放つ雪に埋もれる冬が訪れ、その雪の隙間から目に眩しい生命の緑が顔を出す春がやってくる。
そんな景色が何度か巡り、シエールも学校へと通う年齢になっていた。
この国の学校制度は、ある程度の学力がないと通えない仕組みになっている。
それを踏まえた上で、十歳でミリュークラスへ入り三年、十三歳でアヴァンセクラスを三年…そして卒業して十六歳で成人を迎える。
入学には試験があり、シエールが受けるのは『国立フュテュール・ジヴロン』。
エートゥルフォイユ唯一の国立の学校で、高度な知識が身につくことで有名だった。
ほとんどの貴族がこの学校を受験し、三十名程度しか入学をすることができない。
入学ができれば爵位を持つ家としての格が上がるもはもちろん、将来優遇されることが多い。
そしてシエールの受験に合わせ、リューンも途中編入の試験を受けることになった。
シエールとは学年が違う為、仕方がない事だったがシエール以上に難関な試験を受けることになる。
それはもちろんシエールが望んだことではあったが、なぜかそれ以上に度々カルネヴァルへ訪ねてきていたヴォルビリスが熱心にディアンジュへと提案したことだった。
あれからヴォルビリスは建前程度にシエールに会う為、季節の変わり目にはカルネヴァル邸を訪れていた。
シエールは変わらずにヴォルビリスを避け続けていたが、何度目かに断りを告げた時…そのメイドの輝く髪と瞳に心を奪われたようだった。
ヴォルビリスとリューンは同じ年齢だったようで、一応フュテュール・ジヴロンの先輩であるヴォルビリスが『カルネヴァル侯爵家では、使用人の知識も高い』と周囲に知らしめれば、ディアンジュの評判も上がるとうまく言いくるめたのだった。
ちなみにヴォルビリスはプリムヴェールからも熱心に慕われ、うまくやっているようだった。
その上でリューンを自分のいる学校へ呼び寄せようとは…器用なものだとシエールは呆れていた。
しかし今回に限りこのヴォルビリスの先走った行動は、有難いばかりなのでシエールとリューンは黙って見守ることにした。
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入学試験での例外は一切なく、前日に時間と場所が指定される。
この時に限っては身分は関係なく、貴族も平民もこぞって同じ部屋で試験を受けることになる。
最近のシエールは、顔の傷を理由に目元をヴェールで隠していた。
周囲からひそひそと、シエールに対してなにやら声が聞こえてくる。
「ねぇ…もしかして、あれってカルネヴァルの時限令嬢じゃないかしら?試験の前だっていうのに、彼女を見かけるなんてついてないわ。」
ヴェール越しにちらりと声がする方向へと視線を流すと、慌てて隠れる令嬢たちが目に入る。
このころにはシエールは自分が不幸の象徴として、時限令嬢と呼ばれていることを知っていた。
今回は試験がうまくいかない不吉な予感を振りまいているらしい。
指定された席で時間まで静かに待っていると、重厚な羽織を着た試験官が二人、室内へと足を踏み入れる。
問題の用紙を手早く配布すると、室内前方の中央へと戻り、一人が大きな声で説明を始める。
「まず私の加護に対し、『受け賜わりました』と答える様に。それが試験開始の合図となります。制限時間はこの砂時計が落ちきるまで、早く出来上がったとしてもこの室内から出ることはできません。よろしいですか?」
大きな砂時計を教壇へ置くと、全員の顔をゆっくりと見回す。
「でははじめます。加護【誓約】、今回の試験で不正をしないことを誓います。」
大きくはっきりと口にすると、大きく両手でぱんと音を鳴らす。
目の前で加護を発現した者の中心にぼんやりとした青白い光が浮かぶ。
「「「受け賜りました!」」」
全員と思われる人数で、その加護に応える。
浮かんだ光は室内全体へと霧散していった…それと同時に、皆が問題用紙へと向かう。
その様子を見てから、控えていたもう一人が一歩前へと出る。
「加護【遮断】。」
その瞬間から、試験会場は外の世界と遮断されていた。
窓が黒く塗りつぶされたように、景色が見えなくなる。
砂時計の砂が目の前をさらさらと流れる中、ペンが走る音と紙をめくる音だけが聞こえる。
シエールは最初に、全ての問題を読むことに集中していた。
十数枚に及ぶ問題用紙を一通り読み終えたあと、ふうっと大きくため息をつく。
シエールにとってこの時点で試験は終わっていた…全ての問題が解けてしまったのだ。
あとは焦ることなく、時間をゆっくりと使ってペンを走らせ、答えを書き込んでいくだけだった。
問題を解き終えたシエールは、じっとやることがなく静かに佇んでいた。
途中何人かの頭上に青白い光が集まる、不正を行なったのだろう。
試験官たちはゆっくりと近づき再度、『加護【遮断】』を使い室内から排除する。
余裕のあるシエールはその加護を使いこなす様子を、興味深く眺めることができた。




