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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
22/103

021

どの位の時間こうしていたのだろう、身体を硬直させ動くこともできずに口元をわなわなと震わせていた。

最初に正気に戻ったのはヴォルビリスだった。


「やっぱりお前、体調が悪いだなんて嘘だったんだな?僕の言うことが聞けないなら、お父様に言って婚約なんかなかったことにしても…。」


シエールは行儀が悪いとわかった上で、小さく鼻を鳴らし、言葉を遮った。


「…ご自由に。」


表情は伺えないが、シエールが真っすぐにこちらを見ているのがわかる。


「なっ、お前。困るのはお前の方な…。」


ヴォルビリスは頭に血が上ったように、シエールの言葉に反応し声を荒立てていた。

そんなヴォルビリスの言葉を最後まで聞かずに、シエールは視線をトレミエに移した。


「トレミエ…私は貴女に、ヴォルビリス様への伝言を頼んだのだけど…これはどういうことなの?」


シエールは、じっとトレミエを見つめていた。

トレミエはシエールの視線に居心地の悪さを感じながら、悪態をつくのをやめようとはしなかった。


「あんたが会いたくなさそうだから、連れてきてやったのよ。どう?元気な姿を見られると、困るんじゃないの?」


本当だったらもっと簡単に扉が開いて、シエールがヴォルビリスに突き飛ばされるくらいされればいいのにと思っていたのだが。

何故かこの扉は隙間ほどしか開かないし、こっちが一方的に騒ぎ立てるだけで、シエールにダメージを与えられている気がしない。


「貴女は、物事が起きた後にどうなるかという想像力を持ち合わせていないの?こんな騒ぎを起こして、リジアンに知られたらとは考えられなかったのかしら。」


シエールは頬に手を添え、溜息をついた。


「そんなもの鍵を元通りの位置に戻せば、ばれはしないわ。あとは私が知らないと言い張ればいいだけじゃない!」


トレミエは更にシエールを馬鹿にしたように、眉を吊り上げたまま口元を歪めて言った。

そうするとトレミエの背後からも、大きな溜息が聞こえてきた。


   ・

   ・

   ・


「そうなる前に、なぜこの騒動で私が駆け付けると思わなかったのか…不思議でなりません。」


トレミエは声の主である人物の顔が頭を過ぎり、恐る恐る身体ごとゆっくりと振り返る。

さっきまで後ろにいたハイルヘルン伯爵家のメイドはすでに廊下の端へと控えており、高い位置からトレミエへと冷たい視線を投げかけていたのは…先程話に上がっていたリジアンだった。


「…リジアン様、あのこれは…。」


トレミエは自分の失態を隠すために、か弱い女性を演じることにしたらしい。

ぷるぷると小さく震えながら、小声で必死に言い訳を口にしていた。


「ちがうんです…これは、この状況は。」


目にはうっすらと、涙が浮かんでいた。

シエールはトレミエが本当にこんな愁傷な態度をとると思っていない…素晴らしい演技力の持ち主だと感動すらしていた。


「まず貴女は、私の上着から鍵を盗みましたね。」


リジアンの発した言葉は疑問ではなく、断定だった。

トレミエはリジアンの言葉の中でも『盗んだ』という部分に過剰に反応していた。


「違います!これは…ヴォルビリス様がどうしても、シエール様にお会いしたいと言われたので。仕方なく私がご案内するために…。」


トレミエは自分が善意でやったのだとリジアンに印象付けようとしたが、歯切れが悪く、言いたいことも纏まっていない。

それもそうだろう…リジアンがどの段階から、一連の騒動を聞いていたかわからないのだから。


「ヴォルビリス様のご要望があったにせよ、まずは私に相談するべきでした。」


トレミエの言い訳が終わらないうちに、リジアンは言葉を遮った。

どんな理由があるにせよ、無断で物を持ちだしたのであればそれは窃盗である。

リジアンは子供に言い聞かせるように、細かく説明をする。


「貴女の今回の行動は、この別棟だけでなくカルネヴァル侯爵の元で雇い入れる人材の質に対し、相応しくない行為です。ディアンジュ様のお口添えがあるメイドでも、盗みを働く者を雇うわけにはいきません。」


その瞬間にトレミエの顔から、演技の表情が消えた。


「私はディアンジュ様のメイドよ?勝手にクビに出来るわけないわっ!」


リジアンは自分に取り繕わなくなった、トレミエを面白そうに眺めていた。


「では、そのように…ディアンジュ様へ事実と、私の考えをお伝えさせていただきましょう。」


そこまで伝えるとリジアンは今度はヴォルビリスへと身体を向けた。


「ヴォルビリス様…貴方の今回の行動は、御父上のハイルヘルン伯爵へ報告させていただきます。」


ヴォルビリスは、リジアンの言葉をまともに取り合う気もなかった。


「お父様がお前の言葉など、耳に入れるわけがないだろう。」


しょせんは貴族ではない、一介の執事の言葉なのだ。

伯爵位を持つ、お父様が本気にするわけがない。


「では青の系譜の頂点…ノヴァーリス公爵家へと報告のお手紙を出しましょう。今回のことについて、碧眼翁が何かなされることはないでしょう。ですが、ハイルヘルン伯爵への心証は、あまり良くないものへと変わるでしょうね。」


ヴォルビリスはリジアンが、出来もしないものを言っているとしか思っていなかった。


「なにを馬鹿なことを…。」


そう言って、その長身の執事を見上げるとその顔は穏やかな笑顔を作っていたが、瞳は不穏な色を隠せていない。

ありえない…紫の系譜の侯爵家の、それも貴族ではない一介の執事が、青の系譜の頂点である碧眼翁に報告をする?


「そんなこと出来るわけない、僕だってお会いしたこともないんだぞ!」


そう言うと何かに気がついたように、全身の力を込めて振り返る。

その視線の先には少しだけ開いた扉の先に、碧眼翁と同じ瞳を持つ令嬢が冷ややかに全身に影を帯びながらじっとこちらを見つめていた。


「ヴォルビリス様、貴方は誰と御婚約をされたのかよく理解していなかったようだ。伯爵家へ帰り、御父上とよくお話になった方が良いでしょう。」


そういうとリジアンはトレミエとヴォルビリスを無視して、シエールがいる扉の側まで近づいていった。

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